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第五部
62 エレナ、殿下と観劇する
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「──大丈夫? っ……ふっ」
「へっ?」
急に声をかけられて顔を上げると笑いを堪える殿下と目が合った。
「……どうして笑っていらっしゃるの」
「ふっふふっ。いや、すまない。その……肩を震わせて泣いているのかと思って顔をのぞいたら舞台を睨みつけていたから。っはは。ふふっ」
耐えられなくなったのか殿下は小さな笑い声をあげる。
自分が貶められているのに、なにが面白いって言うんだろう。
笑いが収まるまでじっと見つめていると「それでこそだ」と嬉しそうに目を細めた。
「……なにがです?」
一人で納得している殿下に小声で尋ねる。
「……いや。変わらないなと思ってね。それで今回は頭の中の自分となにを話し合ってたんだい?」
「どうしてわたしが考え事してたってご存知なの? お兄様みたい」
「……お兄様」
「そうよ。お兄様も同じようなことおっしゃるわ」
お兄様はわたしが考え事をしてると「頭の中のエレナとお喋りばかりして」とよくあきれた顔をする。
殿下にもあきれられてしまったのかしら。
心配して見上げると、殿下は少しだけ眉間に皺を寄せていた。
「そう。お兄様ね。そのことはあとでゆっくり話し合わなくてはいけないな」
「お兄様と?」
「……違うよ」
じっと顔を見つめられる。
「もしかして、わたしと? どうして?」
「わかってないのはわかっているつもりだが、まだまだだな」
「……みんなみたいに、わたしのことをなにもわかってないっておっしゃるの?」
悲しげな瞳で見つめられると非難されてるみたい。勝手に涙が込み上げて泣きそうになる。
「ああ、違うんだ。泣かせるつもりはないのに。わたしは言葉が足りないな。ただ、何に怒りを覚えて考え込んでいたのかを知りたかっただけだったんだ」
「怒ってる? わたしが?」
思いもよらない言葉に驚くわたしに慌てていた殿下もキョトンとした顔をする。
「怒ってないの?」
怒ってる?
何に? どうして?
……ああ、そうだ。やっと思い出した。ずっと忘れていた階段を落ちたあの日のこと。わたしはこの芝居を見て何を思ったのか。
わたしはあの日怒ってたんだ。
ううん。ちょっと違う。
「あの日も悔しかったのよ」
「悔しかった?」
「だってみんなが誤解してるから」
「ああ。そうだね」
わたしの言葉に殿下はゆっくり頷く。
殿下も同じ気持ちなんだわ。
「でしょう? 王子様は為政者なのよ。感情を表に出してはいけないって育てられているだけなのに感情がないだなんて責め立てて。しかも誰をモデルにしたかわかるように、わざわざ殿下に似た名前なんてつけてるのよ。信じられないわ」
「そっちか」
殿下は両手で顔をふさぎなんかぶつぶつ言っている。
「聞いてらっしゃいます?」
「……失礼。続けて?」
「? ええ。だって殿下はなるべく感情を表に出さないようにされているけど、人の気持ちがわからない方ではないわ。幼い頃から期待に応えるために勉学に励み、困りごとがないか領主たちに聞いて回られて苦しむ民が出ないように尽力される優しくて誠実な方よ? それで仕事が増えて執務室にこもりっぱなしになっているのに不満をおっしゃることもないし。最近やっと政務が落ち着いて時間ができたからって、民に心を寄せるためにこうして視察に向かわれるような方なのに」
「……まいったな……さすがに私も罪悪感に苛まれる」
「あの時はまだシーワード子爵の密輸の件では動かれてらっしゃらなかったけれど、それでも殿下が誰よりもこの国のために身を尽くしてらっしゃったのは変わらないわ。罪悪感を感じる必要はないのよ」
「その解釈は私に都合が良すぎるのでは……」
「いいえ。だから、わたしはどうすればみんなに本当の殿下のことが伝わるのか夕飯もろくに食べずにずっと考えて下ばかり向いて歩いてたから階段の近くで『危ない』って声をかけられて、急に顔をあげたら眩暈がして……そうよ、でんふぁっむぐ」
殿下の指がまたわたしの唇に触れる。
ヤバい! ヒートアップしてしまった。あんなにバレないように気をつかっていたのに。
周囲のざわめきに血の気が引いていく。「殿下ってお呼びした?」「やっぱりそうなんだ」「じゃあやっぱりあの少女は」などなど勝手に耳に入ってくる。
やらかしてしまったことから逃避したくても、昼ごはんをしっかり食べてしまったわたしは目眩を起こして倒れることもできない。
「私の正体はバレてしまったね」
わたしのやらかしなんて気にしていないのかそう言って殿下は立ち上がる。
目が合うと「おいで」と手を引き人混みをかき分けて舞台に向かった。
えっえっ! 待って!
「せっかく観劇している最中に騒ぎを起こしてしまったね。君たちもこの騒ぎの中じゃ演技を続けるのは難しいだろう?」
眉を下げ悪気が全く感じられない笑顔を浮かべ王子様役の役者に近づく。
きっと王子様役の役者も自分の顔に自信があっただろうに絶世のイケメンとならんでしまうと顔面レベルが違いすぎて、可哀想なくらいだ。
「今日は、私にこの舞台を譲ってもらえないだろうか?」
殿下からそう言われて文句なんか言えるわけがない。口をあんぐり開けていた役者達は慌てて頷いた。
「へっ?」
急に声をかけられて顔を上げると笑いを堪える殿下と目が合った。
「……どうして笑っていらっしゃるの」
「ふっふふっ。いや、すまない。その……肩を震わせて泣いているのかと思って顔をのぞいたら舞台を睨みつけていたから。っはは。ふふっ」
耐えられなくなったのか殿下は小さな笑い声をあげる。
自分が貶められているのに、なにが面白いって言うんだろう。
笑いが収まるまでじっと見つめていると「それでこそだ」と嬉しそうに目を細めた。
「……なにがです?」
一人で納得している殿下に小声で尋ねる。
「……いや。変わらないなと思ってね。それで今回は頭の中の自分となにを話し合ってたんだい?」
「どうしてわたしが考え事してたってご存知なの? お兄様みたい」
「……お兄様」
「そうよ。お兄様も同じようなことおっしゃるわ」
お兄様はわたしが考え事をしてると「頭の中のエレナとお喋りばかりして」とよくあきれた顔をする。
殿下にもあきれられてしまったのかしら。
心配して見上げると、殿下は少しだけ眉間に皺を寄せていた。
「そう。お兄様ね。そのことはあとでゆっくり話し合わなくてはいけないな」
「お兄様と?」
「……違うよ」
じっと顔を見つめられる。
「もしかして、わたしと? どうして?」
「わかってないのはわかっているつもりだが、まだまだだな」
「……みんなみたいに、わたしのことをなにもわかってないっておっしゃるの?」
悲しげな瞳で見つめられると非難されてるみたい。勝手に涙が込み上げて泣きそうになる。
「ああ、違うんだ。泣かせるつもりはないのに。わたしは言葉が足りないな。ただ、何に怒りを覚えて考え込んでいたのかを知りたかっただけだったんだ」
「怒ってる? わたしが?」
思いもよらない言葉に驚くわたしに慌てていた殿下もキョトンとした顔をする。
「怒ってないの?」
怒ってる?
何に? どうして?
……ああ、そうだ。やっと思い出した。ずっと忘れていた階段を落ちたあの日のこと。わたしはこの芝居を見て何を思ったのか。
わたしはあの日怒ってたんだ。
ううん。ちょっと違う。
「あの日も悔しかったのよ」
「悔しかった?」
「だってみんなが誤解してるから」
「ああ。そうだね」
わたしの言葉に殿下はゆっくり頷く。
殿下も同じ気持ちなんだわ。
「でしょう? 王子様は為政者なのよ。感情を表に出してはいけないって育てられているだけなのに感情がないだなんて責め立てて。しかも誰をモデルにしたかわかるように、わざわざ殿下に似た名前なんてつけてるのよ。信じられないわ」
「そっちか」
殿下は両手で顔をふさぎなんかぶつぶつ言っている。
「聞いてらっしゃいます?」
「……失礼。続けて?」
「? ええ。だって殿下はなるべく感情を表に出さないようにされているけど、人の気持ちがわからない方ではないわ。幼い頃から期待に応えるために勉学に励み、困りごとがないか領主たちに聞いて回られて苦しむ民が出ないように尽力される優しくて誠実な方よ? それで仕事が増えて執務室にこもりっぱなしになっているのに不満をおっしゃることもないし。最近やっと政務が落ち着いて時間ができたからって、民に心を寄せるためにこうして視察に向かわれるような方なのに」
「……まいったな……さすがに私も罪悪感に苛まれる」
「あの時はまだシーワード子爵の密輸の件では動かれてらっしゃらなかったけれど、それでも殿下が誰よりもこの国のために身を尽くしてらっしゃったのは変わらないわ。罪悪感を感じる必要はないのよ」
「その解釈は私に都合が良すぎるのでは……」
「いいえ。だから、わたしはどうすればみんなに本当の殿下のことが伝わるのか夕飯もろくに食べずにずっと考えて下ばかり向いて歩いてたから階段の近くで『危ない』って声をかけられて、急に顔をあげたら眩暈がして……そうよ、でんふぁっむぐ」
殿下の指がまたわたしの唇に触れる。
ヤバい! ヒートアップしてしまった。あんなにバレないように気をつかっていたのに。
周囲のざわめきに血の気が引いていく。「殿下ってお呼びした?」「やっぱりそうなんだ」「じゃあやっぱりあの少女は」などなど勝手に耳に入ってくる。
やらかしてしまったことから逃避したくても、昼ごはんをしっかり食べてしまったわたしは目眩を起こして倒れることもできない。
「私の正体はバレてしまったね」
わたしのやらかしなんて気にしていないのかそう言って殿下は立ち上がる。
目が合うと「おいで」と手を引き人混みをかき分けて舞台に向かった。
えっえっ! 待って!
「せっかく観劇している最中に騒ぎを起こしてしまったね。君たちもこの騒ぎの中じゃ演技を続けるのは難しいだろう?」
眉を下げ悪気が全く感じられない笑顔を浮かべ王子様役の役者に近づく。
きっと王子様役の役者も自分の顔に自信があっただろうに絶世のイケメンとならんでしまうと顔面レベルが違いすぎて、可哀想なくらいだ。
「今日は、私にこの舞台を譲ってもらえないだろうか?」
殿下からそう言われて文句なんか言えるわけがない。口をあんぐり開けていた役者達は慌てて頷いた。
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