267 / 276
第五部
61 エレナ、殿下と観劇する
しおりを挟む
市井で流行ってるその芝居は、ネリーネ様から以前聞かされていたものだ。
「本当に観るのですか?」
さっきまでは正体に気が付かれていないことは幸いに思っていたけれど、このままじゃ災いが起こる。
この物語の登場人物はわたしと殿下をモデルにしている。
わたしのことを悪役令嬢と揶揄するだけならまだしも、物語の王子さまは人の気持ちがわからず重臣たちの操り人形だとされていた。殿下に対して不敬なんてもんじゃない。
ステファン様はネリーネ様と一緒に見に行っているのだから内容は知っているはずよね?
平土間に長椅子を置かれただけの芝居小屋は多くの人でごった返している。
少し離れたところに座っているステファン様に視線を送るけど気が付いてもらえない。
もし、こんな場所でわたしたちの正体がばれてしまったら……
背中にイヤな汗が流れる。
早く。早く止めさせないと。
周りを見回す。他に護衛もいるはずだわ。
薄暗い芝居小屋の中で目を凝らすと、ストロベリーピンクの髪が揺れるのを見つける。
「スピカさ……むぐ」
殿下の指が唇に触れる。
「静かに。正体がバレてしまうよ? 大丈夫。スピカ嬢だけでなく、ダスティンにブライアン、ジェレミー……それに王立学園に在籍する騎士候補たちも近くにいるから安心して」
ジェレミー様の赤い髪。他にもよく見ると見慣れた顔がいる。
「ほら始まる。あまりよそ見をしてはいけないよ」
その声を待っていたかのように小編成楽団が演奏を始めた。
芝居が始まった。
派手で品のない衣装を着た色褪せた金髪に暗いだけで深みもない青い目の男が登場する。モブの役者達が「感情のない王子は人の心がわからない」「人の心もわからないだけじゃなくてこの国でおきてる問題もわからないらしい」「心も頭も空っぽだ」「あいつは空っぽな操り人形なんだ」と笑い声を上げる。
観客まで愉快そうに笑い出すのを聞いて、ぎゅっと唇を噛み締める。
ああ。そうだ。あの日、わたしはこの芝居を見た。
調弦されていないバイオリンとチェロに、出ない音があるオーボエや息が続かないトランペット達が音を鳴らす。
鼻にかかった癖のある声で独唱を歌うのは、劇団一の美女と呼ばれる看板女優だ。コーデリア様やアイラン様をはじめとした美女や美少女を見慣れたわたしには残念ながらモブの役者と大して変わらなく見える。
ああもう。
鳴り響く手拍子や口笛に合いの手も耳障りで考え事の邪魔でしかない。
苛立ちを抑えて必死に記憶を巡る。
あの日。
わたしは縁戚であるレイシャに誘われてここに来ていた。
トワイン一族は女の子が極端に少ない。歳が近いわたしたちは親族の集まりでは一緒にいることが多かった。
レイシャは実家で作った蒸留酒を飲食店に売りに行く父親について王都に何度も行ってるからと、流行り物に詳しくて、いつもわたしにいろいろ教えてくれていた。
そしてあのも日も「エレナも知っておいた方がいいことがあるのよ」そう言われたんだ。
わたしはあの時この芝居を見てなんて思ったんだろう。
茶色い髪の毛にペリドットみたいな鮮やかな黄緑色の瞳の少女が舞台の中心向かうと、場内の至る所から罵声があがる。
わたしと髪色や瞳の色が少し似ているくらいで悪役令嬢を演じるハメになった不憫な少女は、罵声をものともせずに顔を上げて高らかに独唱を歌う。
罵声を黙らせるほどの歌唱力は圧巻だ。
そもそも太って見えるようにドレスの下にたくさん着込んで、レースやフリルをたくさん重ねているだけで、悪役令嬢役の少女は細身だ。
化粧で派手でキツく見えるようにしているだけで、目鼻立ちは整っている。
わたしに髪や目の色が似ていなければ悪役令嬢役の少女が看板女優になれたに違いない。
待って。今考えるべきなのはそこじゃない。
やっと観客の声が静かになったんだからあの日のことを思い出すのに集中しなくっちゃ。
レイシャにこの芝居を見せに連れてこられた時。
わたしは……わたしは……
ああ、思い出せそうで思い出せない。
また観客の笑い声が起きる。
舞台では再び王子様がどれだけ役立たずかを揶揄していた。
「本当に観るのですか?」
さっきまでは正体に気が付かれていないことは幸いに思っていたけれど、このままじゃ災いが起こる。
この物語の登場人物はわたしと殿下をモデルにしている。
わたしのことを悪役令嬢と揶揄するだけならまだしも、物語の王子さまは人の気持ちがわからず重臣たちの操り人形だとされていた。殿下に対して不敬なんてもんじゃない。
ステファン様はネリーネ様と一緒に見に行っているのだから内容は知っているはずよね?
平土間に長椅子を置かれただけの芝居小屋は多くの人でごった返している。
少し離れたところに座っているステファン様に視線を送るけど気が付いてもらえない。
もし、こんな場所でわたしたちの正体がばれてしまったら……
背中にイヤな汗が流れる。
早く。早く止めさせないと。
周りを見回す。他に護衛もいるはずだわ。
薄暗い芝居小屋の中で目を凝らすと、ストロベリーピンクの髪が揺れるのを見つける。
「スピカさ……むぐ」
殿下の指が唇に触れる。
「静かに。正体がバレてしまうよ? 大丈夫。スピカ嬢だけでなく、ダスティンにブライアン、ジェレミー……それに王立学園に在籍する騎士候補たちも近くにいるから安心して」
ジェレミー様の赤い髪。他にもよく見ると見慣れた顔がいる。
「ほら始まる。あまりよそ見をしてはいけないよ」
その声を待っていたかのように小編成楽団が演奏を始めた。
芝居が始まった。
派手で品のない衣装を着た色褪せた金髪に暗いだけで深みもない青い目の男が登場する。モブの役者達が「感情のない王子は人の心がわからない」「人の心もわからないだけじゃなくてこの国でおきてる問題もわからないらしい」「心も頭も空っぽだ」「あいつは空っぽな操り人形なんだ」と笑い声を上げる。
観客まで愉快そうに笑い出すのを聞いて、ぎゅっと唇を噛み締める。
ああ。そうだ。あの日、わたしはこの芝居を見た。
調弦されていないバイオリンとチェロに、出ない音があるオーボエや息が続かないトランペット達が音を鳴らす。
鼻にかかった癖のある声で独唱を歌うのは、劇団一の美女と呼ばれる看板女優だ。コーデリア様やアイラン様をはじめとした美女や美少女を見慣れたわたしには残念ながらモブの役者と大して変わらなく見える。
ああもう。
鳴り響く手拍子や口笛に合いの手も耳障りで考え事の邪魔でしかない。
苛立ちを抑えて必死に記憶を巡る。
あの日。
わたしは縁戚であるレイシャに誘われてここに来ていた。
トワイン一族は女の子が極端に少ない。歳が近いわたしたちは親族の集まりでは一緒にいることが多かった。
レイシャは実家で作った蒸留酒を飲食店に売りに行く父親について王都に何度も行ってるからと、流行り物に詳しくて、いつもわたしにいろいろ教えてくれていた。
そしてあのも日も「エレナも知っておいた方がいいことがあるのよ」そう言われたんだ。
わたしはあの時この芝居を見てなんて思ったんだろう。
茶色い髪の毛にペリドットみたいな鮮やかな黄緑色の瞳の少女が舞台の中心向かうと、場内の至る所から罵声があがる。
わたしと髪色や瞳の色が少し似ているくらいで悪役令嬢を演じるハメになった不憫な少女は、罵声をものともせずに顔を上げて高らかに独唱を歌う。
罵声を黙らせるほどの歌唱力は圧巻だ。
そもそも太って見えるようにドレスの下にたくさん着込んで、レースやフリルをたくさん重ねているだけで、悪役令嬢役の少女は細身だ。
化粧で派手でキツく見えるようにしているだけで、目鼻立ちは整っている。
わたしに髪や目の色が似ていなければ悪役令嬢役の少女が看板女優になれたに違いない。
待って。今考えるべきなのはそこじゃない。
やっと観客の声が静かになったんだからあの日のことを思い出すのに集中しなくっちゃ。
レイシャにこの芝居を見せに連れてこられた時。
わたしは……わたしは……
ああ、思い出せそうで思い出せない。
また観客の笑い声が起きる。
舞台では再び王子様がどれだけ役立たずかを揶揄していた。
30
あなたにおすすめの小説
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw
さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」
ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。
「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」
いえ! 慕っていません!
このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。
どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。
しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……
*設定は緩いです
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》
【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが
藍生蕗
恋愛
子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。
しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。
いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。
※ 本編は4万字くらいのお話です
※ 他のサイトでも公開してます
※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。
※ ご都合主義
※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!)
※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。
→同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。
乞食
恋愛
メディチ家の公爵令嬢プリシラは、かつて誰からも愛される少女だった。しかし、数年前のある事件をきっかけに周囲の人間に虐げられるようになってしまった。
唯一の心の支えは、プリシラを慕う義妹であるロザリーだけ。
だがある日、プリシラは異母妹を苛めていた罪で断罪されてしまう。
プリシラは処刑の日の前日、牢屋を訪れたロザリーに無実の証言を願い出るが、彼女は高らかに笑いながらこう言った。
「ぜーんぶ私が仕組んだことよ!!」
唯一信頼していた義妹に裏切られていたことを知り、プリシラは深い悲しみのまま処刑された。
──はずだった。
目が覚めるとプリシラは、三年前のロザリーがメディチ家に引き取られる前日に、なぜか時間が巻き戻っていて──。
逆行した世界で、プリシラは義妹と、自分を虐げていた人々に復讐することを誓う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる