270 / 276
第五部
64 エレナは殿下の宣言を阻止したい
しおりを挟む
「随分と早い帰還だな。もう少し領地にいてもよかったのに」
「私が王都を離れる様に仕向けたあげく、不在の時を狙ってこんな騒ぎを起こしていいと思ってらっしゃるんですか!」
周りの罵声が大きくなるけれど……お兄様の無駄に通る声は観客のブーイングなんてものともしない。
「こんなことしてうちの妹が傷つくと思われなかったのですか⁈」
観客席から「傷つくようなタマかよ」と野次があがりドッと笑い声がおこる。
お兄様は「ほら見たことか!」と叫ぶと、観客をかき分けて舞台に向かって近づいてくる。
観客はお兄様が近くを通ると目を見開き、お兄様と私の顔を見比べる。
そりゃ驚くよね。
顔立ちは似ているはずなのに、お兄様は麗しの貴公子様でわたしは小太りの醜女だ。
階段から落ちて「エレナの記憶を失って前世の記憶を思い出した」なんて思いこんですぐの時は、鏡で見てとんでもない美少女だなんて勘違いしていた。
でも、コーデリア様やアイラン様みたいな本物の美人や美少女を見てしまった後だと、背が低くて子供っぽく見えるし、顔も丸いし胸も大きいから太って見える。
ほかの人に言われなくったって絶世のイケメンな殿下の隣に立つのに相応しくないことくらいわかってる。
ため息をついて観客席を見回す。
お兄様の怒気に気圧されたのか、周りの罵る声は少しずつ勢いがなくなり表情からも生気が失せる。
気が付くと観客はみんな真っ青な顔をしていた。
「王太子殿下。うちの妹から手を離してください」
舞台に降り立ったお兄様がわたしの肩に触れた頃には、あれだけ騒がしかった芝居小屋の中はしんと静まり返っていた。
「断る」
殿下はお兄様の手を払うとわたしを抱きしめる。
「いい加減にしてください! 以前エレナがこの芝居が原因で傷ついたのはご存知のはずなのに! こんな場所に連れてきて、エレナがまた傷ついてもいいと思ってるんですか⁈ 」
「傷つけようと思って連れてきたわけではない」
「なぜそしたらエレナがこんなに悲しげな顔をしてるんですか」
「お兄様。やめて」
「いいからエレナは黙ってなさい。殿下にしたらエレナが傷ついて泣けば慰めるふりをして抱きしめられて願ったりかなったりなんですもんね。ああ、やだやだ浅ましい。エレナ。殿下に隙を見せちゃいけない。毅然とした態度ではっきり拒絶しないと伝わらないよ」
「エリオット。エレナが私を拒絶するわけがないだろう?」
「そうよ。お兄様。殿下がわたしなんかを抱きしめたいだなんて適当なこと言いふらさないのよ。殿下が物好きだと思われるわ。幼ない頃の思い出を大切にされていらっしゃるから、わたしが泣くと子供の頃みたいに優しく慰めてくださるだけなのよ」
お兄様の言い方じゃ語弊があるわ。
これじゃ殿下がわたしに下心があるみたいじゃない。
客席をチラリと見ると観客達は信じられないと言わんばかりの顔をしている。
「……とにかく、エレナを返してください」
「エレナはエリオットのものではないだろう」
「殿下のものでもありませんけど?」
「エレナは私に『慕っている』と言ってくれたし、ともに噂を覆そうと約束もした。それに金糸雀は鳥籠に囲われたままでよいと言ってくれた」
「……鳥籠は比喩だったのですか?」
驚いて声を上げると、なぜかお兄様が勝ち誇った顔をした。
「ほら! エレナが何もわかっていないのをいいことに、何でもかんでも自分の都合がいいように話を持っていって」
「ひどい! お兄様ったらわたしが世間知らずだって言いふらすのね。お兄様ってば酷いわ」
「待って待って。僕に厳しくない? 僕は何があってもエレナの味方なのに」
「私だってエレナの味方だ」
「はあ? こんな敵ばかりのところに連れ出して何が味方ですか?」
「敵? ここにいる民は『ある国の王子が恋を知り、最愛の少女の協力を得て成長する物語』に夢中なのだから私とエレナの味方だ。そうだろう?」
殿下は観客に同意を求める。観客席からは「そうだ、そうだ」と気遣った声とパラパラと拍手が聞こえる。
「殿下。客席のみなさんに強要してはいけません」
「強要? 本心だろう?」
わたしは殿下の腕の中で首を振る。
「エレナ様!」
観客席から声が上がる。ピンクのツインテールが揺れる。
「スピカさん?」
「じゃあ、わたしが魔法をかけたら信じられますか?」
「えっ?」
スピカさんまで舞台に降りてくる。
「真実の口!」
呪文を唱えて手を上にかかげると小さな光が乱舞する。まるでゲームやアニメで見たエフェクトみたい。
スピカさんが頭の上で握りしめた両手を胸元まで下ろすと、光は見えなくなった。
「これで魔法が展開されました」
「もうみんな嘘をつけないの?」
「エレナ様は心にもないことは言えません」
「本当に?」
「はい。これから何か嘘をついてみてください」
「えっ、ええ? 急に言われても思いつかないわ」
「じゃあ……わたしに嫌いって言ってみてください」
「スピカさん、き……痛い!」
ズキッ。頭が痛い。あまりの痛みに言葉が出ない。言おうとするのをやめると、すっと頭痛が消えた。
「すごい! 言えないわ! 本当に心にもないことは言えないのね!」
「よかった。魔法がしっかりとかかったみたいで。これからここにいるみんなの言葉は信じられますか?」
嬉しそうなスピカさんにそう言われたら、わたしは頷くしか出来なかった。
「私が王都を離れる様に仕向けたあげく、不在の時を狙ってこんな騒ぎを起こしていいと思ってらっしゃるんですか!」
周りの罵声が大きくなるけれど……お兄様の無駄に通る声は観客のブーイングなんてものともしない。
「こんなことしてうちの妹が傷つくと思われなかったのですか⁈」
観客席から「傷つくようなタマかよ」と野次があがりドッと笑い声がおこる。
お兄様は「ほら見たことか!」と叫ぶと、観客をかき分けて舞台に向かって近づいてくる。
観客はお兄様が近くを通ると目を見開き、お兄様と私の顔を見比べる。
そりゃ驚くよね。
顔立ちは似ているはずなのに、お兄様は麗しの貴公子様でわたしは小太りの醜女だ。
階段から落ちて「エレナの記憶を失って前世の記憶を思い出した」なんて思いこんですぐの時は、鏡で見てとんでもない美少女だなんて勘違いしていた。
でも、コーデリア様やアイラン様みたいな本物の美人や美少女を見てしまった後だと、背が低くて子供っぽく見えるし、顔も丸いし胸も大きいから太って見える。
ほかの人に言われなくったって絶世のイケメンな殿下の隣に立つのに相応しくないことくらいわかってる。
ため息をついて観客席を見回す。
お兄様の怒気に気圧されたのか、周りの罵る声は少しずつ勢いがなくなり表情からも生気が失せる。
気が付くと観客はみんな真っ青な顔をしていた。
「王太子殿下。うちの妹から手を離してください」
舞台に降り立ったお兄様がわたしの肩に触れた頃には、あれだけ騒がしかった芝居小屋の中はしんと静まり返っていた。
「断る」
殿下はお兄様の手を払うとわたしを抱きしめる。
「いい加減にしてください! 以前エレナがこの芝居が原因で傷ついたのはご存知のはずなのに! こんな場所に連れてきて、エレナがまた傷ついてもいいと思ってるんですか⁈ 」
「傷つけようと思って連れてきたわけではない」
「なぜそしたらエレナがこんなに悲しげな顔をしてるんですか」
「お兄様。やめて」
「いいからエレナは黙ってなさい。殿下にしたらエレナが傷ついて泣けば慰めるふりをして抱きしめられて願ったりかなったりなんですもんね。ああ、やだやだ浅ましい。エレナ。殿下に隙を見せちゃいけない。毅然とした態度ではっきり拒絶しないと伝わらないよ」
「エリオット。エレナが私を拒絶するわけがないだろう?」
「そうよ。お兄様。殿下がわたしなんかを抱きしめたいだなんて適当なこと言いふらさないのよ。殿下が物好きだと思われるわ。幼ない頃の思い出を大切にされていらっしゃるから、わたしが泣くと子供の頃みたいに優しく慰めてくださるだけなのよ」
お兄様の言い方じゃ語弊があるわ。
これじゃ殿下がわたしに下心があるみたいじゃない。
客席をチラリと見ると観客達は信じられないと言わんばかりの顔をしている。
「……とにかく、エレナを返してください」
「エレナはエリオットのものではないだろう」
「殿下のものでもありませんけど?」
「エレナは私に『慕っている』と言ってくれたし、ともに噂を覆そうと約束もした。それに金糸雀は鳥籠に囲われたままでよいと言ってくれた」
「……鳥籠は比喩だったのですか?」
驚いて声を上げると、なぜかお兄様が勝ち誇った顔をした。
「ほら! エレナが何もわかっていないのをいいことに、何でもかんでも自分の都合がいいように話を持っていって」
「ひどい! お兄様ったらわたしが世間知らずだって言いふらすのね。お兄様ってば酷いわ」
「待って待って。僕に厳しくない? 僕は何があってもエレナの味方なのに」
「私だってエレナの味方だ」
「はあ? こんな敵ばかりのところに連れ出して何が味方ですか?」
「敵? ここにいる民は『ある国の王子が恋を知り、最愛の少女の協力を得て成長する物語』に夢中なのだから私とエレナの味方だ。そうだろう?」
殿下は観客に同意を求める。観客席からは「そうだ、そうだ」と気遣った声とパラパラと拍手が聞こえる。
「殿下。客席のみなさんに強要してはいけません」
「強要? 本心だろう?」
わたしは殿下の腕の中で首を振る。
「エレナ様!」
観客席から声が上がる。ピンクのツインテールが揺れる。
「スピカさん?」
「じゃあ、わたしが魔法をかけたら信じられますか?」
「えっ?」
スピカさんまで舞台に降りてくる。
「真実の口!」
呪文を唱えて手を上にかかげると小さな光が乱舞する。まるでゲームやアニメで見たエフェクトみたい。
スピカさんが頭の上で握りしめた両手を胸元まで下ろすと、光は見えなくなった。
「これで魔法が展開されました」
「もうみんな嘘をつけないの?」
「エレナ様は心にもないことは言えません」
「本当に?」
「はい。これから何か嘘をついてみてください」
「えっ、ええ? 急に言われても思いつかないわ」
「じゃあ……わたしに嫌いって言ってみてください」
「スピカさん、き……痛い!」
ズキッ。頭が痛い。あまりの痛みに言葉が出ない。言おうとするのをやめると、すっと頭痛が消えた。
「すごい! 言えないわ! 本当に心にもないことは言えないのね!」
「よかった。魔法がしっかりとかかったみたいで。これからここにいるみんなの言葉は信じられますか?」
嬉しそうなスピカさんにそう言われたら、わたしは頷くしか出来なかった。
39
あなたにおすすめの小説
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw
さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」
ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。
「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」
いえ! 慕っていません!
このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。
どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。
しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……
*設定は緩いです
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》
【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが
藍生蕗
恋愛
子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。
しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。
いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。
※ 本編は4万字くらいのお話です
※ 他のサイトでも公開してます
※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。
※ ご都合主義
※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!)
※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。
→同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。
乞食
恋愛
メディチ家の公爵令嬢プリシラは、かつて誰からも愛される少女だった。しかし、数年前のある事件をきっかけに周囲の人間に虐げられるようになってしまった。
唯一の心の支えは、プリシラを慕う義妹であるロザリーだけ。
だがある日、プリシラは異母妹を苛めていた罪で断罪されてしまう。
プリシラは処刑の日の前日、牢屋を訪れたロザリーに無実の証言を願い出るが、彼女は高らかに笑いながらこう言った。
「ぜーんぶ私が仕組んだことよ!!」
唯一信頼していた義妹に裏切られていたことを知り、プリシラは深い悲しみのまま処刑された。
──はずだった。
目が覚めるとプリシラは、三年前のロザリーがメディチ家に引き取られる前日に、なぜか時間が巻き戻っていて──。
逆行した世界で、プリシラは義妹と、自分を虐げていた人々に復讐することを誓う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる