【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─

江崎美彩

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第五部

68 転生先の物語も役割もないけれど(最終話)

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「私とエレナの婚約を民が皆反対していると軍部から報告が上がっている」

 騒然とした小屋の中でも、殿下の凛とした響きの良い声は声を張り上げなくてもはっきり聞こえる。
 殿下の次の言葉を待っているのか徐々に観声が小さくなる。

「それは本当の真意なのだろうか?」

 本当の真意? どういう意味?
 殿下を見上げるけれど、まっすぐ前を見る殿下と視線は交わらない。
 
「街である噂を聞いた。『小太りの醜女で癇癪持ちで傲慢な侯爵令嬢が王太子の婚約者だ』と。かような令嬢が王太子妃にふさわしくないという主張はもっともだろう」

 そう告げる殿下の声は冷たい。
 さっきまで騒ぎ立てていた観声も聞こえず、しんと静まり返る。

 いま観客のみんなは何を考えているんだろう。
 やっぱり、わたしなんて……
 凍り付くようなこの場の雰囲気のなか寄り添う殿下の身体は熱を持ったように熱い。

「民が心配するような者を婚約者に据えるほど私は愚かなのだろうか」

 問いかけに声をあげる者はいなかった。

「私が共に手を取り生きていきたいと願ったのは、民に心を寄せ、国の繁栄を願い、私の背中を押してくれる少女だ。感情を表に出さぬよう育てられまるで人形のようだと揶揄される私に、感情を吹き込んでくれた少女だ」
「殿下……そんな……」

 殿下がようやくわたしを見る。炎が灯ったような熱いまなざしに、口から出かかった自信のない言葉をぐっと飲みこむ。

「私の婚約者と噂される小太りの醜女で癇癪持ちの侯爵令嬢というのはどこの誰なのだろう? エレナを知る多くの者がここで証言した内容が虚構なのだろうか。それとも街で噂されている内容が虚構なのだろうか?」

 緩んでいた腕の力が再び強くなる。
 押し当てられた胸から聞こえる心音は早い。
 殿下も緊張していらっしゃるんだ。

「虚構に基づき反対しているとしたら、それは本当に民の真意なのだろうか? 私は本当の民意を確かめるためにこの場に訪れたのだ」

 殿下のため息だけが静まり返った小屋の中で響く。

「この場で見たのは『人の心を知らぬある国の王子が、恋を知り最愛の少女の協力を得て成長する物語』に夢中になる民の姿であった。皆の姿を見て思い出した私も幼いころ同じような物語に夢中になったことを」

 ぐるりと見回した殿下はまるで慈悲深い神のような微笑みをたたえる。
 今度は観客がため息をつく番だ。

「幼い頃に母から読み聞かせられ、母が身罷られたあの年エレナと共に過ごした別荘で読んだ我がヴァーデン王国の建国物語だ」

 殿下はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「はるか昔、始まりの神は自身を模し人間をこの地に作った。自身を模したはずの人間たちが感情を持ち愛し合い増殖することに始まりの神は理解できずにいらした。増殖した人間たちは美しい感情だけでなく醜い感情も持ち始めた。奪い合い憎しみ合い争いが絶えなかった。戦乱が広がり荒涼とした大地が広がり人間以外の生き物にまで被害が及んだ。始まりの神は自ら統治を行うために旅を続けていたが、ある日……いまのトワイン領にある湖のほとりで倒れてしまわれた。そこで一人の少女と出会い恋に落ちたのだ。神に見染められた少女は女神となり始まりの神は永遠の命を失った。始まりの神は人としてこの国を統治することにした」

 この国の民であればだれでも知っている建国の物語だ。

「感情を表に出さぬように育てられ出し方を忘れてしまった私も、最愛の少女と出会い恋を知った」

 殿下ははっきりと宣言した。

 わたしはもちろん女神じゃない。

 転生先は物語の世界なんかじゃなかったし、転生したからって別に女神様になれるようなチートスキルなんてない。わたしには物語の役割なんてものはない。

 だけど……

 大好きな殿下や、お兄様をはじめとした家族や使用人たち、大切なお友達……
 いま、この舞台のうえでみんなに与えてもらった役割がある。

「殿下」

 目を合わせて頷くと殿下はわたしを腕から解放してくれた。
 体温が離れてヒヤッとした空気にさらされる。
 わたしは決意し手を組み祈りをささげる。

 殿下はわたしの肩に手を置くとブラウスの金具を外す。
 肩から落ちた布はスカートの上を覆う。女神様風の真っ白なワンピースに縫い付けられたガラスビーズに光が当たりキラキラと輝く。
 観客席から「女神さまだ……」とつぶやく声が聞こえた。

「『大地の豊穣』を『子孫の繁栄』を『国の弥栄』を司る『恵みの女神』が千年の時を経て再び我が王室に輿入れすることは民意に反しているのだろうか」

 殿下の問いかけに観客の一人から「俺たちは騙されていたんだ!」と声が上がったのを皮切りに観客は口々に騒ぎ出した。

「民よ! 私は恵みの女神とともに歴史書に名を残す治世者となることを誓う」
 
 わたしは、前世に読んでいた物語の登場人物ではないけれど、何年……ううん何十年、何百年先のこの国の人たちが触れる歴史書に名を刻むことになるのだろう。

「エレナ?」

 有無を言わせないような宣言をしたのに、殿下はわたしの顔色を窺うように覗き込む。

わたしはなんて言っていいかわからなくて、寄り添って頷いた。
 殿下は笑いかけその大きな手のひらにわたしの手をのせる。

「これからも、迷っているときには私の背中を押しておくれ」

 そっと指先に口づけが落ち、殿下の手首でマーガレットのカフスボタンがきらめいた。

~完~
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