【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─

江崎美彩

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番外編

芝居小屋をあとにして

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 宣言を聞き鳴りやまない拍手の中、殿下に手を引かれ出口に向かう。観衆は誰に指示されたわけでもないのに、わたしたちのために道をあけた。

 周りを見回すとみんな興奮して顔が紅潮している。殿下の名前を呼ぶ声に混じりわたしに向かい「女神様」と呼ぶ声も聞こえる。
 つい声に応えて空いた手を振ってしまった。
 慌てて手を引っ込める。

「どうしたの?」

 深い湖みたいな青い瞳がわたしを覗き込む。

「領地でもないのに『女神様』って呼ばれて、つい反応して手を振ってしまったわ」
「自信を持って手を振ればいいのに」

 殿下はそういうと呼ばれた名に応えるように手を振った。

「ほら、エレナも」

 耳元で囁かれたわたしはおずおずと手を振る。周りから悲鳴があがった。
 責める声は聞こえないけれど、恥ずかしくて俯き加減で出口にむかって歩く。
 芝居小屋を出ると強い日差しに照らされてますます顔を上げられない。
 眩しさに負けてぎゅっと目を閉じる。視界が遮断されるといろんな声や音がわっと流れ込む。
 繁華街のざわめきの中、怒鳴り声や叫び声が聞こえた。

「──エレナ様は女神様なんだ!」
「うるせえ坊主! 何言ってやがんだ!」

 聞き慣れた叫び声。目をそっとあける。
 いつものくるくるふわふわの髪の毛がまわりから引っ張られてぐしゃぐしゃになっている見知った少年が軽馬車の馭者席で騒いでいる。

「ユーゴ!」
「あ、自力で追いかけておいでって言ってたのにユーゴのこと忘れてた」

 後ろから暢気な声が聞こえる。お兄様の声が届いたのかユーゴは頬を膨らませて軽馬車から降りてきた。
 軽馬車の馬が逃げ出さないように護衛に着いていたブライアン様が駆け寄る。

「ユーゴ、馬を繋いでいないのにこんな騒がしいところで馭者席から急に降りてきたら、馬が慌ててしまうわ。周りの人が怪我したり、馬も怪我するかもしれないでしょう? 気をつけないと」
「エレナ様、酷い!」
「ユーゴがきちんと職務を遂行すれば厳しいことなんて言わないわ」
「そんなことどうでもいいんです」
「そんなこと?」
「なんで僕のいないところで女神様の格好してるんですか? 僕に内緒で女神様の格好するなんて酷いです! しかも王太子殿下まで神様の格好してじゃないですか! こんな素晴らしい光景、僕が今日ここに来れたからよかったものの、領地から帰るのが明日になってたら見れなかったってことじゃないですか!」
「ユーゴ……ここは領地じゃないのよ。わたしのこと女神様だなんて言って騒ぐからこんなにボロボロになってるのに、どうしてそんなこと言って騒ぐの」

 相変わらずのユーゴに呆れたわたしは、ぐしゃぐしゃの髪の毛に手を伸ばし優しく撫で付けてやる。
 何か投げつけられたのか殴られたのか擦り傷まであった。

「ユーゴが怪我したらわたしもお兄様も悲しいわ」

 頬に触れようとすると手首を掴まれる。

「大変だエリオット! 君の従者が怪我をしているようだ。早く馬車に乗って屋敷に戻る必要がある! ほらさあ、早く。医者もこちらで手配しよう。イスファーンの王子殿下と王女殿下は馬車でお待ちいただいていたんですね? それではエリオットと君の従者が乗ればエレナが乗る場所がないではないか、ではエレナは私が送っていくので安心してくれ。ああ、君の従者が乗ってきた軽馬車は私が預かっておくので心配する必要はない」

 殿下は早口で捲し立てるようにそう言ってお兄様とユーゴを馬車に乗るように追い立てる。
 何か言いたげなお兄様はため息をついて馬車に乗り込んだ。
 これ以上騒ぎを大きくしないようにするためには、さっさとこの場からユーゴを退場させるのが正解だ。

 さっきまでユーゴに掴みかかって騒いでいた人たちも、馬車の中にバイラム王子とアイラン様がいたことに驚いているのか芝居小屋から出てきた殿下に驚いているのか呆然と立ち尽くしている。

 馬車の中で興味深げに座っていたバイラム王子殿下が扉を閉じる間際にウィンクをして手を振った。
 ユーゴとお兄様のことは任せてくれってことね。
 遠ざかる我が家の馬車を見送りながら一人納得していると頭の上からギリリと歯軋りが聞こえる。
 責任感の強い殿下は騒ぎが起きたことで自分を責めているのかしら。

「そんな歯軋りするほど責めないでください。この騒ぎは殿下のせいではないわ。ユーゴがわたしのこと女神様だなんて言って騒ぐからいけないのよ。帰ったら言って聞かせるわ」
「……そう」

 殿下は複雑そうな表情を浮かべる。

「それにしてもどうしましょう。軽馬車をこのまま置いていくわけにもいかないし」
「あ、あぁ。それなら私とエレナが乗って帰ればいいさ」

 軽馬車に向かい殿下が御者席に座る。わたしは殿下から差し出された手を取り隣に座った。

 以前牧場を案内した時は、確かわたしはユーゴが操る馬車に、殿下はランス様が操る馬車に乗った。
 殿下が軽馬車を操れるなんて知らなかった。
 あの時はお兄様が編み機が欲しいからってアイラン様とイチャイチャして見せつけてくるばかりで、わたしは殿下と距離があるのにって思いこんで勝手に落ち込んでいた。

「……殿下が軽馬車を操れるなら、あの時もご一緒したかったな」
「……あの時は無理だな」
「えっ」

 口にしたつもりがないのに声が出ていたらしい。返事に驚いて殿下の顔を見上げる。

「その……エレナと一緒に乗りたくて、あの後軽馬車の操り方を学んだから」
「そ、そうなんですね。わたしのためにありがとうございます」

 予想外の答えにわたしの顔は熱くなる。
 目の前には真っ赤な顔に決まりが悪そうなむにゅりと曲がった唇。いつもなら手で隠される殿下の表情は手綱と鞭を握っているから隠すことができない。

 真っ赤な顔を周りに見られながら、わたしと殿下は軽馬車で繁華街を抜けていった。
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