【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─

江崎美彩

文字の大きさ
274 / 276
第五部

68 転生先の物語も役割もないけれど(最終話)

しおりを挟む
「私とエレナの婚約を民が皆反対していると軍部から報告が上がっている」

 騒然とした小屋の中でも、殿下の凛とした響きの良い声は声を張り上げなくてもはっきり聞こえる。
 殿下の次の言葉を待っているのか徐々に観声が小さくなる。

「それは本当の真意なのだろうか?」

 本当の真意? どういう意味?
 殿下を見上げるけれど、まっすぐ前を見る殿下と視線は交わらない。
 
「街である噂を聞いた。『小太りの醜女で癇癪持ちで傲慢な侯爵令嬢が王太子の婚約者だ』と。かような令嬢が王太子妃にふさわしくないという主張はもっともだろう」

 そう告げる殿下の声は冷たい。
 さっきまで騒ぎ立てていた観声も聞こえず、しんと静まり返る。

 いま観客のみんなは何を考えているんだろう。
 やっぱり、わたしなんて……
 凍り付くようなこの場の雰囲気のなか寄り添う殿下の身体は熱を持ったように熱い。

「民が心配するような者を婚約者に据えるほど私は愚かなのだろうか」

 問いかけに声をあげる者はいなかった。

「私が共に手を取り生きていきたいと願ったのは、民に心を寄せ、国の繁栄を願い、私の背中を押してくれる少女だ。感情を表に出さぬよう育てられまるで人形のようだと揶揄される私に、感情を吹き込んでくれた少女だ」
「殿下……そんな……」

 殿下がようやくわたしを見る。炎が灯ったような熱いまなざしに、口から出かかった自信のない言葉をぐっと飲みこむ。

「私の婚約者と噂される小太りの醜女で癇癪持ちの侯爵令嬢というのはどこの誰なのだろう? エレナを知る多くの者がここで証言した内容が虚構なのだろうか。それとも街で噂されている内容が虚構なのだろうか?」

 緩んでいた腕の力が再び強くなる。
 押し当てられた胸から聞こえる心音は早い。
 殿下も緊張していらっしゃるんだ。

「虚構に基づき反対しているとしたら、それは本当に民の真意なのだろうか? 私は本当の民意を確かめるためにこの場に訪れたのだ」

 殿下のため息だけが静まり返った小屋の中で響く。

「この場で見たのは『人の心を知らぬある国の王子が、恋を知り最愛の少女の協力を得て成長する物語』に夢中になる民の姿であった。皆の姿を見て思い出した私も幼いころ同じような物語に夢中になったことを」

 ぐるりと見回した殿下はまるで慈悲深い神のような微笑みをたたえる。
 今度は観客がため息をつく番だ。

「幼い頃に母から読み聞かせられ、母が身罷られたあの年エレナと共に過ごした別荘で読んだ我がヴァーデン王国の建国物語だ」

 殿下はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「はるか昔、始まりの神は自身を模し人間をこの地に作った。自身を模したはずの人間たちが感情を持ち愛し合い増殖することに始まりの神は理解できずにいらした。増殖した人間たちは美しい感情だけでなく醜い感情も持ち始めた。奪い合い憎しみ合い争いが絶えなかった。戦乱が広がり荒涼とした大地が広がり人間以外の生き物にまで被害が及んだ。始まりの神は自ら統治を行うために旅を続けていたが、ある日……いまのトワイン領にある湖のほとりで倒れてしまわれた。そこで一人の少女と出会い恋に落ちたのだ。神に見染められた少女は女神となり始まりの神は永遠の命を失った。始まりの神は人としてこの国を統治することにした」

 この国の民であればだれでも知っている建国の物語だ。

「感情を表に出さぬように育てられ出し方を忘れてしまった私も、最愛の少女と出会い恋を知った」

 殿下ははっきりと宣言した。

 わたしはもちろん女神じゃない。

 転生先は物語の世界なんかじゃなかったし、転生したからって別に女神様になれるようなチートスキルなんてない。わたしには物語の役割なんてものはない。

 だけど……

 大好きな殿下や、お兄様をはじめとした家族や使用人たち、大切なお友達……
 いま、この舞台のうえでみんなに与えてもらった役割がある。

「殿下」

 目を合わせて頷くと殿下はわたしを腕から解放してくれた。
 体温が離れてヒヤッとした空気にさらされる。
 わたしは決意し手を組み祈りをささげる。

 殿下はわたしの肩に手を置くとブラウスの金具を外す。
 肩から落ちた布はスカートの上を覆う。女神様風の真っ白なワンピースに縫い付けられたガラスビーズに光が当たりキラキラと輝く。
 観客席から「女神さまだ……」とつぶやく声が聞こえた。

「『大地の豊穣』を『子孫の繁栄』を『国の弥栄』を司る『恵みの女神』が千年の時を経て再び我が王室に輿入れすることは民意に反しているのだろうか」

 殿下の問いかけに観客の一人から「俺たちは騙されていたんだ!」と声が上がったのを皮切りに観客は口々に騒ぎ出した。

「民よ! 私は恵みの女神とともに歴史書に名を残す治世者となることを誓う」
 
 わたしは、前世に読んでいた物語の登場人物ではないけれど、何年……ううん何十年、何百年先のこの国の人たちが触れる歴史書に名を刻むことになるのだろう。

「エレナ?」

 有無を言わせないような宣言をしたのに、殿下はわたしの顔色を窺うように覗き込む。

わたしはなんて言っていいかわからなくて、寄り添って頷いた。
 殿下は笑いかけその大きな手のひらにわたしの手をのせる。

「これからも、迷っているときには私の背中を押しておくれ」

 そっと指先に口づけが落ち、殿下の手首でマーガレットのカフスボタンがきらめいた。

~完~
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

【完結】第一王子の婚約者になりましたが、妃になるにはまだまだ先がみえません!

風見ゆうみ
恋愛
「王族に嫁いだ者は、夫を二人もつ事を義務化とする」  第二王子の婚約者である私の親友に恋をした第三王子のワガママなお願いを無効にするまでのもう一人の夫候補として思い浮かんだのは、私に思いを寄せてくれていた次期公爵。  夫候補をお願いしたことにより第一王子だけでなく次期公爵からも溺愛される事に?!  彼らを好きな令嬢やお姫様達ともひと悶着ありですが、親友と一緒に頑張ります! /「小説家になろう」で完結済みです。本作からお読みいただいてもわかるようにしておりますが、拙作の「身を引いたつもりが逆効果でした」の続編になります。 基本はヒロインが王子と次期公爵から溺愛される三角関係メインの甘めな話です。揺れるヒロインが苦手な方は、ご遠慮下さい。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

【完結】狂愛の第二皇子は兄の婚約者を所望する

七瀬菜々
恋愛
    兄の婚約者を手に入れたい第二皇子ジェレミーと、特に何も考えていない鈍感令嬢リリアンの執着と苦悩の物語。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

処理中です...