秋月の鬼

凪子

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九、

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とうとうこの日が来たか、と京次郎は冷えた心の底で思った。

「仮にも我が妹、秋月の総領姫を愚弄したのだ。命を差し出す覚悟はできているのだろうな」

「はい。しかし、その前に教えていただきたいのです」

常盤は手を突き、京次郎を見上げた。

「露姫様は、ご自分のなさったことを覚えておいでなのですか」

鋭い一撃に急所を突かれ、京次郎は言葉を失う。

「わたくしには、露姫様が鬼と化して人を殺す理由が分かりませぬ。あの方は罪の穢れなど知らぬ純粋な方に見えます」

京次郎は額を覆って嘆息した。

「その通り。日が出ている間の露子は無邪気な子供そのもの。しかし夜になれば、あの者は別人格の鬼と化す。秋月にかけられた恐ろしい呪いよ」

殺され口封じをされると分かっているにも関わらず、常盤は微塵も怯えた様子を見せなかった。

面白い娘よ、と京次郎は目を細める。

「我が母は、当主秋月政好が側室の一人、松尾実時の妹御とされている。表向きはな。だが実際は、忌むべき同族婚によって俺と露は生を享けたのだ」

このことは、城下の者はおろか家臣ですら知らない。

絶対の禁忌として秘匿されてきた。

「我が父は異母妹である雪姫に恋い焦がれ、とうとう思いを果たし、子まで成したのよ。その恐るべき妄執を考えるだに胆が冷える。絶世の美貌であった雪姫は、異母兄の偏愛をうけたばかりに生涯奥に軟禁され、ついぞ表へ出ることは叶わなかった。兄以外の男と口を利くことも、顔を見ることさえ禁じられたまま、明るい日差しの下を歩くことさえできずに命を終えられたのだ」

常盤は総毛立った。

名君と讃えられた先代当主が、そのような影を帯びていたとは。

「俺と露は、当主と側室の間の子として育てられた。だが四年前のある夜、露は突然兄上を殺した」

常盤は息を呑んだ。

「その夜、どんな目的で露が兄上の部屋に呼び出されたのかは分からぬ。だがその時、目覚めた血が兄上を殺したのだ。叫び声に家来たちが集まった時、露は血溜まりの中で笑っていたと聞く」

京次郎の目には諦念が滲んでいた。

病死とされていた秋月家嫡男の死の裏には、露姫の存在があったらしい。

「それ以来、露は夜な夜な徘徊し、城中の者を殺して回るようになった。凄まじい怪力と凶暴性を持ち、無双でならした剛の者も紙くず同然に斬って捨てられた。分けた血が鞘となるのか、俺だけが露の暴走を止めることができる。もはやこの城で、露を殺せる者は俺のみよ」

苦しげに寄せた眉を常盤は見つめた。

「罪は呪われた血にあって、露自身にあるわけではない。あれは翌日の朝を迎えると何もかもを忘れてけろりとしているし、人を殺しているという自覚すらない。しかし、これ以上あれを生かしておけば、城は乱れ、国は滅びるだろう。殺してやるほかに道はない」

「上様」

常盤は自らの胸に手を当てて、

「諦めるのはまだ早うございます。呪いなど解いてしまえば良いのです。わたくしが、露姫様を鬼から人に戻してみせます」

京次郎は苦く笑う。

「世迷言を。そなたに何ができるというのだ」

「考えがございます。通用するかは分かりませんが、試させてほしいのです。ただ一度だけ、わたくしを信じてはいただけませんか」

お願い申し上げます、と頭を下げた常盤の横に、初姫の面影が重なった。

命乞いをするには、あまりに澄み切った瞳だ。

長い沈黙が流れ、京次郎はやがて低く、

「よかろう」

上げた顔に喜色を滲ませた常盤に、

「その代わり、もし失敗すれば、その時はやはりお前を殺す。良いな」

その厳しい視線を、常盤は真っ向から受けて立った。

「承知致しました」













































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