秋月の鬼

凪子

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十、

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「また俺を殺しに来たのか。五年前と同じように」

清子は凄艶に笑った。

「五年前とは違い、今は倉橋に雇われた隠密ではございませぬ」

「大和か。……まあいい。どこの手の者であろうと、お初の仇は取らせてもらう」

羽交い締めにしようとして床に転がり、京次郎は立てかけてあった刀を抜く。

正眼に構えて清子と相対したその時、がらりと襖が開いた。

空に架かった白銀の満月を背に、辰砂色の瞳をした露姫が立っていた。

「まずい」

思いがけぬ乱入者に、京次郎の顔に焦りが滲んだ。

「露」

呼びかけに反応せず、露姫は部屋の中に踊りこむと、どこから持ち出したのか脇差を抜き、袈裟斬りに斬りかかった。

咄嗟に身を庇った京次郎の腕から鮮血が迸る。

見開いた目に喜色が宿った。

まるで幼子が玩具で遊ぶかのような振舞いなのに、露姫の動きは不可解で呼吸を読みとれなかった。

呆気に取られる清子を前に、露姫は楽しそうに苛烈な一撃を振るう。

すんでのところで飛び退った清子は、はらりと切れた髪が畳の上に落ちるのを見た。

「露、目を覚ませ!」

必死で叫ぶ京次郎の顔には絶望の色が濃かった。

今宵は満月。

露の中の呪われた血が最も騒ぐ夜である。

露姫一人でも手に余るというのに、隠密を相手にしたこの状況で、どちらかに少しでも隙を見せれば途端に斬り殺されてしまうだろう。

舞うように動き、踊るように斬りかかる露姫の顔に点々と返り血が散っている。

彼女は妖しく美しかった。まるで狂い咲きの桜のように。

清子は邪魔立てする露姫を先に始末しようとクナイを投げつけたが、露姫はそれを全て刀でたたき落とすと、凄まじい速さで跳躍した。

姿が目の前から消えたかと思うと、次の瞬間、清子は障子を突き破って倒れていた。

腹が熱い。

斬りつけられた傷が猛烈な熱を放出し、おびただしい血が溢れていた。

耐えられぬほど生臭い匂いが室内に満ちる。

突き刺す刀から身をかばった腕を抉られ、清子は思わず呻き声をあげた。

のしかる露姫が振りかぶった血刃が月光にきらめく。その瞳に映るは紛れもない狂気。

「秋月の鬼――」

清子は呟いた。
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