秋月の鬼

凪子

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十、

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無邪気な笑い声を立て、露姫がとどめを刺そうとしたその時、突然ぴくりと硬直した。

京次郎は耳をそばだてた。

「この音は」

遠くかすかに、笛の音が奏でる典雅な調べが聞こえてくる。

同時に、ふっと鼻にあえかに優しい香りが届いた。

凛と清らかに漂う、春の衣のような白梅香。

露姫の目がとろりと溶ける。

辰砂色が薄らぎ、夜のような濃紺に瞳の色が変わってゆく。

「これは一体」

茫然と佇む京次郎の耳に、その音はゆっくりと近づいてくる。

横笛を手にした人影が月光に鮮やかに冴え渡る。

見ると、姫装束の常盤が横笛を手に吹き鳴らしていた。

「お迎えに上がりました、露姫様。参りましょう」

その言葉を聞くやいなや、露姫は気を失ってばたりとそこに倒れた。

常盤は清子を見つめ、

「退いてください」

と明瞭に命じた。

深い手傷を負った清子は立ち上がる。点々と床に血の染みが滲んだ。

しばらく常盤と京次郎の様子を窺っていたが、やがて腹をかばい、足を引きずるようにして清子は退散した。



















倒れた露姫にかぶさる夥しい髪をそっとかき分けてやり、常盤はあどけない無垢な寝顔を見つめていた。

「どういうことだ」

かすれた声が京次郎の口から洩れた。

いまだかつて、露姫の暴走は自分の力以外で封じることができなかったというのに。

常盤は横笛を風に透かして見せた。

「笛など男の吹くものだろう。どこで手に入れた。いや、それより、これは一体」

混乱する表情を見据えて常盤は言った。

「これは露姫様の笛にございます。香は沈静作用のあるものを、容花様にお願いして調合していただきました。何かの足しになるかと思いましたので」

「露は笛をたしなむのか」

困惑した口ぶりで京次郎は言った。

「それは素晴らしいお手並みにございます」

常盤は言い、かすかに清麗な調べを奏でてみせる。

月影さやかに響き渡る笛の音は、高く透きとおり心を研ぎ澄ます。

しばしの間、京次郎は状況を忘れて聞き惚れた。
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