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第23話 屋上にて
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……誰も一緒に考えようとはしてくれない。
あ、いつものことだった。こんちくしお。
「じゃあ、ユウさん。昼からはどうしますか。めっきの本番をやります?」
「ちょっと待ってくれアチラ。本番のリードタイムは2時間もかからないだろ。それなら3時くらいまでに結論を出せば良いよな?」
「はい、僕はかまいませんが」
「それまでに、客先のと同じ形のブロード・ソードを使って、例の方法で金めっきまでかけておいてくれ。事前確認をしておこう。できたら見に行く」
「了解しました」
実験計画をするほどの時間はない。なにかやれたとしても、ほぼ一発勝負だ。それなら、ここはゆっくり考えたい。例の閃きが下りてくるまで。
最後の悪あがきをしようってか、無駄なことを。やかましい、のんきなじじいに言われたくねぇよ。ぐぬぐぬぐぬぐ。
短縮形でじじいとやり合ったあと、俺はナツメを一皿抱えて外にでようとした。
ここへきてから、工房の作業場と食堂、そして俺の部屋。その3箇所しか行ったことがなかったので、外を見たくなったのだ。
「あ、ユウ。ここの屋上から見える景色がなかなか良いのよ。こっちにおいでよ、案内したげる」
と言ってくれたのはミヨシだ。それならワシもついてゆくというのを蹴っ飛ばして阻止したのもミヨシだった。ほんのちょっとだが、じじいに同情した。
俺の部屋は2階にある。そこからさらに上がるための階段があり、その先は突き当たりだ。
……突き当たってどうするよ?
「ここまで来たら、その窓を開けてみて」
「ほいっ」 がらっとな。
「全開にして」
「ほいっ」 がらがらがらがら。
「で、そこから飛び降りる」
「ほい……殺す気か!!!」
「あははは、冗談よ。窓のすぐ横にハシゴがかかってるでしょ」
「あぁ、びっくりした。ああ、これか。まさか、これを上がって行くのか?」
「小さいころ、よく一緒に上がったのに覚えてない?」
「えっと、そんなこと言われましても、そのなんというか」
「煮え切らない人ね、もう」
「しょうがないだろ! 俺はまだこっちに来てから、うがちゃかうがうが記憶喪失なんだから」
「何をややこしい誤魔化し方してんのよ」
確かにハシゴだ。外壁に取り付けてあるだけの。
「えっと。安全ベルトは?」
「何を言ってるのよ、そんなものあるわけないでしょ」
「だけど、ここから落ちたらお前……、らりるれろんろん春が来るぞ?
「来ねぇよ!! いいから早く登れ!」
じじいがされたように蹴っ飛ばされた。その勢いで思わず落ちるところだった。
「やっぱり殺す気か!!」
「この程度で死ぬわけないでしょ。どんだけ臆病ものよ」
「でも、ケガぐらいはするだろうが!!」
「ケガぐらい回復魔法ですぐ治るでしょうが」
あ、そうだった。もう、異世界なんてやだ。
それでも落ちたら痛い。痛いのは怖い。俺は恐る恐る窓から出て、こわごわハシゴに取りつき、そしてビクビクしながら登って行く。どきどきはらはら。
「もう、見ててイライラする」
怖いんだから仕方ないだろ。俺のハートはストップモーションだ。こんなに怖いことは初めてよ~。
「分かった、私がすぐ後ろについて登る。それなら落ちる心配はないでしょ」
そう言って、俺のすぐ下(というかすぐ後ろ)にミヨシがぴったりくっついて登り始めた。確かに安心にはなった。
安心にはなった、よ?
だけど、違う意味でドキドキが止まらない。ああ、やや空気の抜けたドッジボールがふたつ、俺の肩甲骨とケンカしている。ハシゴの段を上るたびに俺の何かが引っかかる。あぁぁん。
「ほれ、悶えてないでさくさくと登る。次は右足を上げて乗せる。ほい次は左。ほい、次」
そんな感じでようやく屋上に着いた。ぜぇぜぇぜぇ。
「こんな程度で情けないなあ。もっと身体を鍛えなさいよ」
身体のある部分だけ、ほんのちょっと鍛えられました。
「南に見えるのが海よ。キレイでしょ」
「おぉ。思っていたよりも近いな。曇っているから遠くはよく分からないが、砂浜があるって言ってたな」
「うん、天気が良くて乾燥した日には、右側にシレタ半島、左側にはキヨシ半島がくっきり見えるわよ」
ほぉ。そんな遠くまで見えるのか……。それ、ネーミングには問題ないのかな。
「大きな河が3本流れ込んでいるのは見えるでしょ? 一番右がカンムリ川、真ん中がダイニチ川、一番左がキソ川よ。
おいっ、最後だけそのまんまになってんぞ?
「お花見もここでできるし、花火もここから皆で見るのよ。ユウは小さいときに参加しただけだったね。そのときも食べてばかりいたけど、そこは全然変わってなくて安心した」
柔らかな笑顔でそう言われて、少しドキッとした。大人ならここで肩とか抱いてやるべきなのかもしれない。
もしかすると、この子は俺……というよりユウに惚れていたのだろうか。それが俺と入れ替わってしまって、このままでいいのだろうか。何か悪いことをしている気分になる。
「俺の記憶喪失の件では、皆はなんて言ってる?」
「ああ、あの設定の話?」
「設定いうな!」
「あはは、ユウも長く暮らせば分かると思うけど、ここではね孤児が多いせいもあって、あまり他人の事情に深く踏み込まないのよ。そういうものなら、それでいいやってね」
「深く踏み込まないっていっても、俺はここの丁稚でミヨシはここの孫娘だ。不明なことをそのまま放置するなんてできるものか?」
「……やっぱりするどいのね。黙っているつもりだったけど、気がついてるなら言ったほうが良いわね」
「やっぱり、何か隠してたのか」
「隠すってほどのことじゃないけど、実は、あなたのような人、ここにでは珍しくはないのよ」
「え? なにそれ、怖い」
「多いというほどじゃないけど、どの街にはひとりやふたりは必ずいるのよ。ある日突然、人格も行動もその記憶までもが、まるで人が入れ替わったみたいになっちゃう子が」
うっ。それ、俺じゃん。ん?
「子?」
「そう、ある一定の年齢以下なのよ、それも、そうなるのは決まって人から疎外されているような子なの。ユウもそうだった」
「ああ、そういう話だったな」
「そういうのを、カミカクシって呼んでいるのよ」
俺の世界の言葉とちょっとニュアンスが違う。
「だからここへ連れてきて、ユウが自分から記憶喪失だって言ったときに、みんなこいつはカミカクシだなってすぐ分かったわよ」
「バレてたのか……」
「めっきのことも、経営のことも、あとなんだか不思議な知識も、私たちの常識の範囲を超えてたしね。それに、態度がすごい偉そうだったし」
「そういえば、俺の指示に従え、とか言ったような気もする」
「あれは、カッコ良かったよ。でも話していると、コウセイさんと同い年ぐらいにしか思えないときがあったしね」
だいたい同い年ですからね。
「私たちも別に隠していたわけじゃないんだけど、そのうち分かることだから、放っておこうって」
「そう言われると思い当たる節がいくつかある」
「自分が記憶喪失ですとかなんて面白い奴だ、当分はその設定で付き合ってやろう、って言ったのは社長よ」
「じじいめ、面白がっていやがったか」
「だから、そのことはもう気にしなくて良いわよ」
「気にするよ! でも、君たちにとっては幼なじみのユウって子が突然いなくなったことになるんだろ。そのことは良いのか?」
「そうね。だけど、それはどうしようもないことだもの。それに」
「それに?」
「元のユウだったら、この会社は救えない」
ああ、それはそうだろうな。めっきの知識だけじゃなく、実験計画法とか俺の閃きとかは、誰にも真似できるものじゃない。それについては自信がある。
「だからむしろ感謝しているぐらいなのよ」
「そうか。でもまだ、結果は出してないからなあ」
「めっきはあれで充分じゃない。明日はあれで納品するわよ」
もう決まっちゃってますけど!? 断言されてますけど!
「俺は、あれでも納得できていないのだが」
「1万円でもいいから、現金が欲しいのよ。いつも魚を分けて貰えるわけじゃないし、電気代とかガス代とか払わないといけないし」
あ、どうもすみませんでした。生活にかかる費用のことなんて考えてませんでした。その重圧を、今までミヨシはひとりで受け止めていたのか。
「まあ、いざとなったら忘れたふりして誤魔化すけど」
忘れたふりしないで!
「よし、今回は仕方ない。とりあえず、目先の1万はもらおう。その後のために、いろいろ考えるよ。せめてインフラ代くらいは支払えるようにしないとな」
「それだけじゃ、ダメよ?」
あれ?
「月に1,000万の売り上げにしてくれるんでしょ? 期待してるわよ」
しまったぁぁぁ。やっぱり盛りすぎたか。あの話、確定事項になってやがる。誰か、78,000の売り上げを1,000万にしろとか言われたことがある人、いたら手を上げて。
「と、ところで、俺の他にこちらに来た連中ってのは、この村にもいるのか?」
「ここにはもういないね。そういう人って、だいたいはすぐ冒険者のほうに行くから。そのほうが血湧き肉躍るでしょ?」
「ああ、まあそりゃそうだ。魔物を退治してレベルを上げて行くっていうのがお決まりのパターンだからな。そうやってだんだん成長してゆくのが人の興味を惹くんだろな」
「それなのにユウは、違う世界からやってきて、なんでめっきなんかをしているのかっていう」
「それを言うな!! でも俺の体力や運動能力では、冒険とか魔物と戦うとか絶対に無理だ。ここでカイゼンするのが性に合っているよ」
「カイゼン? ってなに」
「今の状態を、少しだけよくする活動のことだ」
「ふぅん。ユウはそういうのが得意だったの?」
「ああ、そういう才能には恵まれているようだ。これからもそういうことで、この工房にも村にも貢献できるだろう」
「うん、がんばってね。あと、私の包丁も忘れないで」
しっかり釘刺された。もしかして、それが一番言いたかったことじゃないだろうか。ということは? もしかして。
俺はそっと後ろを振り返る。
やっぱり、いたよ。
「分かってるよ! 刀も作るから。忘れてないから!」
ハルミはそれならいいよの、という表情を作ってハシゴを下りていった。
まったく、じじいの血もしっかり引いてやがる。血が繋がってないとかウソだろ。
「さて、じゃあ戻ろうか。なんか気分もすっきりした」
「そう、それは良かった。包丁を作ってくれたらなにかお礼するからね」
ん? お礼? か。お礼ならぜひもらいたいものがあるが。
「そのお礼についてくわしく」
「え、そんなのまだ決めてないよ。何か欲しいものであるの?」
「そのおっぱいを揉ませてぐっ」
最後まで言わせてももらえなかった。すっぱぽーーーんという快音が、俺の発言を途中で止めたのだ。ミヨシのキックである。
「そういうことは、お礼とかそういうことじゃないでしょ!!」
そう言ってさっさとハシゴを下りていった。背骨が折れたかと思った。
あ、いつものことだった。こんちくしお。
「じゃあ、ユウさん。昼からはどうしますか。めっきの本番をやります?」
「ちょっと待ってくれアチラ。本番のリードタイムは2時間もかからないだろ。それなら3時くらいまでに結論を出せば良いよな?」
「はい、僕はかまいませんが」
「それまでに、客先のと同じ形のブロード・ソードを使って、例の方法で金めっきまでかけておいてくれ。事前確認をしておこう。できたら見に行く」
「了解しました」
実験計画をするほどの時間はない。なにかやれたとしても、ほぼ一発勝負だ。それなら、ここはゆっくり考えたい。例の閃きが下りてくるまで。
最後の悪あがきをしようってか、無駄なことを。やかましい、のんきなじじいに言われたくねぇよ。ぐぬぐぬぐぬぐ。
短縮形でじじいとやり合ったあと、俺はナツメを一皿抱えて外にでようとした。
ここへきてから、工房の作業場と食堂、そして俺の部屋。その3箇所しか行ったことがなかったので、外を見たくなったのだ。
「あ、ユウ。ここの屋上から見える景色がなかなか良いのよ。こっちにおいでよ、案内したげる」
と言ってくれたのはミヨシだ。それならワシもついてゆくというのを蹴っ飛ばして阻止したのもミヨシだった。ほんのちょっとだが、じじいに同情した。
俺の部屋は2階にある。そこからさらに上がるための階段があり、その先は突き当たりだ。
……突き当たってどうするよ?
「ここまで来たら、その窓を開けてみて」
「ほいっ」 がらっとな。
「全開にして」
「ほいっ」 がらがらがらがら。
「で、そこから飛び降りる」
「ほい……殺す気か!!!」
「あははは、冗談よ。窓のすぐ横にハシゴがかかってるでしょ」
「あぁ、びっくりした。ああ、これか。まさか、これを上がって行くのか?」
「小さいころ、よく一緒に上がったのに覚えてない?」
「えっと、そんなこと言われましても、そのなんというか」
「煮え切らない人ね、もう」
「しょうがないだろ! 俺はまだこっちに来てから、うがちゃかうがうが記憶喪失なんだから」
「何をややこしい誤魔化し方してんのよ」
確かにハシゴだ。外壁に取り付けてあるだけの。
「えっと。安全ベルトは?」
「何を言ってるのよ、そんなものあるわけないでしょ」
「だけど、ここから落ちたらお前……、らりるれろんろん春が来るぞ?
「来ねぇよ!! いいから早く登れ!」
じじいがされたように蹴っ飛ばされた。その勢いで思わず落ちるところだった。
「やっぱり殺す気か!!」
「この程度で死ぬわけないでしょ。どんだけ臆病ものよ」
「でも、ケガぐらいはするだろうが!!」
「ケガぐらい回復魔法ですぐ治るでしょうが」
あ、そうだった。もう、異世界なんてやだ。
それでも落ちたら痛い。痛いのは怖い。俺は恐る恐る窓から出て、こわごわハシゴに取りつき、そしてビクビクしながら登って行く。どきどきはらはら。
「もう、見ててイライラする」
怖いんだから仕方ないだろ。俺のハートはストップモーションだ。こんなに怖いことは初めてよ~。
「分かった、私がすぐ後ろについて登る。それなら落ちる心配はないでしょ」
そう言って、俺のすぐ下(というかすぐ後ろ)にミヨシがぴったりくっついて登り始めた。確かに安心にはなった。
安心にはなった、よ?
だけど、違う意味でドキドキが止まらない。ああ、やや空気の抜けたドッジボールがふたつ、俺の肩甲骨とケンカしている。ハシゴの段を上るたびに俺の何かが引っかかる。あぁぁん。
「ほれ、悶えてないでさくさくと登る。次は右足を上げて乗せる。ほい次は左。ほい、次」
そんな感じでようやく屋上に着いた。ぜぇぜぇぜぇ。
「こんな程度で情けないなあ。もっと身体を鍛えなさいよ」
身体のある部分だけ、ほんのちょっと鍛えられました。
「南に見えるのが海よ。キレイでしょ」
「おぉ。思っていたよりも近いな。曇っているから遠くはよく分からないが、砂浜があるって言ってたな」
「うん、天気が良くて乾燥した日には、右側にシレタ半島、左側にはキヨシ半島がくっきり見えるわよ」
ほぉ。そんな遠くまで見えるのか……。それ、ネーミングには問題ないのかな。
「大きな河が3本流れ込んでいるのは見えるでしょ? 一番右がカンムリ川、真ん中がダイニチ川、一番左がキソ川よ。
おいっ、最後だけそのまんまになってんぞ?
「お花見もここでできるし、花火もここから皆で見るのよ。ユウは小さいときに参加しただけだったね。そのときも食べてばかりいたけど、そこは全然変わってなくて安心した」
柔らかな笑顔でそう言われて、少しドキッとした。大人ならここで肩とか抱いてやるべきなのかもしれない。
もしかすると、この子は俺……というよりユウに惚れていたのだろうか。それが俺と入れ替わってしまって、このままでいいのだろうか。何か悪いことをしている気分になる。
「俺の記憶喪失の件では、皆はなんて言ってる?」
「ああ、あの設定の話?」
「設定いうな!」
「あはは、ユウも長く暮らせば分かると思うけど、ここではね孤児が多いせいもあって、あまり他人の事情に深く踏み込まないのよ。そういうものなら、それでいいやってね」
「深く踏み込まないっていっても、俺はここの丁稚でミヨシはここの孫娘だ。不明なことをそのまま放置するなんてできるものか?」
「……やっぱりするどいのね。黙っているつもりだったけど、気がついてるなら言ったほうが良いわね」
「やっぱり、何か隠してたのか」
「隠すってほどのことじゃないけど、実は、あなたのような人、ここにでは珍しくはないのよ」
「え? なにそれ、怖い」
「多いというほどじゃないけど、どの街にはひとりやふたりは必ずいるのよ。ある日突然、人格も行動もその記憶までもが、まるで人が入れ替わったみたいになっちゃう子が」
うっ。それ、俺じゃん。ん?
「子?」
「そう、ある一定の年齢以下なのよ、それも、そうなるのは決まって人から疎外されているような子なの。ユウもそうだった」
「ああ、そういう話だったな」
「そういうのを、カミカクシって呼んでいるのよ」
俺の世界の言葉とちょっとニュアンスが違う。
「だからここへ連れてきて、ユウが自分から記憶喪失だって言ったときに、みんなこいつはカミカクシだなってすぐ分かったわよ」
「バレてたのか……」
「めっきのことも、経営のことも、あとなんだか不思議な知識も、私たちの常識の範囲を超えてたしね。それに、態度がすごい偉そうだったし」
「そういえば、俺の指示に従え、とか言ったような気もする」
「あれは、カッコ良かったよ。でも話していると、コウセイさんと同い年ぐらいにしか思えないときがあったしね」
だいたい同い年ですからね。
「私たちも別に隠していたわけじゃないんだけど、そのうち分かることだから、放っておこうって」
「そう言われると思い当たる節がいくつかある」
「自分が記憶喪失ですとかなんて面白い奴だ、当分はその設定で付き合ってやろう、って言ったのは社長よ」
「じじいめ、面白がっていやがったか」
「だから、そのことはもう気にしなくて良いわよ」
「気にするよ! でも、君たちにとっては幼なじみのユウって子が突然いなくなったことになるんだろ。そのことは良いのか?」
「そうね。だけど、それはどうしようもないことだもの。それに」
「それに?」
「元のユウだったら、この会社は救えない」
ああ、それはそうだろうな。めっきの知識だけじゃなく、実験計画法とか俺の閃きとかは、誰にも真似できるものじゃない。それについては自信がある。
「だからむしろ感謝しているぐらいなのよ」
「そうか。でもまだ、結果は出してないからなあ」
「めっきはあれで充分じゃない。明日はあれで納品するわよ」
もう決まっちゃってますけど!? 断言されてますけど!
「俺は、あれでも納得できていないのだが」
「1万円でもいいから、現金が欲しいのよ。いつも魚を分けて貰えるわけじゃないし、電気代とかガス代とか払わないといけないし」
あ、どうもすみませんでした。生活にかかる費用のことなんて考えてませんでした。その重圧を、今までミヨシはひとりで受け止めていたのか。
「まあ、いざとなったら忘れたふりして誤魔化すけど」
忘れたふりしないで!
「よし、今回は仕方ない。とりあえず、目先の1万はもらおう。その後のために、いろいろ考えるよ。せめてインフラ代くらいは支払えるようにしないとな」
「それだけじゃ、ダメよ?」
あれ?
「月に1,000万の売り上げにしてくれるんでしょ? 期待してるわよ」
しまったぁぁぁ。やっぱり盛りすぎたか。あの話、確定事項になってやがる。誰か、78,000の売り上げを1,000万にしろとか言われたことがある人、いたら手を上げて。
「と、ところで、俺の他にこちらに来た連中ってのは、この村にもいるのか?」
「ここにはもういないね。そういう人って、だいたいはすぐ冒険者のほうに行くから。そのほうが血湧き肉躍るでしょ?」
「ああ、まあそりゃそうだ。魔物を退治してレベルを上げて行くっていうのがお決まりのパターンだからな。そうやってだんだん成長してゆくのが人の興味を惹くんだろな」
「それなのにユウは、違う世界からやってきて、なんでめっきなんかをしているのかっていう」
「それを言うな!! でも俺の体力や運動能力では、冒険とか魔物と戦うとか絶対に無理だ。ここでカイゼンするのが性に合っているよ」
「カイゼン? ってなに」
「今の状態を、少しだけよくする活動のことだ」
「ふぅん。ユウはそういうのが得意だったの?」
「ああ、そういう才能には恵まれているようだ。これからもそういうことで、この工房にも村にも貢献できるだろう」
「うん、がんばってね。あと、私の包丁も忘れないで」
しっかり釘刺された。もしかして、それが一番言いたかったことじゃないだろうか。ということは? もしかして。
俺はそっと後ろを振り返る。
やっぱり、いたよ。
「分かってるよ! 刀も作るから。忘れてないから!」
ハルミはそれならいいよの、という表情を作ってハシゴを下りていった。
まったく、じじいの血もしっかり引いてやがる。血が繋がってないとかウソだろ。
「さて、じゃあ戻ろうか。なんか気分もすっきりした」
「そう、それは良かった。包丁を作ってくれたらなにかお礼するからね」
ん? お礼? か。お礼ならぜひもらいたいものがあるが。
「そのお礼についてくわしく」
「え、そんなのまだ決めてないよ。何か欲しいものであるの?」
「そのおっぱいを揉ませてぐっ」
最後まで言わせてももらえなかった。すっぱぽーーーんという快音が、俺の発言を途中で止めたのだ。ミヨシのキックである。
「そういうことは、お礼とかそういうことじゃないでしょ!!」
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