異世界でカイゼン

soue kitakaze

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第52話 内部応力

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「ユウさん、すみませんダメでした」

 ゼンシンが泣きそうな顔でそう言ってきた。なんだ、どうした。うまくいかなかったのか。しゃくしゃく。まあ、それは仕方ないわなしゃくしゃく。

「ゼンシンが必死な顔をしているのに、なんでお主はナツメを食べながらそんな適当な返事をしてるノだ」

「試作品の一発目からうまくいくとは思ってないよ。で、どうなった?」
「刀は3本作ったんです。そしてユウさんに言われた通り、焼き入れという工程をやってみました。そしたら途端にパキンと」

「焼き入れで割れたのか?」
「1本は縦に裂けるように割れて、1本は刃のあちこちがポロポロ欠けました」

「焼き入れの仕方が悪かったとすれば、それを教えたやつノ責任だ」
「やかましいよ。俺だって詳しいわけじゃないんだ。その割れたやつを見せてくれ」

 裂けた断面を拡大鏡で観察してみる。

 断面を見る限りでは……よく分からない。素人が見て分かるような欠陥は見当たらない。鉄もくっついているし、異物などによる欠損もない。となれば、焼き入れ時のサーマルショックで割れたということだろう。

「うん、ダメだな。わはははは」

 タケウチ工房の伝統にすっかり染まっている俺である。

「やっと、やっとここまで来たのに、僕はいったいどうしたら……」

 伝統に染まっていないやつがいた。

「とはいってもダメなものはダメだ。そうだ、もう1本は?」
「ああ、あれは見せても仕方ないと思って、置いてきましたが」

「そんな酷いことになってるのか?」
「こいつのように割れたのは断面の観察などできると思って持ってきましたが、あれはどうにもならないと……」

「なんだか煮え切らないな。ともかく焼き入れで割れるということが分かっただけでもよしとしよう。複数の鉄を合わせているから、熱膨張係数だって違う。割れるのが普通かもしれん。それなら割れない工夫をしよう。で、もう1本は?」
「……はい、じゃあ持ってきます。見るところはほとんどありませんが」

 見るところがない? そのぐらいバリバリ割れたということなのかな、しゃくしゃく。

「お主のその態度は、職人に失礼ではないノかさくさくさく」

 お前も食いながら言うんじゃねぇよ。

 そしてゼンシンが、最後の1本を持って食道に入ってきたとき、俺はそれまで座っていた椅子をひっくり返さんばかりに勢いよく立ち上がった。そして、その刀をひったくるように取り上げた。

「これ、です、ああっ、そんな乱暴に扱うと手が切れますよ! 刃は入れてあるんですから!」

 ゼンシンの警告など耳に入らなかった。

「ゼンシン。俺はいま、猛烈に感動している」
「ネタが古いノだ」

 そんなちゃちゃも耳に入らなかった。これは、本当のニホン刀ではないか。

 青みのかかった深い銀白色の輝き。そして刃先から中央にかけてできた美しい波紋。そして、ニホン刀の特徴でもあるこの……。

「ゼンシン」
「は、はい」
「どうやって焼き入れをした? さっきのを見る限り、同じようにやったのならこんな風にならないだろ?」

「は、はい。そ、それは」
「やっぱりなにかやったな? 怒らないから言ってみろ」

「ユウさんは誤魔化せませんね。じつは最初のふたつがが続けて割れてしまったので、こいつにはちょっとだけ工夫したんです。それで見せずらかったんです」
「何もかも俺の言ったおりにやる必要はないぞ。そこは現場の判断でかまわない。ところで、どんな風に工夫した?」

「以前、俺の言う通りにやれ! とか怒鳴ってなかったノか?」
「そんなこと、覚えちゃいねぇな」

「加熱した鉄と、水との温度差が大きすぎるのが割れる原因と考えたんです」
「ふむふむ。そうだな」
「それで、刀に泥を塗ってみました」

 はい?

「あ、灰も混ぜました」

 いや、そういう意味じゃなく。

「でも、普通の泥ではなかなか刀にくっついてくれなくて、どうしようかと思っていたら、すぐそこに陶器用の粘土があったんです」

 そういえばこの土地は、陶器に使える土もとれるって言ってたな。在庫でもあったのか。気づかなかった。

「でも、泥と粘土では今度は硬すぎて均一に塗れませんし、密着が弱かったんです。加熱しているうちに土が落ちてしまうと意味がないので、焼却灰とかそこいらの粉末ぽいのをいろいろと混ぜてネトネトになるように調整しました」

 なにを混ぜたんだ、なにを。

「それで焼き入れをしてみたんですけど、それがこんな風に」

「オウミは分かるか?」
「分かるのだ。これは、間違いなくいままでこの世界にはなかった刀なのだ。我にも、我にも、こういうのを作るノだ。この美しい曲線と美しい金めっきをつけた刀を作るノだ」

 わめくオウミを手であっち行けと押しのけて、

「ゼンシン。お前は気づいていないようだが、これがニホン刀の本来の姿だ」
「えええっ!!? そうなんですか。こんなに曲がった刀で良いのですか?」

 ここからはちょっと長い技術的なお話になるけれど、お付き合いいただきましょう。

「ゼンシン、例えばここに1本の細い枝がある」
「はい。どうしたんですか、いきなり」
「その両端を俺が両手で持つとする」
「はい……?」

「1本だと手で折れるが3本重ねると折れないノだ」
「ちっげぇよ! だれがそんな戦国武将列伝な話をするか」

「これの枝をゼンシンに切れと言ったらどうする?」
「ナイフでスパッと切りますが」
「俺はまっすぐ持っていていいか?」
「あ、そうですね。枝を上に反るようにして持ってもらえると切りやすくなります」

「そのとおーーり!!!」

「どこかのピアノ買い取り業者なノか?」
「電話してちょうだ、やかましいよ」

「だが、それはどうしてだ?」
「え? どうしてって言われても、そのほうが切りやすいからですが」

「聞き方を変えよう。どうして切りやすいと思った?」
「そ、そ、それは。……もしかして、この反った刀と関係ある話なのですか?!」
「そう思ってもらっていい。さぁ、どうしてか考えてみろ」

「上に曲げると切りやすくなるのは、どうしてか、ですよね」
「そう、考えて欲しいのはその理屈だ。下に曲げろとは言わないだろ? どうして上だ?」

「そうですね。下に曲げると切りにくいってなんとなく思ってました。あ、それは切った枝が刃物の邪魔をするからです!」

 ああ、そっちにいっちゃったか。ヒントの出し方を間違えた。

「それは正しい。だけど、それだけか?」
「それだけ、じゃないんですよね」

 ぼそぼそぼそ。ゼンシンのいつものひとり言を言う癖だ。考えているのだろう。もう少し待ってみよう。

「そんなもの我の魔法なら一網打尽なノだ」
「ただの小枝を一網打尽にしてどうするよ。お前は黙ってろ」

「中央が上に反ると? 木がしなるから……どうなる? 曲げた力はどこへ行く? 中央に集まるか。 あっ、そうか。力が中央に集まるんだ! そうですよね。ユウさん」

「まあ、だいたい正解だ。そういうのを内部応力って言うんだ」
「内部応力?」
「内部に発生した力のことだ。枝を中央が上になるように反らせると、その上面には引っ張る力が発生する。それは分かるか?」

「は、はい、そうですね」
「ピンと引っ張られた状態というのは緊張していると言い替えてもいい。緊張した部分に刃を当てると、それだけで簡単に切れるんだよ。多くの人はそれを経験で知っているから、無意識のうちにそういう行動をとるんだ。さっきゼンシンが上に曲げてくれと言ったようにな」

「そういうことですか。それはよく分かりました。しかしですね、それならこの刀、弱くなる方向に反っていることになりますね」
「いいや、ならない」
「あれぇ? なんかもう分からなくなってきた」

「ふっふっふ。我なんかとっくの昔からわけが分からないノだ」

 お前は黙ってろっての。

「よく考えてみよう。この枝を上に反らせるということは、中央部を下から上に押し上げていることと同じだ。そうだよな?」
「はい、その通りです。だから上側は引っ張られているのですよね?」

「そこまでは正しい。ではこの刀はどうだ? 引っ張る力が働いているのは、どちら側だ? 刃のある方かない方か?」
「え? こう反っているのだから、刃のある方が引っ張られているのでは? 木の枝と同じですよね?」

「そうだろうか? この刀は最初はまっすぐだった。だけど、焼き入れをしたら内部応力が解放されてこのように反った」
「発生したのじゃなくて、解放されたのですか?」

「そう、解放されたんだ。発生させるような力は誰もかけていないだろ?」
「あ、そうか。そうですね。かけてないのなら、もともと力が――内部応力ですね――あったということしかないわけです」

「そうだ。では、刀をこの方向に反らせるには、応力はどのように働かないといけない?」
「えっと。え? どっちって? どっちだろ」

「木の枝の場合は外から力を加えたことで、上面に応力がかかった。だけど、この刀の場合はそうじゃないよな?」

「はい、もともと内部にあった応力が、焼き入れによって解放された……あ、そうか。逆か! 逆なんですね!」 

「分かったようだな。刀の峰と刃先では厚みが違う。それが冷却すると、峰の側はたくさん収縮するが刃の側はそれほど収縮しない。そのために加工した段階では峰の側に反っている……つまり引っ張っていることになる。
 だが鉄は固いので反らずにまっすぐのままだ。その力が内部応力として刀の中に残っているんだ。その応力を焼き入れで解放させたことでこのように刀は曲がる。だが曲げたことによって、新たに応力を発生させてしまうんだ。それを残留応力と言う。残留応力は刀をこんな風に曲げた応力とは逆の方向に働いている。だから引っ張っているのは上、つまり峰の側なんだよ」

「応力がまだ残っている……というか新たに発生させてしまったのですね、逆の方向に。ということは、刃のある側は押されているため、本来の鋼よりも強くなっているということですか」

「そのとおーーり!!!」

「みんなまーるくタケウチピアノだ」
「タケウチでピアノは作ってねぇよ」

「「ほぉぉぉぉ。そいうことなのか」」

 あぁ、びっくりした。今度はミヨシだけじゃなくハルミも一緒か。お前ら忍者の血を引いてんのかよ。

「聞いてたのか。じゃあ、お前らにもこの理屈は理解できたな」
「「ぜんぜん」」

 (o_ _)oコケ ←俺

「分かってないのに、そういうことか、とか言うな」
「分かったのは、焼き入れによって刀が反ってますます強くなるってことだけだ。私にはそれだけでいい。これ、私が使っていいんだよな。さっそくこれで鉄を斬ってみようではないか」

 待てこら! 焦るなハルミ。もう、どうしてお前らはそろいもそろって刃物を見ると見境がなくなるんだよ。これだってまぐれでできたたった1本なんだぞ。それを失ったら。

「ユウさん、いいではないですか。また作りますよ。僕もこの間のリベンジをしたいです。ただ切るのは鉄ではなくて、この間の丸太でいいですよね?」

「うむ。そうだな。この間砕け散った剣のリベンジか、いいではないか、受けて立とう」

 受けて立つのはお前じゃないだろ。

 そんな空回りっぽい流れで、丸太切り試験を行うこととなった。

 結果は見事にまっぷたつに切れた丸太がすべてを物語っていた。今度は折れてはいない。切れたのである。

「素晴らしい切り口ですね。まるで鋭利なナイフで草の茎を切った跡のようです」
「ほんと、すごい切り口ね。オウミヨシで切った大根の断面みたい」

 表現の仕方には個性があるが、思うところは皆同じである。この刀は斬れる。恐ろしく斬れる。おそらく鉄でも斬れるだろう。

「刀はどうだ? クラックとか欠けとか発生してないか?」
「見た限りでは大丈夫そうです。刃こぼれも見られません。あれ? ちょっと角度がおかしい。曲がったかな?」
「どれどれ。俺は最初の状態をよく覚えてないんだが、これで曲がっているのか」

「ええ。もっとキレイな曲線を描いていました。この中央辺りから少し角度が変です」
「そうか。強度が少し足りないということか」
「そうですね。これでは鉄は斬れそうにありません」
「ということは、外側に使ったステンレスの強化が必要か?」
「そう思います」

「あのー、私が見事に切った場面の描写はないの? すごかったでしょ? キレイだったでしょ? 練習したんだもん、毎日毎日木刀で片刃の剣をイメージして。すっごい練習したんだから。走り込みもしたし、筋トレもした。もう去年みたいなのは絶対にいやだから、すっごい練習したのよ。まるまる1話かけてその描写をしてもいいぐらいだと思うの」

 ハルミうぜぇ。

 そんなわけで、刀の試作品1号が完成したのであった。

「あれだけ言ってもスルーなの?!」
「お前はこれを毎日1,000回は振れ。いまはレイピアのように片手で振ったが、これは本来両手で振る刀だ。それに重い。その練習が必要だろう。片手のレイピアとではずいぶん使い勝手が違うぞ。それに慣れてもらわないといけない」

「わ、分かった。これで毎日素振りの練習をする」
「素振りの練習をしてどうする。素振りが練習だっての」
「あ、そうか。でも、枝くらいなら切ってもいいだろ? 素振りだけではつまらん」

「小枝ぐらいならいいだろう。あまり太いのを切るなよ。これはすでに曲がっているんだから、そんなに強度がないはずだ。そのうちに本番で使うものができるだろうからそれを楽しみにしてくれ。あと、これは自分で研ぐのは禁止な。鈍ったらゼンシンにやってもらえ」

「いつでも持ってきてください、ハルミさん」
「うん、そうか。頼む」

「ハルミの馬鹿力でこの刀なら丸太ぐらいは斬れて当然だが、本番には鉄を斬ってもらうからな」
「本番って剣技大会でか? 鉄を斬る? 私が?」

「馬鹿力、はスルーしてよいノか」
「しー、黙ってろって」

「ああ、本番では鉄の丸棒を立てて、それを斬ってもらおうと思っている。宣伝効果抜群だろ?」
「私が、鉄を斬るのか。皆の前で」

 なにその恍惚の表情。俺は変なスイッチを入れちゃったか?

「よ、よし、気合いが入った。毎日2,000回はこれを振る」

 そういうスイッチならまあいいか。

「ゼンシンは、このやり方をもっと改良して、もっと強度ある刀に仕上げてくれ。切れ味は充分だと思う、あとは強度だけだ」
「もちろんです! しかもこれはたまたまできただけです。改良の余地がまだまだたくさんあります。しかし、問題がひとつだけ」
「なんだ?」

「この銑鉄を作るためには、どうしてもオウミ様のご協力が」
「まかせるのだ。あんなもんぐらい、いつでもやってやるノだ」

「アチラでもできるんじゃないのかな?」
「いや、やつではまだ無理だと思うノだ」
「そうなのか? 初級魔法だろ?」

「初級で覚えられるというだけで、覚醒させる能力の度合いには我とアチラでは天と地ほど違うノだ」

 あらら、また威張ってる。

「アチラの魔法ではあの高温は耐えられないノだ。せめて中級にならないと、魔法は届きもしないし、材料すべてに魔法による改変を行うことも難しいノだ」

 そういうものなのか。魔法の世界もいろいろあるんだな。じゃあ、これはオウミに頑張ってもらおう。

「ゼンシンは、いつでも我を呼んで良いぞ」
「ありがとうございます。きっと良い剣を作ります」
「うむ、その代わり、その次は我のを作るノだぞ?」

「我の? オウミ様の刀ですか?」
「そうなノだ。ゼンシンが作るノだ」
「分かりました。ハルミさんの刀ができたら、その次にオウミ様のですね。予約を承りました」

 ふむ。これで俺の仕事は終わった。続きの作業は、ゼンシンとオウミにかませて。

 さてと、寝るか。

「なんか、最後に釈然としないものが残るのは、いつもお主なノだよなぁ」

 知らんがな。



ちなみに、
 刀にかかる力 ÷ 断面積 = 応力 である。

 一般的に、圧縮の応力は強度を向上させ、引張の応力は強度を低下させる。
 ニホン刀は刃のある側に圧縮の応力をかけることで、強靱さを上げているのである。日本の刀工さんたちって、パネェッす。
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