異世界でカイゼン

soue kitakaze

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第75話 計算……だと?

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「な、なん、なんじゃこりゃぁぁぁ」
「臭っ」
「うわぁ、臭っ」
「に、逃げろぉぉ」

 どだだだだだだっ。

 工房内にいたほぼ全員が新鮮な外気を求めてかけだした音である。もちろん、俺などは真っ先に飛び出し、一番最後に外に着いた。

「情けないノだ」
「やかまぜぇぜぇぜぇぇぇぇ、はぁぁぁふううふふふうふふうしい」

 まるで避難訓練である。

「な、なんだったんだ、あのすごい臭いは」
「生臭かったのだヨ。鼻が曲がりそうヨ」
「どうするとあんな臭いがでるのよ」
「体調不良になるレベルで臭かったぞ」

 みんなが臭がっていて草。

「うまいこと言ったつもりなのかヨ」

「なんなんだ、あの身体を蝕むような臭いは」
「青臭いというべきなノだ。誰なノだ、あんな臭いを出したやつは」
「ミヨシだ」

 いやソウ、それは正しいけれども。間違ってはいないけれども。

「ソウ、ひどいことを言うな! あれはユウの臭いだ」

 お前のほうがひでぇよ、ハルミ!!

 ただし、それも間違っているとは言えない。元をたどれば、原因はあのカカオの実だ。ミヨシはそれを炒めたに過ぎない。そしたら、こんな臭いが……あ、ミヨシ?

「うぅぅぅう。ダメだユウ。私にはもう我慢できない。アレは無理だ、もう止めよう、ううぅぅぅ」

 泣くな、ミヨシ。止まない雨はないのだ。明るい未来がきっと君を待っている。

「なんの話よ。もういや、あぁぁもう、身体中が臭い。もうあんなこと嫌だ、二度とやらない」

 ミヨシさん激おこ。ちょっと待って、あなた以外に誰があんなことできるのかと。

「ユウ。お前が元凶か!」
「あ、じじい。いや、それは、そう、その通りなんだが」
「なんだったんだ、あのすさまじい臭いは。誰も工房に入れんじゃないか。なにをしてたんだ?」
「いや、新しいお菓子の開発をだな。それでイズナとやらの進軍を止めようかと」

 そんなことお前が考えることじゃねぇぇ! と一蹴された。俺が食べたかっただけなんて、言える空気じゃなかった。かくして、ちょこれいと作り大作戦はとん挫するのである。


「ところで、ユウさん、お願いがあるのですが」

 一生懸命に換気をして燃やしかけた実を処分して、どうにかこうにか入れるようになった食堂でのことである。

「どうした、アチラ?」
「あの、これを見てもらえませんか?」

 ふむ。ああ、これはもうすでに記憶の片隅にしか残っていないが、ここへきて最初にやった実験計画法の割り付け表ではないか。あれ? なんかデータがあのときと違うな。それに、なんで何枚もあるんだろ?

「これ、どうしたんだ?」
「ユウさんの作ったあの表を見て、僕とコウセイさんで考えた実験をやってみたんです」
「え?」

「理屈はさっぱり分かりませんけど、因子と水準を決めて、この表の通りに割り付け? すればいいんですよね?」
「あ、ああ、そうだ。その認識であってる。それをやったのか?」

「はい、そうです。金めっき条件とか前処理とかニッケルめっきもいろいろな条件を試しています。で、その結果というかデータがそれなんですが」

 ほほぉ。あのとき俺が渡した直交表の割り付けを、そのまま使って新しい実験をやったと、そういうことらしい。たいした説明もしていないのに、なんて応用力の高いやつだ。
 
 それより、この方式の有効性に気がついたことが素晴らしい。村長がアチラは天才だと言っていたのは、魔法だけでなくこういことも含めてのことかもしれないな。

 改めて俺はそのL8直交表を見る。本来直交表にはL4とかL27とかいろいろなバリエーションがある。
 だが、さすがにそこまでは分からなかったようだ。この試験はすべて前回と同じL8で作られていた。

 ちょっと待てよ?

「アチラ。これを俺にわざわざ見せたということは?」
「はい、お察しの通りです。僕たちには計算はできませんので、ユウさんにお願いしようかと」

 ごらぁぁぁぁぁ。そんなもん、そんなもん、そんな面倒なもん、やってられるかぁぁぁ。

 ここにある試験だけでも5種類もあるじゃねぇか。前回だって計算するだけで1日がかりだったんだぞ。それを5つもやれってか。俺に死ねというのか。

「大げさなやつなノだ」
「お主にしかできない計算なのだヨ?」
「あの、今はやることなくて暇って聞いたんですけど?」

「そうだそうだ。暇なノだ。ちょこれいと作りがなくなってユウは暇なノだ」
「暇にさせとくとなにをしでかすか分からんからな、ちょうど良いではないかヨ」

「よし、分かった」
「やってもらえますか?!」

「アチラ、お前に計算の仕方を教えてやる。だから覚えろ」
「え? あの、だけど僕。1桁の足し算がかろうじてできるぐらいですけど、それでできますか? 引き算はちょっと難しいです」

 ぐうっっ。ま、まさかそこまでひどいとは。ソロバンのできたユウって少年が異常だったのか? 
 7桁の暗算までできなくても、そこそこの計算力ぐらいは、みんな身につけているのかと思ってたぞ。あ、そうだ。

「オウミはどうだ? 長く生きてるんだから、計算ぐらいできるようになってるよな?」
「わ、わ、我は、その、ような、そのような、複雑怪奇なものには手を出していけないと子孫代々決まっているノだ」
「お主は言葉を知らないのだヨ。それは子々孫々と言うのだ」

「先祖代々だよ!! どっちもニホン語さえボロボロじゃねぇか。オウミはダメか。ミノウは?」

「すやすやすやぐぅぅぅぅヨ」
「寝たふりしないように」

 ダメだ、こいつらは役に立たない。

 そのあと、その場にいた社員を一通り確認してみたが、加減乗除が一応できるレベルなのが、じじいとミヨシのみであった。

「私はいつも家計簿つけてるからね」

 家計簿って足し算と引き算だけでできることだよね。

「ワシも決算書の作成という大事な仕事があるからな」

 A5の紙1枚に3行ぐらいしか書かれていない決算書だけどな。それもミヨシの家計簿を丸写しにしただけじゃないのか?

 こんな連中に、差の検定や分散分析を? 問題外である。

 ……俺がやるしかないのか……。ないのかぁ。ないのか? 魔法でちょろっとやれたりしない?

「「無理なノだヨ」」

 ああ、嫌だ嫌だ。

「前回と同じようにするだけなノだ? なんで嫌なノだ?」
「前回は俺が試験を組んだ。自分の試験なのだから、計算で苦労するのも止むなしだったんだ。だがこれはアチラとコウセイさんが勝手にやった試験だろ? 他人のやったやつの尻拭いなんかモチベーションが上がらない」

「なんか勝手なこと言っているノだ」
「暇なんだから、やればいいのだヨ。もう、イズナなことは忘れてもいいのだヨ」

「そうそう、あんなのミノウが謝りに行けばすぎゅあぎょぎょぎょぎょ」
「オウミ、それ以上しゃべってはいけないヨ?」
「わぎゃっぎゃだノだ。手をはなぎゃじゅじょじょノだ」

 そこにやってきたのが、ヤッサンとゼンシンだった。彼らのいつもいる窯の部屋は、外部に近い場所にあるのと温度が高いのとで、食堂の臭いは届かなかったようだ。

「あ、そうだ。ゼンシンがいるじゃないか。お前ってどのくらいの計算が」
「ユウ、俺たちこんな試験をやってみたんだが、例の計算をしてくれないか」

 あんたらもかーーい!!!

ああ、誰か。こっちの世界にエクセルがインストールされたパソコンを持ってきてください(切実)
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