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第3話「嵐の夜の来客」
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小さな同居人が増えてから、私の生活はさらに賑やかになった。
助けた精霊獣の彼は、どうやら「ポポ」という名前がしっくりくるような気がして、勝手にそう呼んでいる。ポポは私の店を自分の縄張りだと認識したのか、森には帰らず、カウンターの隅に置いた籠ベッドで丸くなっていることが多かった。
店と言っても、まだ看板を出しただけの「準備中」の状態だ。
私がポーションを作ったり、乾燥させたハーブを袋詰めしたりしていると、ポポは興味津々で肩に乗ってきたり、器用に前足で木の実を転がしたりして遊んでいる。
そんな穏やかな日々が続いたある日のこと。
季節外れの激しい嵐が、ナギの村を襲った。
昼過ぎから雲行きが怪しくなり、夕方にはバケツをひっくり返したような土砂降りになった。
窓の外は白い雨のカーテンで何も見えない。
風が唸り声を上げて壁を叩き、古い家がきしむ音が絶え間なく響いている。
「すごい雨ね、ポポ」
私はランプの芯を少し上げて、部屋を明るくした。
ポポは雷の音に怯えているのか、私の足元にぴったりとくっついて離れない。
こんな夜は、温かいハーブティーでも飲んで早めに休むに限る。
カモミールとレモンバームをブレンドしたお茶の湯気が、部屋の中に安らぎの香りを広げていく。
その時だった。
ドンッ。
風の音とは違う、重く鈍い音が玄関の方から聞こえた。
心臓がドクンと跳ねる。
何かがぶつかったような音。あるいは、誰かが倒れ込んだような音。
こんな嵐の夜に、まさか客なんて来るはずがない。
風で折れた枝が当たっただけかもしれない。
けれど、しばらくすると、今度は微かに扉をひっかくような音が聞こえてきた。
ガリ、ガリ……と、力のない音。
「……誰か、いるの?」
私は意を決して、ランプを片手に玄関へと向かった。
ポポも不安そうに私の肩に乗って、小さな爪を立てている。
扉の前に立つ。
外からは激しい雨音。そして、その隙間から聞こえる、苦しげな荒い息遣い。
間違いない。誰かが、そこにいる。
私は深呼吸をして、重たいかんぬきを外した。
ノブを回して、扉を少しだけ開ける。
途端に、冷たい風と雨が吹き込んできて、ランプの火が揺れた。
その薄暗い明かりの中に、巨大な黒い影がうずくまっていた。
「っ……!」
息をのむ。
それは、全身を黒い鎧に包んだ男だった。
兜はなく、濡れそぼった黒髪が顔に張り付いている。
体格は立派な大男だが、今はまるで糸が切れた人形のように、ドア枠にもたれかかって崩れ落ちていた。
そして何より異様だったのは、彼から漂う気配だ。
雨の匂いに混じって、濃厚な鉄錆のような血の臭い。
さらに、彼の体の周りには、夜の闇よりもなお暗い、黒い霧のようなものがまとわりついていた。
「おい……だれか……」
男がうめくように声を絞り出す。
低く、地を這うような声。
顔を上げた瞬間、ランプの光が彼の瞳を照らした。
鋭い猛禽類のような眼光。けれどその瞳孔は開ききっていて、焦点が合っていない。
顔色は蝋のように白く、口元からは鮮血が滴っていた。
怖い。
本能がそう警鐘を鳴らした。
普通の怪我人ではない。関わってはいけない類の、危険な存在だ。
ポポが「キュウッ」と怯えて、私の髪の中に潜り込む。
でも。
彼が私の足元に伸ばした手――泥と血にまみれたその手が、震えていたのを私は見てしまった。
助けてくれ、とも言わず、ただ無意識に生にしがみつこうとするような、切実な手のひら。
その瞬間、私の中で「元聖女」としてのスイッチが、パチンと入った。
怖いとか、怪しいとか、そんなことは後回しだ。
目の前に、死にかけている命がある。
それだけで、私が動く理由は十分だった。
「しっかりして! 今、中に入れるから!」
私はランプを床に置くと、ずっしりと重い男の腕を自分の肩に回した。
冷たい。まるで氷のような体温。
鎧の重さが肩に食い込む。
一人で抱えるには無謀な重さだったけれど、私は歯を食いしばって、全身の力を振り絞った。
「よい……しょっ!」
男の体を引きずるようにして、何とか玄関の内側へと運び込む。
床に寝かせると、男はもう意識を手放したのか、ぐったりとして動かなくなった。
床板に、彼から流れ出た赤黒い液体が広がっていく。
雨水じゃない。これは、呪いの澱を含んだ血だ。
私は急いで扉を閉め、鍵をかけた。
嵐の音が一瞬遠のき、部屋の中には男の苦しげな呼吸音だけが満ちた。
これが、私と彼――ゼフィルとの、最悪で、そして運命的な出会いだった。
助けた精霊獣の彼は、どうやら「ポポ」という名前がしっくりくるような気がして、勝手にそう呼んでいる。ポポは私の店を自分の縄張りだと認識したのか、森には帰らず、カウンターの隅に置いた籠ベッドで丸くなっていることが多かった。
店と言っても、まだ看板を出しただけの「準備中」の状態だ。
私がポーションを作ったり、乾燥させたハーブを袋詰めしたりしていると、ポポは興味津々で肩に乗ってきたり、器用に前足で木の実を転がしたりして遊んでいる。
そんな穏やかな日々が続いたある日のこと。
季節外れの激しい嵐が、ナギの村を襲った。
昼過ぎから雲行きが怪しくなり、夕方にはバケツをひっくり返したような土砂降りになった。
窓の外は白い雨のカーテンで何も見えない。
風が唸り声を上げて壁を叩き、古い家がきしむ音が絶え間なく響いている。
「すごい雨ね、ポポ」
私はランプの芯を少し上げて、部屋を明るくした。
ポポは雷の音に怯えているのか、私の足元にぴったりとくっついて離れない。
こんな夜は、温かいハーブティーでも飲んで早めに休むに限る。
カモミールとレモンバームをブレンドしたお茶の湯気が、部屋の中に安らぎの香りを広げていく。
その時だった。
ドンッ。
風の音とは違う、重く鈍い音が玄関の方から聞こえた。
心臓がドクンと跳ねる。
何かがぶつかったような音。あるいは、誰かが倒れ込んだような音。
こんな嵐の夜に、まさか客なんて来るはずがない。
風で折れた枝が当たっただけかもしれない。
けれど、しばらくすると、今度は微かに扉をひっかくような音が聞こえてきた。
ガリ、ガリ……と、力のない音。
「……誰か、いるの?」
私は意を決して、ランプを片手に玄関へと向かった。
ポポも不安そうに私の肩に乗って、小さな爪を立てている。
扉の前に立つ。
外からは激しい雨音。そして、その隙間から聞こえる、苦しげな荒い息遣い。
間違いない。誰かが、そこにいる。
私は深呼吸をして、重たいかんぬきを外した。
ノブを回して、扉を少しだけ開ける。
途端に、冷たい風と雨が吹き込んできて、ランプの火が揺れた。
その薄暗い明かりの中に、巨大な黒い影がうずくまっていた。
「っ……!」
息をのむ。
それは、全身を黒い鎧に包んだ男だった。
兜はなく、濡れそぼった黒髪が顔に張り付いている。
体格は立派な大男だが、今はまるで糸が切れた人形のように、ドア枠にもたれかかって崩れ落ちていた。
そして何より異様だったのは、彼から漂う気配だ。
雨の匂いに混じって、濃厚な鉄錆のような血の臭い。
さらに、彼の体の周りには、夜の闇よりもなお暗い、黒い霧のようなものがまとわりついていた。
「おい……だれか……」
男がうめくように声を絞り出す。
低く、地を這うような声。
顔を上げた瞬間、ランプの光が彼の瞳を照らした。
鋭い猛禽類のような眼光。けれどその瞳孔は開ききっていて、焦点が合っていない。
顔色は蝋のように白く、口元からは鮮血が滴っていた。
怖い。
本能がそう警鐘を鳴らした。
普通の怪我人ではない。関わってはいけない類の、危険な存在だ。
ポポが「キュウッ」と怯えて、私の髪の中に潜り込む。
でも。
彼が私の足元に伸ばした手――泥と血にまみれたその手が、震えていたのを私は見てしまった。
助けてくれ、とも言わず、ただ無意識に生にしがみつこうとするような、切実な手のひら。
その瞬間、私の中で「元聖女」としてのスイッチが、パチンと入った。
怖いとか、怪しいとか、そんなことは後回しだ。
目の前に、死にかけている命がある。
それだけで、私が動く理由は十分だった。
「しっかりして! 今、中に入れるから!」
私はランプを床に置くと、ずっしりと重い男の腕を自分の肩に回した。
冷たい。まるで氷のような体温。
鎧の重さが肩に食い込む。
一人で抱えるには無謀な重さだったけれど、私は歯を食いしばって、全身の力を振り絞った。
「よい……しょっ!」
男の体を引きずるようにして、何とか玄関の内側へと運び込む。
床に寝かせると、男はもう意識を手放したのか、ぐったりとして動かなくなった。
床板に、彼から流れ出た赤黒い液体が広がっていく。
雨水じゃない。これは、呪いの澱を含んだ血だ。
私は急いで扉を閉め、鍵をかけた。
嵐の音が一瞬遠のき、部屋の中には男の苦しげな呼吸音だけが満ちた。
これが、私と彼――ゼフィルとの、最悪で、そして運命的な出会いだった。
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