追放聖女の薬草店~光らない無能と言われた私の治癒力は、最強騎士団長の呪いにだけ効くようです。辺境で始める溺愛スローライフ~

黒崎隼人

文字の大きさ
9 / 14

第8話「予兆は、風に乗って」

しおりを挟む
 それからの日々は、まさに夢のような時間だった。

 朝は焼きたてのパンとハーブティーの香りで目覚め、昼は店の手伝いや森での採取、夜は暖炉の前で静かに語り合う。

 ゼフィルの呪いは、エリナの毎晩の治療のおかげで、驚くほど安定していた。黒い痣は少しずつ薄くなり、発作が起きることもなくなった。

 村人たちも、すっかりゼフィルに馴染んでいた。

 最初は怖がっていた子供たちも、今では「ゼフィルお兄ちゃん!」と彼の足にしがみついてくる。ゼフィルは困った顔をしながらも、決して彼らを振り払ったりはしなかった。高い高いをしてやったり、木彫りの小さなおもちゃを作ってやったりと、意外な面倒見の良さを発揮している。

 だが、幸せな時間は、いつだって脆いものだ。

 不穏な風は、王都の方角から吹いてきた。

 ある日の午後。

 行商人が店にやってきて、世間話のついでに気になる情報を落としていった。

「いやあ、王都のほうじゃ大変らしいですよ。新しい聖女様が、まったく使い物にならないって噂でね」

 エリナの手が止まる。

 行商人は気付かずに続ける。

「前の聖女様を追い出したバチが当たったんだ、なんて言う人もいますよ。おかげでアレク王子様のご機嫌は最悪だとか。なんでも、騎士団を総動員して『本物の聖女』を探させてるそうです。それに、国境付近で謎の疫病が流行りだしたとかで……今の聖女様じゃ抑え込めないらしいですよ」

「……そうですか」

「物騒な話ですよねぇ。あ、この傷薬を二つください」

 客が帰った後、エリナは複雑な表情でカウンターを見つめていた。

 予想はしていた。

 自分の力が、見た目は地味でも、実質的な効果が高いことは分かっていたから。あの派手なだけの聖女では、重い病気や怪我は治せない。

「エリナ」

 ゼフィルが静かに彼女の名前を呼んだ。

 彼は店の奥から会話を聞いていたのだろう。その表情は厳しかった。

「奴らがここへ来る可能性はあるか?」

「……分かりません。でも、私は王宮を出る時、行き先を誰にも告げませんでした。この村のことも、知っている人はいないはずです」

「だが、俺たちが目立てば噂は広まる。今日のような行商人を通じてな」

 ゼフィルの指摘はもっともだった。

「辺境に凄腕の薬師がいる」という噂は、いずれ王都の耳にも届くだろう。そして、そこには「黒い騎士」がいるという情報もセットで。

 ゼフィルは窓の外、王都の方角を睨みつけた。

 彼自身の失踪も問題になっているはずだ。騎士団長が長期間行方不明となれば、捜索隊が出ているに違いない。

 もし、エリナとゼフィルが一緒にいるところを見つかれば、どうなるか。

 追放された聖女と、失踪した騎士団長。

 王家にとって、これほど都合の悪い組み合わせはない。

「俺が、ここを出るべきか」

「ダメです!」

 エリナは即座に叫んだ。普段の彼女からは想像できないほど強い口調だった。

「治療はまだ途中です。今やめたら、呪いがぶり返してしまいます。絶対にダメです」

「だが、俺がいることでお前に危険が及ぶ」

「そんなの、今さらです! 私はもう、ゼフィルさんがいない生活なんて考えられません」

 ハッとして、エリナは口を押さえた。

 勢いで言ってしまった言葉。頬がカッと熱くなる。

 だが、訂正はしなかった。それが本心だったから。

 ゼフィルは目を見開き、それから困ったように、けれどどこか嬉しそうに口元を緩めた。

「……分かった。俺も、お前を置いていく気はない。何が来ようと、俺が守る」

 彼はエリナの手を取り、その手の甲に誓いのキスを落とした。

 騎士の礼。忠誠と、それ以上の感情を込めた誓い。

 エリナの心臓が早鐘を打つ。

 しかし、運命の歯車は無情にも回り始めていた。

 翌日、村の入り口に見慣れない旗を掲げた馬車の一団が現れたという知らせが、村の自警団から飛び込んできたのだ。

 掲げられた紋章は、王家のもの。

 そして、その馬車の周りを固めるのは、ゼフィルがよく知る王宮騎士団の鎧だった。

「来たか……」

 ゼフィルは腰の剣を手に取った。

 エリナは震える手でポポを抱きしめる。

 平穏なスローライフは、終わりを告げようとしていた。

 だが、二人の手はしっかりと繋がれていた。もう、誰も一人で戦う必要はないのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力! 絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。 最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り! 追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?

追放された落ちこぼれ令嬢ですが、氷血公爵様と辺境でスローライフを始めたら、天性の才能で領地がとんでもないことになっちゃいました!!

六角
恋愛
「君は公爵夫人に相応しくない」――王太子から突然婚約破棄を告げられた令嬢リナ。濡れ衣を着せられ、悪女の烙印を押された彼女が追放された先は、"氷血公爵"と恐れられるアレクシスが治める極寒の辺境領地だった。 家族にも見捨てられ、絶望の淵に立たされたリナだったが、彼女には秘密があった。それは、前世の知識と、誰にも真似できない天性の《領地経営》の才能! 「ここなら、自由に生きられるかもしれない」 活気のない領地に、リナは次々と革命を起こしていく。寂れた市場は活気あふれる商業区へ、痩せた土地は黄金色の麦畑へ。彼女の魔法のような手腕に、最初は冷ややかだった領民たちも、そして氷のように冷たいはずのアレクシスも、次第に心を溶かされていく。 「リナ、君は私の領地だけの女神ではない。……私だけの、女神だ」

罰として醜い辺境伯との婚約を命じられましたが、むしろ望むところです! ~私が聖女と同じ力があるからと復縁を迫っても、もう遅い~

上下左右
恋愛
「貴様のような疫病神との婚約は破棄させてもらう!」  触れた魔道具を壊す体質のせいで、三度の婚約破棄を経験した公爵令嬢エリス。家族からも見限られ、罰として鬼将軍クラウス辺境伯への嫁入りを命じられてしまう。  しかしエリスは周囲の評価など意にも介さない。 「顔なんて目と鼻と口がついていれば十分」だと縁談を受け入れる。  だが実際に嫁いでみると、鬼将軍の顔は認識阻害の魔術によって醜くなっていただけで、魔術無力化の特性を持つエリスは、彼が本当は美しい青年だと見抜いていた。  一方、エリスの特異な体質に、元婚約者の伯爵が気づく。それは伝説の聖女と同じ力で、領地の繁栄を約束するものだった。  伯爵は自分から婚約を破棄したにも関わらず、その決定を覆すために復縁するための画策を始めるのだが・・・後悔してももう遅いと、ざまぁな展開に発展していくのだった  本作は不遇だった令嬢が、最恐将軍に溺愛されて、幸せになるまでのハッピーエンドの物語である ※※小説家になろうでも連載中※※

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

侯爵様に婚約破棄されたのですが、どうやら私と王太子が幼馴染だったことは知らなかったようですね?

ルイス
恋愛
オルカスト王国の伯爵令嬢であるレオーネは、侯爵閣下であるビクティムに婚約破棄を言い渡された。 信頼していたビクティムに裏切られたレオーネは悲しみに暮れる……。 しかも、破棄理由が他国の王女との婚約だから猶更だ。 だが、ビクティムは知らなかった……レオーネは自国の第一王子殿下と幼馴染の関係にあることを。 レオーネの幼馴染であるフューリ王太子殿下は、彼女の婚約破棄を知り怒りに打ち震えた。 「さて……レオーネを悲しませた罪、どのように償ってもらおうか」 ビクティム侯爵閣下はとてつもない虎の尾を踏んでしまっていたのだった……。

婚約破棄されたので、元婚約者の兄(無愛想な公爵様)と結婚します

ニャーゴ
恋愛
伯爵令嬢のエレナは、社交界で完璧な令嬢と評されるも、婚約者である王太子が突然**「君とは結婚できない。真実の愛を見つけた」**と婚約破棄を告げる。 王太子の隣には、彼の新しい恋人として庶民出身の美少女が。 「うわ、テンプレ展開すぎない?」とエレナは内心で呆れるが、王家の意向には逆らえず破談を受け入れるしかない。 しかしその直後、王太子の兄である公爵アルベルトが「俺と結婚しろ」と突如求婚。 無愛想で冷徹と噂されるアルベルトだったが、実はエレナにずっと想いを寄せていた。 婚約破棄されたことで彼女を手に入れるチャンスが巡ってきたとばかりに、強引に結婚へ持ち込もうとする。 「なんでこんな展開になるの!?』と戸惑うエレナだが、意外にもアルベルトは不器用ながらも優しく、次第に惹かれていく—— だが、その矢先、王太子が突然「やっぱり君が良かった」と復縁を申し出てきて……!?

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

処理中です...