追放聖女の薬草店~光らない無能と言われた私の治癒力は、最強騎士団長の呪いにだけ効くようです。辺境で始める溺愛スローライフ~

黒崎隼人

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第9話「愚かな王子の来訪と、揺るがない盾」

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 店の外から聞こえてくるのは、けたたましい馬の蹄の音と、ガチャガチャと金属が触れ合う不快なノイズだった。

 普段は鳥の声と風の音しかしないこの静かな辺境の地に、最も似つかわしくない騒音だ。

 私はカウンターの中で、震える手を隠すようにエプロンの裾を握りしめた。隣には、すでに臨戦態勢に入ったゼフィルがいる。

 彼の背中から発せられるピリピリとした緊張感が、空気そのものを重くしているようだった。

「エリナ、俺の後ろにいろ。絶対に離れるな」

 ゼフィルが低く、けれど確かな声で告げた。

 私は黙って頷き、ポポを腕の中に抱き寄せた。ポポもまた、小さな身体を硬くして、扉の方を睨みつけている。

 やがて、店の前で騒音が止んだ。

 一瞬の静寂の後、乱暴に扉が開け放たれる。

 バンッ!

 木製の扉が悲鳴を上げ、蝶番がきしんだ。

 逆光の中に現れたのは、煌びやかな衣装に身を包んだ金髪の青年。

 アレク王子だった。

 その後ろには、武装した数名の近衛騎士が控えている。

 王子の顔は、長旅の疲れか、それとも苛立ちのせいか、ひどく歪んでいた。美しいはずの顔立ちが、今は不気味なほど冷酷に見える。

「見つけたぞ、エリナ」

 王子は土足でドカドカと店内に入り込むと、嘲るような視線を店内に巡らせた。

 手入れされたハーブの瓶、磨かれたカウンター、そして私が大切にしているドライフラワーの飾り。

 それらを一瞥した後、彼は鼻で笑った。

「なんだ、この薄汚い小屋は。元聖女が落ちぶれたものだな。こんなドブ臭い場所で、虫けらのような平民相手に商売とは」

「……ここは私の大切な場所です。言葉を慎んでください」

 私は精一杯の勇気を振り絞って言い返した。

 王子は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに不快そうに顔をしかめた。

「口答えか? 身の程を知れ。貴様のような無能な女、本来なら処刑されてもおかしくないのだぞ」

 彼は一歩踏み出し、私に指を突きつけた。

「だが、慈悲深い僕はチャンスをやろう。王都へ戻れ。新しい聖女……あの女は見た目だけで役立たずだった。光るだけで治癒の一歩手前すらできん。やはり、地味でも実用性のある貴様の方がマシだ」

 あまりの言い草に、私は言葉を失った。

 新しい聖女のことも、私のことも、彼はただの「道具」としか見ていない。

 壊れたら捨てる。代わりがダメなら、捨てたものを拾い直す。

 そこには人間としての尊厳も、感謝も、何もない。

「お断りします」

「……なんだと?」

「私はもう王宮の人間ではありません。ここで薬草店を営む、ただのエリナです。二度とあの場所には戻りません」

 はっきりと言い切った。

 王子の顔が、怒りで朱に染まる。

「貴様……! 王族の命令に逆らう気か! おい、その女を捕らえろ! 抵抗するなら手足を折っても構わん!」

 彼が騎士たちに命令を下した、その時だった。

 ドォン、と床を踏み抜くような音が響いた。

「誰の女に手を出そうとしている」

 地の底から響くような声と共に、ゼフィルが私の前に立ちはだかった。

 その巨躯が、私とポポを完全に視界から遮る。

 圧倒的な威圧感。

 騎士たちが、びくりと動きを止めた。

「な、なんだ貴様は……」

 王子が後ずさりし、目を凝らす。

 薄暗い店内で、ゼフィルの鋭い眼光だけが青白く光っていた。

 見覚えのある黒い鎧。かつて王国最強と謳われた男の立ち姿。

「ま、まさか……ゼフィルか!? 行方不明になっていた、騎士団長の!」

 その名を聞いた途端、後ろに控えていた騎士たちに動揺が走った。

 彼らにとって、ゼフィルは生ける伝説であり、畏怖の対象だ。誰も剣を抜こうとはしない。

「そうだ。そして今は、この店の従業員兼、用心棒だ」

 ゼフィルは腰の剣に手をかけず、ただ腕組みをして王子を見下ろした。

 それだけで、騎士たちは数歩下がってしまう。

「愚かな王子よ。自分の言葉がどれほど空虚か、気づかんのか。光るだけの魔法に惑わされ、本物を見抜けなかった貴様に、彼女を連れ戻す資格などない」

「き、貴様ぁ……! 呪いで野垂れ死んだと思っていたが、生きていたとはな! しかも、その薄汚いなりはどうだ! 王国騎士団長の面汚しめ!」

 王子はヒステリックに叫んだ。

 自分の命令が通じない苛立ちと、ゼフィルへの恐怖がない交ぜになっているようだ。

「騎士団長だと? そんな肩書きは捨てた。俺は今、ただのエリナの騎士だ」

「ふざけるな! 反逆だ、これは反逆だぞ! おい、何をしている! その男ごと女を殺せ! 命令だ!」

 王子の金切り声が店内に木霊する。

 騎士たちが困惑の表情で顔を見合わせる。

 元上官に剣を向けることへの躊躇。しかし、王命には逆らえないという絶対的な規律。

 ジリ、と彼らが剣の柄に手をかけた。

 私はゼフィルの背中にしがみついた。

 怖い。

 でも、それ以上に彼を失いたくない。

 ゼフィルの体は温かかった。

 かつて氷のように冷たかった彼が、今、私のためにこんなにも熱く怒ってくれている。

 それだけで、私はどんな恐怖にも立ち向かえる気がした。

「来い」

 ゼフィルが短く告げる。

 それは戦闘開始の合図だった。

 平穏だった薬草店が、一瞬にして戦場へと変わる。

 けれど、私はもう無力な聖女ではない。彼を守るために、私にしかできない戦いがあるはずだ。
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