追放聖女の薬草店~光らない無能と言われた私の治癒力は、最強騎士団長の呪いにだけ効くようです。辺境で始める溺愛スローライフ~

黒崎隼人

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第10話「光なき奇跡、本物の輝き」

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 一人の騎士が、意を決したように剣を抜いて突っ込んできた。

 ゼフィルは剣を抜かなかった。

 鞘に収めたままの剣で、相手の一撃を軽く受け流し、がら空きになった胴へ重たい蹴りを叩き込む。

 ドガッ、という鈍い音と共に、騎士が店の外へと吹き飛ばされた。

「ひぃッ!」

 あまりの実力差に、他の騎士たちが悲鳴のような息を漏らす。

 狭い店内での戦闘は、巨体のゼフィルには不利なはずだ。だが、彼は私のいるカウンター周辺を死守しつつ、最小限の動きで襲いかかる騎士たちを次々と無力化していく。

 まるで舞踏のように洗練された動き。

 私は彼が傷つけないよう配慮して戦っていることに気づいた。かつての部下たちへの、彼なりの慈悲なのだろう。

 しかし、王子はそれを許さなかった。

「ええい、役立たずどもめ! 魔導兵! 構わん、店ごと焼き払え!」

 王子の号令で、店の外に控えていた魔術師たちが杖を構えた。

 窓の外が赤く染まる。

 火球の魔法だ。この木造の家なんて、一瞬で消し炭になってしまう。

「させん!」

 ゼフィルが叫び、魔力を解放しようとした。

 その瞬間だった。

 彼の動きがピタリと止まり、その場に膝をついた。

「ガハッ……!」

 口から大量の血が吐き出される。

 赤い血の中に、どろりとした黒い霧が混じっていた。

 呪いだ。

 戦闘による過度な興奮と、魔力の高まりに反応して、抑え込んでいた「黒竜の呪い」が再発したのだ。

 ゼフィルの顔が一瞬で蒼白になり、苦悶に歪む。

「ぐぅ……ッ! まだだ、ここで俺が倒れれば……!」

「ははは! 見ろ、やはり化け物め!自分から壊れていくとは傑作だ!」

 王子が高笑いをする。

 騎士たちが形成逆転とばかりに、一斉にゼフィルを取り囲んだ。

 剣先が、動けない彼の首元に向けられる。

「ゼフィルさん!」

 私はカウンターを飛び出した。

 ポポが「キュイッ!」と鳴いて、騎士の顔に飛びかかり、目くらましをする。

 同時に、ポポの額の結晶がカッと輝き、薄い光の障壁となって振り下ろされた騎士たちの剣を受け止めた。小さな体で必死に、私たちを守ろうとしてくれているのだ。

 その隙に、私はゼフィルの元へ滑り込んだ。

「馬鹿、来るな……!」

「黙って!」

 私は彼の胸ぐらを掴み、自分の額を彼の胸に押し当てた。

 ドクン、ドクンと、不規則に暴れる心臓の音が聞こえる。黒い根が、再び彼の命を食い破ろうと暴れ狂っている。

 許さない。

 絶対に渡さない。

 私は目を閉じ、全神経を研ぎ澄ませた。

 王宮で求められたような、派手な光の演出はいらない。

 神への祈りもいらない。

 ただ、目の前の大切な人に生きてほしいと願う、エゴにも似た強い意志。

 それが私の魔法の源泉だ。

(思い出して。あなたの体は強い。竜の毒なんかに負けない!)

 私の手から、奔流のような「生命の波」が流れ込んだ。

 それは光ではない。風でもない。

 春の芽吹きのような、圧倒的な「生」の圧力だ。

 店の中に置いてあったドライフラワーが、一瞬で色を取り戻し、瑞々しい花弁を開かせた。床板の隙間から、若草がものすごい勢いで芽を出す。

「な、なんだこれは……!?」

 騎士たちが驚愕して後ずさる。

 彼らの傷や疲労すらも、私の溢れ出した力が勝手に治癒してしまったからだ。

 敵も味方も関係ない。

 生きとし生けるものすべてを肯定し、活力を与える絶対的な力。

 ゼフィルの胸の黒い痣が、悲鳴を上げるように収縮していく。

 これまでの毎晩の治療で積み重ねてきた『正常な記憶』が、今の力の奔流によって一気に呼び覚まされ、呪いの根を完全に駆逐していく。

 私の力が、呪いを押し流し、細胞の一つ一つを塗り替えていく。

「お前は……」

 ゼフィルの瞳が、驚きと愛おしさで揺れていた。

 光らない聖女。

 けれど今、この場所は、目に見えない温かなオーラで満たされていた。

 王子の掲げる人工的な魔道具の光が、あまりにも安っぽく見えるほどに、それは濃密な「奇跡」だった。

「ひ、光らないのに……なぜ、これほどの圧力が……!」

 王子が腰を抜かしてへたり込む。

 私の背後で、完全に回復したゼフィルが立ち上がった。

 その体からは、もう黒い霧は微塵も感じられない。

 彼は私を背中に庇い、抜身の剣のように鋭い殺気を王子に向けた。

「消えろ」

 たった一言。

 それだけで十分だった。

 王子の顔色は紙のように白くなり、「ひぃッ!」と情けない声を上げて、這うように逃げ出した。

 騎士たちもまた、ゼフィルと私に一礼し、まるで何か尊いものを見たかのような顔つきで、王子の後を追って去っていった。

 嵐が過ぎ去った店内には、満開になった花々の香りが充満していた。
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