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第4話:騎士は忠誠心がすぎる
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政治と経済で立て続けに勘違いの功績を打ち立ててしまった私は、ほとぼりが冷めるまで領地の視察という名目で王都を離れることにした。これ以上目立てば、王太子との婚約破棄どころではなくなってしまう。
領地では馬に揺られて、のんびりと田園風景を眺めるだけ。これはこれで悪くない。
護衛には、ヴァレンシュタイン家騎士団の若き団長、ダリウスが付き従っている。彼は陽に焼けた褐色の肌と、鋭い鷲のような目を持つ青年だ。
ダリウスは元スラムの孤児で、餓死寸前だったところを私が落としたパンで救われた、と信じ込んでいる。もちろん私にそんな記憶はない。おそらく、食べきれなかったパンを道端にポイ捨てしたのを、彼が見つけたとかなのだろう。
それ以来、彼は私に犬のように忠実だ。その忠誠心は、コンラートやリリアに勝るとも劣らない。
「お嬢様、そろそろ一度、休憩にいたしましょうか」
「そうね。お願いするわ」
私たちは馬を降り、木陰で一息つく。メイドが用意してくれた水筒を受け取り、喉を潤した。
視察のルートは事前に決められているが、地図を見ながらふと、ある一点に目が留まった。
「……黒の森、ね」
それは、領地の西側に広がる広大な森林地帯。木々が密集し、昼でも薄暗いことからそう呼ばれている。
「あそこの森、なんだかじめじめしてて虫が出そうだから嫌ね。迂回しましょう」
私は虫が大嫌いなのだ。前世でも、ゴキブリが出た日は家に入れず、友人の家に泊めてもらったことがあるくらいだ。特に、森にいるような得体の知れない虫など、想像するだけで鳥肌が立つ。
私の何気ない一言に、隣にいたダリウスの表情が剣のように鋭くなった。
「……虫、でございますか」
「ええ。見るのも嫌だわ」
「承知いたしました」
ダリウスは私の言葉をどう受け取ったのか、その場で片膝をつき、恭しく言った。
「お嬢様の進む道を妨げる不埒者は、このダリウスが全て排除いたします。どうぞ、ご安心を」
「え? いや、そんな大げさな……。ただ道を変えればいいだけよ」
しかし、ダリウスは私の制止を聞かず、燃えるような瞳で黒の森を睨みつけている。
「お嬢様が『虫』と仰せになった。それは、我ら騎士団ですら気づかぬ、森に潜む脅威を指しているに違いありません。例えば、国境を越えて侵入した賊か、あるいは危険な魔獣の群れか……! お嬢様は、その千里眼で我々にお示しくださったのです!」
……全然違う。ガチの虫の話だ。カブトムシとか、そういうやつだ。
「ダリウス、落ち着いて。本当にただの虫の話で……」
「お任せください!」
私の言葉を遮り、ダリウスは馬に飛び乗ると、一人で黒の森へと駆け出してしまった。
「ちょ、待ちなさい、ダリウス!」
あっという間に彼の姿は森の中に消えていく。残された私と騎士たち、メイドたちは、顔を見合わせるしかなかった。
……まただ。また、このパターンだ。
私の些細な一言が、忠誠心溢れる部下によってとんでもない方向に解釈されてしまう。もう慣れてきた自分が怖い。
その日の夜。
領地の館で私が溜め息をついていると、泥と……何か獣の血にまみれたダリウスが、晴れやかな顔で帰還した。
「お嬢様! ご報告いたします!」
彼は私の前に膝をつき、高らかに宣言した。
「お嬢様のご慧眼の通り、黒の森は、隣国から流れ着いた魔物の群れの巣窟となっておりました! 特に、厄介な魔獣である“ワーム”が大量発生しており、まさに『虫』そのものでございました! このダリウス、お嬢様のご期待に応え、単身にて全ての魔物を殲滅してまいりました!」
……ワームって、ミミズみたいな巨大な魔物じゃなかったか。確かに見た目は虫だが。
報告によれば、その魔物の群れは近々、国境近くの村を襲う計画だった形跡があり、もしダリウスが今日、殲滅していなければ、大きな被害が出ていたことは間違いないという。
つまり、私はまたしても、何もしていないのに、国境の危機を未然に防いだことになってしまったのだ。
「おお、イザベラ様は、森を一目見ただけで魔物の存在をお見通しになられたのか!」
「軍を動かすより先に、単独で団長を動かすとは、なんという的確なご判断……!」
騎士たちが、畏敬の念のこもった視線で私を見ている。
ダリウスは、誇らしげに胸を張った。
「お嬢様の『千里眼』とご采配、このダリウス、生涯をかけてお仕えいたします!」
だから、違うの! 私はただ、蚊に刺されたくなかっただけなの!
この一件はすぐに王都にも伝わり、「冷徹なる策略家」「商才の塊」に加えて、「千里眼を持つ軍略の天才」という、もはや人間離れした称号が私に追加された。
私の評判は、本人の意思とは全く無関係に、天を衝く勢いで上がり続けていく。
もう駄目だ。領地にいても勘違いは止まらない。
私の平穏なニート生活は、一体どこにあるというのだろうか。
領地では馬に揺られて、のんびりと田園風景を眺めるだけ。これはこれで悪くない。
護衛には、ヴァレンシュタイン家騎士団の若き団長、ダリウスが付き従っている。彼は陽に焼けた褐色の肌と、鋭い鷲のような目を持つ青年だ。
ダリウスは元スラムの孤児で、餓死寸前だったところを私が落としたパンで救われた、と信じ込んでいる。もちろん私にそんな記憶はない。おそらく、食べきれなかったパンを道端にポイ捨てしたのを、彼が見つけたとかなのだろう。
それ以来、彼は私に犬のように忠実だ。その忠誠心は、コンラートやリリアに勝るとも劣らない。
「お嬢様、そろそろ一度、休憩にいたしましょうか」
「そうね。お願いするわ」
私たちは馬を降り、木陰で一息つく。メイドが用意してくれた水筒を受け取り、喉を潤した。
視察のルートは事前に決められているが、地図を見ながらふと、ある一点に目が留まった。
「……黒の森、ね」
それは、領地の西側に広がる広大な森林地帯。木々が密集し、昼でも薄暗いことからそう呼ばれている。
「あそこの森、なんだかじめじめしてて虫が出そうだから嫌ね。迂回しましょう」
私は虫が大嫌いなのだ。前世でも、ゴキブリが出た日は家に入れず、友人の家に泊めてもらったことがあるくらいだ。特に、森にいるような得体の知れない虫など、想像するだけで鳥肌が立つ。
私の何気ない一言に、隣にいたダリウスの表情が剣のように鋭くなった。
「……虫、でございますか」
「ええ。見るのも嫌だわ」
「承知いたしました」
ダリウスは私の言葉をどう受け取ったのか、その場で片膝をつき、恭しく言った。
「お嬢様の進む道を妨げる不埒者は、このダリウスが全て排除いたします。どうぞ、ご安心を」
「え? いや、そんな大げさな……。ただ道を変えればいいだけよ」
しかし、ダリウスは私の制止を聞かず、燃えるような瞳で黒の森を睨みつけている。
「お嬢様が『虫』と仰せになった。それは、我ら騎士団ですら気づかぬ、森に潜む脅威を指しているに違いありません。例えば、国境を越えて侵入した賊か、あるいは危険な魔獣の群れか……! お嬢様は、その千里眼で我々にお示しくださったのです!」
……全然違う。ガチの虫の話だ。カブトムシとか、そういうやつだ。
「ダリウス、落ち着いて。本当にただの虫の話で……」
「お任せください!」
私の言葉を遮り、ダリウスは馬に飛び乗ると、一人で黒の森へと駆け出してしまった。
「ちょ、待ちなさい、ダリウス!」
あっという間に彼の姿は森の中に消えていく。残された私と騎士たち、メイドたちは、顔を見合わせるしかなかった。
……まただ。また、このパターンだ。
私の些細な一言が、忠誠心溢れる部下によってとんでもない方向に解釈されてしまう。もう慣れてきた自分が怖い。
その日の夜。
領地の館で私が溜め息をついていると、泥と……何か獣の血にまみれたダリウスが、晴れやかな顔で帰還した。
「お嬢様! ご報告いたします!」
彼は私の前に膝をつき、高らかに宣言した。
「お嬢様のご慧眼の通り、黒の森は、隣国から流れ着いた魔物の群れの巣窟となっておりました! 特に、厄介な魔獣である“ワーム”が大量発生しており、まさに『虫』そのものでございました! このダリウス、お嬢様のご期待に応え、単身にて全ての魔物を殲滅してまいりました!」
……ワームって、ミミズみたいな巨大な魔物じゃなかったか。確かに見た目は虫だが。
報告によれば、その魔物の群れは近々、国境近くの村を襲う計画だった形跡があり、もしダリウスが今日、殲滅していなければ、大きな被害が出ていたことは間違いないという。
つまり、私はまたしても、何もしていないのに、国境の危機を未然に防いだことになってしまったのだ。
「おお、イザベラ様は、森を一目見ただけで魔物の存在をお見通しになられたのか!」
「軍を動かすより先に、単独で団長を動かすとは、なんという的確なご判断……!」
騎士たちが、畏敬の念のこもった視線で私を見ている。
ダリウスは、誇らしげに胸を張った。
「お嬢様の『千里眼』とご采配、このダリウス、生涯をかけてお仕えいたします!」
だから、違うの! 私はただ、蚊に刺されたくなかっただけなの!
この一件はすぐに王都にも伝わり、「冷徹なる策略家」「商才の塊」に加えて、「千里眼を持つ軍略の天才」という、もはや人間離れした称号が私に追加された。
私の評判は、本人の意思とは全く無関係に、天を衝く勢いで上がり続けていく。
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