6 / 24
第5話:王宮夜会と最初の接触
しおりを挟む
政治、経済、軍事。あらゆる分野でトンデモない伝説(全て勘違い)を打ち立ててしまった私は、父の命令で、半ば強制的に王都へと連れ戻された。そして、逃れる間もなく、王宮で開かれる夜会への参加を命じられた。
「嫌よ、絶対に行きたくないわ。どうせまた面倒なことになるもの」
「こら、イザベラ。お前はヴァレンシュタイン公爵家の令嬢なのだぞ。それに、今のお前は国の英雄だ。顔を出さないわけにはいかんだろう」
父に諭され、私は渋々、重い腰を上げた。
きらびやかなシャンデリアが輝く大広間。優雅な音楽と、着飾った貴族たちの談笑の声。しかし、私にとっては処刑場も同然だ。
「いいこと、イザベラ。今日の目標は『壁の花』。誰とも話さず、何も食べず、ただそこに存在するだけの置物になるのよ」
私は自分にそう言い聞かせ、会場の隅にある柱の陰に陣取った。ここなら誰にも気づかれまい。
しかし、その目論見は開始五分で崩れ去った。
「まあ、あの方がイザベラ様……」
「なんと落ち着いていらっしゃる。少しの隙も見せないわ」
「下手に動かず、会場全体を観察しておられるのだ。さすがは稀代の策略家……」
遠巻きに聞こえてくるヒソヒソ話に、私は眩暈がしそうだった。何もしないで立っているだけで、なぜそんな深読みをされるのか。もういっそ、あくびでもしてやろうか。
そんな私の心労を知ってか知らずか、ついに最悪の人物たちがこちらへやってきた。
一人は、この国の王太子であり、私の婚約者であるアルフォンス殿下。金色の髪に青い瞳、神が作ったとしか思えない美貌を持つ、まさに王子様然とした青年だ。
そして、その隣には、控えめに寄り添う一人の少女。ふわふわの亜麻色の髪に、澄んだ翠の瞳。ゲームのヒロイン、聖なる力を持つ平民のエマだ。
来た。来たわよ、破滅フラグの擬人化たちが!
原作では、ここでイザベラがエマに嫌味を言い、アルフォンスに諌められることで、二人の絆が深まるイベントが発生するはずだ。
「イザベラ・フォン・ヴァレンシュタイン」
アルフォンス皇太子が、私をまっすぐに見つめてくる。その青い瞳には、以前の軽蔑の色はない。代わりに宿っているのは、強い好奇心と……少しばかりの警戒心。
「殿下、ごきげんよう」
私は淑女のカーテシーを完璧に決める。ここでボロを出せば、面倒なことになるのは分かっている。とにかく、当たり障りなく、会話を早く切り上げるのだ。
「君の噂は聞いている。マーガレット侯爵の件、見事な手腕だったそうだね」
「……お褒めに預かり光栄ですわ」
ほら、やっぱりその話だ。私は何もしていないのに。
すると、アルフォンスの隣にいたエマが、おずおずと一歩前に出た。
「あ、あの、イザベラ様! 『魔法の冷蔵庫』、素晴らしい発明です! 私のいた孤児院でも、あれのおかげで夏でも食べ物が悪くならなくなって、みんな助かっています!」
純粋な尊敬の眼差し。キラキラした瞳が眩しい。原作では私にいじめられて泣いていた少女はどこへやら、すっかり私の信者一号のようになってしまっている。
「……そう。それは良かったわね」
どう返事をしていいか分からず、素っ気なく答えるのが精一杯だった。これが原作のイザベラなら、「平民の分際で馴れ馴れしい」とでも言うところだろう。
私の短い返事を聞いたアルフォンスは、なぜか「ふむ」と顎に手を当てて考え込んでいる。
(何を考えているのよ、この王子……)
すると、アルフォンスは何かを納得したように頷き、私に言った。
「君が、ただの傲慢な令嬢ではないことは分かってきた。イザベラ、君は一体何を考えている? 君の目的は何だ?」
目的?
私の目的は、あなたとの婚約を破棄して、一日三食昼寝付きのニート生活を送ることですけど?
もちろん、そんな本音を言えるはずもなく、私はただ曖昧に微笑むだけ。
「さあ、何のことでしょう?」
ミステリアスな女を演じておけば、勝手に深読みしてくれるだろうという魂胆だ。
私のその態度が、アルフォンスには別の意味に映ったらしい。彼は挑戦的な笑みを浮かべた。
「面白い。君という人間、私が必ず解き明かしてみせる」
やめてください。解き明かさないでください。私の頭の中はダラダラすることしか考えていませんから!
こうして、破滅フラグであるはずの王太子とヒロインとの最初の接触は、私の意図とは全く違う形で終わった。
アルフォンス皇太子は私に強い興味を抱き、ヒロインのエマは私に心酔している。
……あれ? これ、どうやったら婚約破棄できるの?
私はただ、穏便にフェードアウトしたいだけなのに。
事態は、ますます私の望まない方向へと転がり始めていた。
「嫌よ、絶対に行きたくないわ。どうせまた面倒なことになるもの」
「こら、イザベラ。お前はヴァレンシュタイン公爵家の令嬢なのだぞ。それに、今のお前は国の英雄だ。顔を出さないわけにはいかんだろう」
父に諭され、私は渋々、重い腰を上げた。
きらびやかなシャンデリアが輝く大広間。優雅な音楽と、着飾った貴族たちの談笑の声。しかし、私にとっては処刑場も同然だ。
「いいこと、イザベラ。今日の目標は『壁の花』。誰とも話さず、何も食べず、ただそこに存在するだけの置物になるのよ」
私は自分にそう言い聞かせ、会場の隅にある柱の陰に陣取った。ここなら誰にも気づかれまい。
しかし、その目論見は開始五分で崩れ去った。
「まあ、あの方がイザベラ様……」
「なんと落ち着いていらっしゃる。少しの隙も見せないわ」
「下手に動かず、会場全体を観察しておられるのだ。さすがは稀代の策略家……」
遠巻きに聞こえてくるヒソヒソ話に、私は眩暈がしそうだった。何もしないで立っているだけで、なぜそんな深読みをされるのか。もういっそ、あくびでもしてやろうか。
そんな私の心労を知ってか知らずか、ついに最悪の人物たちがこちらへやってきた。
一人は、この国の王太子であり、私の婚約者であるアルフォンス殿下。金色の髪に青い瞳、神が作ったとしか思えない美貌を持つ、まさに王子様然とした青年だ。
そして、その隣には、控えめに寄り添う一人の少女。ふわふわの亜麻色の髪に、澄んだ翠の瞳。ゲームのヒロイン、聖なる力を持つ平民のエマだ。
来た。来たわよ、破滅フラグの擬人化たちが!
原作では、ここでイザベラがエマに嫌味を言い、アルフォンスに諌められることで、二人の絆が深まるイベントが発生するはずだ。
「イザベラ・フォン・ヴァレンシュタイン」
アルフォンス皇太子が、私をまっすぐに見つめてくる。その青い瞳には、以前の軽蔑の色はない。代わりに宿っているのは、強い好奇心と……少しばかりの警戒心。
「殿下、ごきげんよう」
私は淑女のカーテシーを完璧に決める。ここでボロを出せば、面倒なことになるのは分かっている。とにかく、当たり障りなく、会話を早く切り上げるのだ。
「君の噂は聞いている。マーガレット侯爵の件、見事な手腕だったそうだね」
「……お褒めに預かり光栄ですわ」
ほら、やっぱりその話だ。私は何もしていないのに。
すると、アルフォンスの隣にいたエマが、おずおずと一歩前に出た。
「あ、あの、イザベラ様! 『魔法の冷蔵庫』、素晴らしい発明です! 私のいた孤児院でも、あれのおかげで夏でも食べ物が悪くならなくなって、みんな助かっています!」
純粋な尊敬の眼差し。キラキラした瞳が眩しい。原作では私にいじめられて泣いていた少女はどこへやら、すっかり私の信者一号のようになってしまっている。
「……そう。それは良かったわね」
どう返事をしていいか分からず、素っ気なく答えるのが精一杯だった。これが原作のイザベラなら、「平民の分際で馴れ馴れしい」とでも言うところだろう。
私の短い返事を聞いたアルフォンスは、なぜか「ふむ」と顎に手を当てて考え込んでいる。
(何を考えているのよ、この王子……)
すると、アルフォンスは何かを納得したように頷き、私に言った。
「君が、ただの傲慢な令嬢ではないことは分かってきた。イザベラ、君は一体何を考えている? 君の目的は何だ?」
目的?
私の目的は、あなたとの婚約を破棄して、一日三食昼寝付きのニート生活を送ることですけど?
もちろん、そんな本音を言えるはずもなく、私はただ曖昧に微笑むだけ。
「さあ、何のことでしょう?」
ミステリアスな女を演じておけば、勝手に深読みしてくれるだろうという魂胆だ。
私のその態度が、アルフォンスには別の意味に映ったらしい。彼は挑戦的な笑みを浮かべた。
「面白い。君という人間、私が必ず解き明かしてみせる」
やめてください。解き明かさないでください。私の頭の中はダラダラすることしか考えていませんから!
こうして、破滅フラグであるはずの王太子とヒロインとの最初の接触は、私の意図とは全く違う形で終わった。
アルフォンス皇太子は私に強い興味を抱き、ヒロインのエマは私に心酔している。
……あれ? これ、どうやったら婚約破棄できるの?
私はただ、穏便にフェードアウトしたいだけなのに。
事態は、ますます私の望まない方向へと転がり始めていた。
483
あなたにおすすめの小説
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない
エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい
最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。
でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。
悪役令嬢に転生したけど、破滅エンドは王子たちに押し付けました
タマ マコト
ファンタジー
27歳の社畜OL・藤咲真帆は、仕事でも恋でも“都合のいい人”として生きてきた。
ある夜、交通事故に遭った瞬間、心の底から叫んだーー「もう我慢なんてしたくない!」
目を覚ますと、乙女ゲームの“悪役令嬢レティシア”に転生していた。
破滅が約束された物語の中で、彼女は決意する。
今度こそ、泣くのは私じゃない。
破滅は“彼ら”に押し付けて、私の人生を取り戻してみせる。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間
夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。
卒業パーティーまで、残り時間は24時間!!
果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?
【完結】モブの王太子殿下に愛されてる転生悪役令嬢は、国外追放される運命のはずでした
Rohdea
恋愛
公爵令嬢であるスフィアは、8歳の時に王子兄弟と会った事で前世を思い出した。
同時に、今、生きているこの世界は前世で読んだ小説の世界なのだと気付く。
さらに自分はヒーロー(第二王子)とヒロインが結ばれる為に、
婚約破棄されて国外追放となる運命の悪役令嬢だった……
とりあえず、王家と距離を置きヒーロー(第二王子)との婚約から逃げる事にしたスフィア。
それから数年後、そろそろ逃げるのに限界を迎えつつあったスフィアの前に現れたのは、
婚約者となるはずのヒーロー(第二王子)ではなく……
※ 『記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました』
に出てくる主人公の友人の話です。
そちらを読んでいなくても問題ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる