悪役令嬢は辺境で農業革命を起こす~追放された私が知識チートで会社を作り、気づけば国ごと豊かにしちゃいました~

黒崎隼人

文字の大きさ
5 / 21

第4章:小さな芽吹きと試練の嵐

しおりを挟む
 トーマスという名の頼れる師を得て、リリアーナの農業は飛躍的に進歩した。彼女は、まるで乾いたスポンジが水を吸い込むように、トーマスの長年の経験と知識を吸収していった。トーマスが教えるのは、この土地の気候や土壌の癖、代々受け継がれてきた伝統的な農法。一方、リリアーナが持ち込んだのは、前世の知識である「輪作」「堆肥作り」「効率的な水路の設計」といった、この世界ではまだ知られていない新しい概念だった。

 最初は「そんな面倒なこと」と渋っていたトーマスも、リリアーナが作る発酵した堆肥の匂いを嗅ぎ、その効果を論理的に説明されると、次第に彼女のやり方を認めるようになった。二人の知識と経験が融合することで、単なる荒れ地だった場所は、見る見るうちに整然とした畑へと姿を変えていった。

 種まきの季節が訪れる。リリアーナたちは、この土地の気候に強いとされる小麦やジャガイモの種をまいた。リリアーナは、僅かな生活魔法を応用し、土に微弱な魔力を流し込む実験も試みた。植物の成長を少しでも促進できないかという、ささやかな試みだ。

 毎日の作業は地道だった。朝露に濡れながら畑に出て、雑草を抜き、土の状態を確認し、夕暮れまで働く。しかし、その生活はリリアーナにとって、王宮での華やかだが空虚な日々と比べ物にならないほど充実していた。土の感触、頬を撫でる風、そして日に日に緑が濃くなっていく畑の風景。そのすべてが、彼女の心を豊かに満たしていった。

 村人たちの視線も、少しずつ変化していた。嘲笑は消え、好奇心と、かすかな期待が入り混じった眼差しへと変わっていった。特に子供たちは、畑で働くリリアーナに興味津々で、時折「何か手伝うことはない?」と声をかけてくるようになった。リリアーナは笑顔で彼らを迎え入れ、土いじりの楽しさを教えた。

 そして、種まきから数週間後。運命の日が訪れた。
 朝、畑に出たリリアーナは、思わず息を飲んだ。畝に沿って、小さな緑色の芽が、いくつも顔を出していたのだ。それは、土の暗闇を突き破って現れた、生命の輝きそのものだった。

「……出た」

 リリアーナの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。自分の手で、ゼロから何かを生み出した。その感動が、胸いっぱいに広がった。隣にいたトーマスも、満足そうに頷き、そのしわくちゃの顔をほころばせた。「ああ、出たな」と短く呟いた彼の声は、わずかに震えているように聞こえた。

 この小さな芽吹きは、村人たちの心を大きく動かした。リリアーナの農業が、ただの貴族の道楽ではなかったことの、何よりの証明だったからだ。何人かの村人が、恐るおそる自分たちの畑の悩みを相談に来るようになった。リリアーナは快く応じ、トーマスと共にアドバイスを送った。警戒と孤立の氷は、少しずつ溶け始めていた。

 しかし、自然は常に優しいわけではない。
 ある日の夕方、空が急速に暗くなり、突風が吹き荒れ始めた。辺境特有の、激しい嵐だった。叩きつけるような雨と、全てをなぎ倒さんとする暴風が、小さな村を襲った。

「畑が!」

 トーマスの叫び声に、リリアーナは外へ飛び出した。懸命に育ててきた芽が、嵐によって無残にもなぎ倒され、泥水に浸っていく。彼女は必死に杭を打ち、筵(むしろ)をかけて作物を守ろうとしたが、自然の猛威の前ではあまりにも無力だった。

 嵐が過ぎ去った翌朝、畑は見るも無惨な姿を晒していた。多くの芽が折れ、流されてしまっていた。呆然と立ち尽くすリリアーナの肩を、トーマスがそっと叩いた。

「これが農業だ。天に愛されることもあれば、牙を剥かれることもある。だが、ここで終わりじゃねえ」

 彼の言葉は、厳しくも温かかった。
「見てみろ。全部がやられたわけじゃない。この残った芽を、大事に育てていくんだ。こいつらは、あの嵐に耐えた強い奴らだ」

 トーマスの指差す先には、泥だらけになりながらも、懸命に天を向こうとするいくつかの強い芽が残っていた。リリアーナは、その小さな生命力に、自分自身を重ね合わせた。追放という嵐に耐え、この辺境の地で芽吹こうとしている自分を。

 彼女は涙を拭うと、力強く頷いた。この試練は、彼女に農業の厳しさと、それでも諦めないことの大切さを教えてくれた。そして、嵐の後片付けを手伝いに来てくれた村人たちの姿に、彼女は独りではないことを改めて実感する。

 小さな芽吹きは、確かな希望となり、リリアーナと村人たちの心を繋いでいた。初めての収穫に向けて、彼女の挑戦はまだ始まったばかりだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

役立たずと追放された聖女は、第二の人生で薬師として静かに輝く

腐ったバナナ
ファンタジー
「お前は役立たずだ」 ――そう言われ、聖女カリナは宮廷から追放された。 癒やしの力は弱く、誰からも冷遇され続けた日々。 居場所を失った彼女は、静かな田舎の村へ向かう。 しかしそこで出会ったのは、病に苦しむ人々、薬草を必要とする生活、そして彼女をまっすぐ信じてくれる村人たちだった。 小さな治療を重ねるうちに、カリナは“ただの役立たず”ではなく「薬師」としての価値を見いだしていく。

『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ
ファンタジー
追放悪役令嬢の薬学スローライフ ~断罪されたら、そこは未知の薬草宝庫(ランクS)でした。知識チートでポーション作ってたら、王都のパンデミックを救う羽目に~ -第二部(11章~20章)追加しました- 【あらすじ】 「貴様を追放する! 魔物の巣窟『霧深き森』で、朽ち果てるがいい!」 王太子の婚約者ソフィアは、卒業パーティーで断罪された。 しかし、その顔に絶望はなかった。なぜなら、その「断罪劇」こそが、彼女の完璧な計画だったからだ。 彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。 追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった! 石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。 【主な登場人物】 ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。 ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。 アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。 リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。 ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。 【読みどころ】 「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。

【完結】特別な力で国を守っていた〈防国姫〉の私、愚王と愚妹に王宮追放されたのでスパダリ従者と旅に出ます。一方で愚王と愚妹は破滅する模様

岡崎 剛柔
ファンタジー
◎第17回ファンタジー小説大賞に応募しています。投票していただけると嬉しいです 【あらすじ】  カスケード王国には魔力水晶石と呼ばれる特殊な鉱物が国中に存在しており、その魔力水晶石に特別な魔力を流すことで〈魔素〉による疫病などを防いでいた特別な聖女がいた。  聖女の名前はアメリア・フィンドラル。  国民から〈防国姫〉と呼ばれて尊敬されていた、フィンドラル男爵家の長女としてこの世に生を受けた凛々しい女性だった。 「アメリア・フィンドラル、ちょうどいい機会だからここでお前との婚約を破棄する! いいか、これは現国王である僕ことアントン・カスケードがずっと前から決めていたことだ! だから異議は認めない!」  そんなアメリアは婚約者だった若き国王――アントン・カスケードに公衆の面前で一方的に婚約破棄されてしまう。  婚約破棄された理由は、アメリアの妹であったミーシャの策略だった。  ミーシャはアメリアと同じ〈防国姫〉になれる特別な魔力を発現させたことで、アントンを口説き落としてアメリアとの婚約を破棄させてしまう。  そしてミーシャに骨抜きにされたアントンは、アメリアに王宮からの追放処分を言い渡した。  これにはアメリアもすっかり呆れ、無駄な言い訳をせずに大人しく王宮から出て行った。  やがてアメリアは天才騎士と呼ばれていたリヒト・ジークウォルトを連れて〈放浪医師〉となることを決意する。 〈防国姫〉の任を解かれても、国民たちを守るために自分が持つ医術の知識を活かそうと考えたのだ。  一方、本物の知識と実力を持っていたアメリアを王宮から追放したことで、主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こしてカスケード王国は未曽有の大災害に陥ってしまう。  普通の女性ならば「私と婚約破棄して王宮から追放した報いよ。ざまあ」と喜ぶだろう。  だが、誰よりも優しい心と気高い信念を持っていたアメリアは違った。  カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。  些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。

無能だと追放された錬金術師ですが、辺境でゴミ素材から「万能ポーション」を精製したら、最強の辺境伯に溺愛され、いつの間にか世界を救っていました

メルファン
恋愛
「攻撃魔法も作れない欠陥品」「役立たずの香り屋」 侯爵令嬢リーシェの錬金術は、なぜか「ポーション」や「魔法具」ではなく、「ただの石鹸」や「美味しい調味料」にしかなりませんでした。才能ある妹が「聖女」として覚醒したことで、役立たずのレッテルを貼られたリーシェは、家を追放されてしまいます。 行きついた先は、魔物が多く住み着き、誰も近づかない北の辺境伯領。 リーシェは静かにスローライフを送ろうと、持参したわずかな道具で薬草を採取し、日々の糧を得ようとします。しかし、彼女の「無能な錬金術」は、この辺境の地でこそ真価を発揮し始めたのです。 辺境のゴミ素材から、領民を悩ませていた疫病の特効薬を精製! 普通の雑草から、兵士たちの疲労を瞬時に回復させる「万能ポーション」を大量生産! 魔物の残骸から、辺境伯の呪いを解くための「鍵」となる物質を発見! リーシェが精製する日用品や調味料は、辺境の暮らしを豊かにし、貧しい領民たちに笑顔を取り戻させました。いつの間にか、彼女の錬金術に心酔した領民や、可愛らしい魔獣たちが集まり始めます。 そして、彼女の才能に気づいたのは、この地を治める「孤高の美男辺境伯」ディーンでした。 彼は、かつて公爵の地位と引き換えに呪いを受けた不遇な英雄。リーシェの錬金術が、その呪いを解く唯一の鍵だと知るや否や、彼女を熱烈に保護し、やがて溺愛し始めます。 「君の錬金術は、この世界で最も尊い。君こそが、私にとっての『生命線』だ」 一方、リーシェを追放した王都は、優秀な錬金術師を失ったことで、ポーション不足と疫病で徐々に衰退。助けを求めて使者が辺境伯領にやってきますが、時すでに遅し。 「我が妻は、あなた方の命を救うためだけに錬金術を施すほど暇ではない」 これは、追放された錬金術師が、自らの知識とスキルで辺境を豊かにし、愛する人と家族を築き、最終的に世界を救う、スローライフ×成り上がり×溺愛の長編物語。

出来損ないと虐げられた公爵令嬢、前世の記憶で古代魔法を再現し最強になる~私を捨てた国が助けを求めてきても、もう隣で守ってくれる人がいますので

夏見ナイ
ファンタジー
ヴァインベルク公爵家のエリアーナは、魔力ゼロの『出来損ない』として家族に虐げられる日々を送っていた。16歳の誕生日、兄に突き落とされた衝撃で、彼女は前世の記憶――物理学を学ぶ日本の女子大生だったことを思い出す。 「この世界の魔法は、物理法則で再現できる!」 前世の知識を武器に、虐げられた運命を覆すことを決意したエリアーナ。そんな彼女の類稀なる才能に唯一気づいたのは、『氷の悪魔』と畏れられる冷徹な辺境伯カイドだった。 彼に守られ、その頭脳で自身を蔑んだ者たちを見返していく痛快逆転ストーリー!

追放された宮廷薬師、科学の力で不毛の地を救い、聡明な第二王子に溺愛される

希羽
ファンタジー
王国の土地が「灰色枯病」に蝕まれる中、若干25歳で宮廷薬師長に就任したばかりの天才リンは、その原因が「神の祟り」ではなく「土壌疲弊」であるという科学的真実を突き止める。しかし、錬金術による安易な「奇跡」にすがりたい国王と、彼女を妬む者たちの陰謀によって、リンは国を侮辱した反逆者の濡れ衣を着せられ、最も不毛な土地「灰の地」へ追放されてしまう。 ​すべてを奪われた彼女に残されたのは、膨大な科学知識だけだった。絶望の地で、リンは化学、物理学、植物学を駆使して生存基盤を確立し、やがて同じく見捨てられた者たちと共に、豊かな共同体「聖域」をゼロから築き上げていく。 ​その様子を影から見守り、心を痛めていたのは、第二王子アルジェント。宮廷で唯一リンの価値を理解しながらも、彼女の追放を止められなかった無力な王子だった。

公爵家を追い出された地味令嬢、辺境のドラゴンに嫁ぎます!

タマ マコト
ファンタジー
公爵家の三女ローザ・アーデルハイトは、華やかな姉たちの陰で「家の恥」と疎まれ、無垢な心のまま追放される。 縁談という名の追放先は――人が恐れる辺境、霧深き竜の領地。 絶望の果てで彼女は、冷たい銀の瞳を持つ竜の化身・カイゼルと出会う。 恐怖の代わりに、ローザの胸に芽生えたのは奇妙な安らぎだった。 それはまだ名もなき“始まり”の感情。 ――この出会いが、滅びか救いかも知らぬままに。

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

処理中です...