悪役令嬢は辺境で農業革命を起こす~追放された私が知識チートで会社を作り、気づけば国ごと豊かにしちゃいました~

黒崎隼人

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第3章:土との対話、頑固な師との出会い

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 屋敷の裏手に広がる荒れ地は、リリアーナの新たな戦場となった。朝、鳥のさえずりと共に目覚め、夜、星が空に満ちるまで、彼女はひたすら土と向き合った。まず取り掛かったのは、開墾作業。貴族令嬢の柔な手にはあまりにも過酷な労働だった。

 ドレスを動きやすい古着に着替え、髪を無造作に束ねる。最初は鍬の使い方も分からず、何度も手にマメを作り、潰した。雑草の根はしぶとく土に張り付き、掘り起こした土の中からは、石がごろごろと出てくる。全身は筋肉痛で悲鳴を上げ、泥と汗にまみれた姿は、もはや公爵令嬢の面影すらなかった。

 村人たちは、そんなリリアーナの姿を遠巻きに眺めては、嘲笑うかのように囁き合っていた。
「見ろよ、あのお姫様が土いじりだ」
「どうせ三日もすれば音を上げるに決まってる」
 彼らにとって、貴族とは民から搾取するだけの存在。自ら汗を流して働く姿など、滑稽な見世物でしかなかった。

 しかし、リリアーナの決意は揺るがなかった。彼女は村人たちの視線を意に介さず、黙々と作業を続けた。土を耕し、石を取り除き、前世の知識を頼りに畝を作る。一つ一つの作業が、彼女に「生きている」という実感を与えてくれた。これは、誰かにやらされている仕事ではない。自分の未来を、自分の手で切り開いているのだ。

 そんなある日の午後、リリアーナが木陰で汗を拭っていると、一人の老人がずかずかと近づいてきた。日に焼けた肌、節くれだった大きな手、そして、全てを見透かすような鋭い眼光。村で何度か見かけた、一際気難しそうな顔つきの老人だった。

「嬢ちゃん、そんなやり方じゃ、日が暮れるどころか年が明けても終わりゃしねえぞ」

 ぶっきらぼうな声だった。老人は、リリアーナが作った歪な畝を一瞥すると、深いため息をついた。

「ここはただの荒れ地じゃねえ。昔から、何を作ってもまともに育たねえ『呪われた土地』だ。諦めて王都に帰りな」
「……お名前を、お伺いしても?」
 リリアーナは老人の棘のある言葉にも動じず、静かに問い返した。
「……トーマスだ」
 老人は、トーマスと名乗った。彼は、この村で最も長く農業を営む男だった。

「トーマスさん。私は帰りません。この土地で、自分の食べるものを自分で作るんです」
 リリアーナの真っ直ぐな瞳に、トーマスは一瞬たじろいだ。
「馬鹿なことを。貴族の嬢ちゃんに何ができる」
「できるかできないか、やってみなければ分かりません。それに、この土は死んでいません」

 リリアーナは地面の土をひとつかみし、トーマスに差し出した。
「見てください。黒くて、湿り気がある。それに、ミミズだっています。やり方さえ間違えなければ、きっと豊かな実りをもたらしてくれるはずです」

 彼女が語ったのは、前世で学んだ土壌学の初歩的な知識だった。土の色、湿度、そして生物の存在。それらが土壌の豊かさを示す指標になること。

 トーマスは、リリアーナの言葉と、その自信に満ちた眼差しに目を見張った。彼は長年の経験から、この土地の扱いが難しいことは知っていたが、ここまで論理的に土の状態を語る者に出会ったのは初めてだった。ましてや、それが追放されてきた貴族の令嬢だとは。

 彼はしばらく無言でリリアーナの顔と、彼女が掘り返した土を交互に見ていたが、やがて、諦めたように大きなため息をついた。
「……鍬を貸してみな」

 トーマスはリリアーナから鍬を受け取ると、驚くほど軽やかな動きで土を打ち始めた。力の入れ方、体の使い方、土を返す角度。全てがリリアーナとは全く違う、洗練された動きだった。

「土を耕すってのは、力任せにやるもんじゃねえ。土の声を聞き、流れに逆らわずに体を動かすんだ。こうやってな」

 トーマスの指導は、厳しく、口も悪かった。しかし、その言葉の端々には、長年土と共に生きてきた者だけが持つ、深い知識と愛情が滲んでいた。リリアーナは、彼の言葉を一言も聞き漏らすまいと、真剣に耳を傾けた。

 かつて王都で農業技術を研究していたが、保守的な貴族に疎まれてこの村へ追いやられたというトーマスの過去を、リリアーナはまだ知らない。トーマスもまた、リリアーナの瞳の奥に、かつての自分と同じ情熱の炎が燃えていることに、気づき始めていた。

 こうして、元悪役令嬢と頑固な老農夫という、奇妙な師弟関係が始まった。土との対話は、二人を繋ぐ絆となり、荒れ果てた土地に、確かな希望の光を灯し始めていた。
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