十二回の死を繰り返した悪役令嬢、破滅回避は諦めました。世界のバグである司書と手を組み、女神の狂ったシナリオをぶっ壊します

黒崎隼人

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第9話「最後の夜会」

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 断罪の前夜。
 その夜は奇妙なほど静かだった。牢獄の窓から見える月は血のように赤く、不吉な光を地上に投げかけていた。まるで明日の舞台を祝福しているかのようだ。
 オフィーリアは硬いベッドの上に座り、来るべき時を待っていた。心は嵐の前の静けさのように、穏やかに凪いでいた。
 そこへ、予期せぬ訪問者があった。
 重い扉が開かれ現れたのは、侍女の服を着た見知らぬ女だった。だがオフィーリアはその女の瞳を見て、すぐに誰だか分かった。

「レオン……」

「しーっ。大声を出さないでください。色々面倒なんですから」

 侍女に変装したレオンは悪戯っぽく笑いながら、手にした盆をテーブルに置いた。そこにはささやかな食事と一本の葡萄酒が載せられている。

「最後の晩餐、というわけですか。気が利きますね」

「まあ、そんなところです。それに最後の打ち合わせもしておきたかった」

 彼は周囲に強力な認識阻害の魔術を展開しながら、手早く部屋の隅に小さな装置を設置した。おそらく女神の観測を逸らすためのものだろう。その手際の良さは、彼がこの七回のループでどれだけ周到な準備を重ねてきたかを物語っていた。

「時間停止の術はほぼ完成しました。ですが発動できるのは本当に一瞬。長くて三秒といったところでしょう。その間に聖域への扉をくぐらなければならない」

「三秒……。ずいぶんと短いのね」

「神の御業に逆らうのですから、これが限界です。処刑台に立ったあなたに私が合図を送ります。風が、一瞬だけ止まる。それが術の発動の兆候です。それを感じたら迷わず意識を聖域へと集中させてください。あなたの魂が扉への鍵となり、私の魔術がその扉をこじ開ける」

 レオンの説明は淡々としていたが、その声には確かな緊張が滲んでいた。成功率五割の危険な賭け。その重圧は計り知れない。

「分かったわ。風が、止まる時ね」

 オフィーリアはその言葉を胸に刻んだ。
 二人はグラスに葡萄酒を注ぎ、静かに乾杯した。赤ワインがまるで血のように見える。

「もし……もし私たちが失敗したら、どうなるのかしら」

 オフィーリアはふと、口にしていた。弱気になったわけではない。ただ純粋な好奇心だった。

「さあ。私はシステムの反動で消滅するでしょうね。あなたは……また次のループが始まるのかもしれない。あるいはイレギュラーとして完全に排除され、今度こそ本当の無に帰るか」

 レオンは肩をすくめた。

「どちらにせよ、女神の筋書き通りでないことだけは確かですよ」

 その言葉にオフィーリアは小さく笑った。そうだ、それだけで十分だった。自分たちの行動が、あの傲慢な脚本家の顔を少しでも歪ませることができるのなら。

「レオン。あなたはどうして、ここまでしてこの世界を壊したいの?」

 ずっと聞きたかったことだった。彼がループしていることは知っている。だがその動機までは深く聞いたことがなかった。
 レオンはグラスの中の赤い液体を見つめ、少しだけ遠い目をした。

「……昔、私にも家族がいました。ごく普通の、しがない司書の家に生まれた平凡な男でした。本が好きで、静かな人生を送れればそれで満足だった」

 彼の声は静かだったが、その奥に深い哀しみが横たわっていた。

「でも、あるループで流行り病が国を襲った。女神が物語に『悲劇』というスパイスを加えるために、気まぐれに起こした災害でした。私の両親も妹も、あっけなく死んだ。泣き叫ぶ私の前で人々は『これも女神様のお導きだ』と祈りを捧げていた。その時、悟ったんです。この世界は根本から狂っている、と」

 彼の個人的な復讐。だがオフィーリアはそれを責める気にはなれなかった。誰だってそんな理不尽を突きつけられたら、神を呪うだろう。

「それからですよ。世界の真実を探し始めたのは。最初は家族を取り戻したかった。でも真実を知るうちに分かってしまった。たとえループを繰り返して彼らを救ったとしても、それは女神の掌の上での一時的な安寧でしかない。本当の救済は、この箱庭そのものを破壊する以外にないのだ、と」

 彼はグラスを一気に煽った。

「あなたに会うまで、ずっと一人でした。狂っているのは自分の方ではないかと何度も思った。でもあなたは、私と同じ目を持っていた。あの聖堂で、全てを諦め全てを嘲笑う、あの冷たい瞳を見た時……確信したんです。この人となら世界を終わらせられる、と」

 レオンは初めてオフィーリアに弱さを見せた。それは孤独な戦いを続けてきた男が、唯一の同志にだけ見せる素顔だった。

「……そう。私も、あなたを見つけた時、そう思ったわ」

 オフィーリアも静かに応じた。

「もう一人で死ぬのは、うんざりだったから」

 言葉は少なかった。だが二人の間にはそれだけで十分な、深い理解と連帯感が流れていた。それは恋人でも友人でも家族でもない。もっと根源的で切実な繋がり。
 運命という名の鎖を共に断ち切る、たった二人の共犯者。

 やがてレオンは立ち上がった。

「さて、長居は無用だ。そろそろ失礼しますよ」

 彼は手早く全てを片付けると、再び侍女の仮面を被った。

「では、また明日。舞台の上でお会いしましょう。オフィーリア」

「ええ。最高のフィナーレを飾りましょう。レオン」

 扉が閉まり、牢獄に再び静寂が訪れる。
 オフィーリアは窓の外の赤い月を見上げた。
 最後の夜会は終わった。
 明日、このくだらない物語に終止符を打つ。
 彼女の心にはもはや一片の迷いもなかった。
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