十二回の死を繰り返した悪役令嬢、破滅回避は諦めました。世界のバグである司書と手を組み、女神の狂ったシナリオをぶっ壊します

黒崎隼人

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第10話「喝采なき断頭台」

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 断罪の日の朝は、皮肉なほどに晴れ渡っていた。空の青さが目に痛い。
 オフィーリアは兵士たちに連れられ牢獄を出た。向かう先は、見慣れた大聖堂。十九回目の最後の舞台だ。
 沿道には彼女を一目見ようと多くの民衆が集まっていた。彼らの顔には憎悪、好奇、そして憐憫、様々な感情が浮かんでいる。彼らもまた女神の筋書きに踊らされている、哀れな観客だった。

「悪女め!」「聖女様に謝れ!」

 罵声が石つぶてのように飛んでくる。だがオフィーリアの心はもはや少しも揺らがなかった。彼女は真っすぐ前を見据え、毅然とした足取りで歩き続けた。その姿は罪人というより、むしろ何かの儀式に臨む巫女のようでもあった。

 大聖堂の巨大な扉が開かれる。
 内部は貴族たちで埋め尽くされていた。その中央、祭壇の前に断頭台が鎮座しているのが見えた。冷たく鈍い光を放つその刃が、彼女の運命の終着点。
 壇上には国王と、そしてユリウス王子が座っている。彼の隣には純白のドレスを纏ったリリアンヌが、悲劇のヒロイン然とした表情で佇んでいた。
 オフィーリアはゆっくりと中央通路を進み、壇上でひざまずいた。

「オフィーリア・フォン・ヴァインベルク。そなたの聖女リリアンヌ様への毒殺未遂の罪は、断じて許されるものではない。何か、最後に言い残すことはあるか」

 ユリウスの声は震えていた。彼の完璧な仮面は、もうほとんど意味をなしていない。彼は目の前で起きていることがただの筋書きではない、何か取り返しのつかないことなのだと、本能的に感じ取っていた。

 リリアンヌはうつむき、か弱く肩を震わせている。だがオフィーリアには分かった。その瞳は歓喜に爛々と輝いている。自分の勝利とオフィーリアの破滅を、心の底から味わっているのだ。

 そしてオフィーリアの背後にはアレスが、処刑執行人として控えていた。彼は固く目を閉じ唇を噛み締めている。オフィーリアが最後に投げかけた「真実を見極めろ」という言葉が、彼の心を蝕んでいた。彼の剣は今、重い迷いを宿している。

 オフィーリアはゆっくりと顔を上げた。その表情は穏やかでさえあった。

「言い残すこと、ですか。……ええ、一つだけ」

 彼女は聖堂内にいる全ての人々を見渡した。そしてはっきりと、澄んだ声で告げた。

「皆様。この世界は、偽りです」

 その一言に聖堂は水を打ったように静まり返った。

「我々は皆、誰かの描いた物語の上で踊る哀れな人形に過ぎない。王子も、聖女も、騎士も、そしてここにいる全ての者たちが。この悲劇も全ては、我々を観て楽しむ残酷な観客のための余興なのです」

「な……何を、言っている……!」

 ユリウスが動揺を隠せずに叫ぶ。貴族たちもざわめき始める。

「ですがその物語も今日で終わり。私はこの命をもって、このくだらない舞台の幕を下ろしましょう」

 オフィーリアは満足げに微笑んだ。最後の種は蒔かれた。人々の心に「疑い」という、小さな、しかし強力な種が。
 彼女は自ら立ち上がると処刑台の方へと歩み寄り、何の抵抗もなく断頭台に首を差し出した。

「さあ、アレス。執行なさい。それがあなたの『役割』なのでしょう?」

 その言葉はアレスにとって最後の引き金となった。彼の目に苦悩と、そして初めての明確な反逆の色が浮かんだ。

「……断る」

 アレスは低い声でつぶやいた。

「私はもはや誰かの操り人形ではない。私は私の意志で、真実を……」

 だが彼の言葉は最後まで続かなかった。彼の背後から近衛騎士団の別の騎士がアレスを殴りつけ、気絶させたのだ。王の差し金だろう。筋書きにない行動は許されない。
 代わりの執行人が無感情に剣を構えた。

「さらばだ、悪役令嬢」

 その声は冷たく無機質だった。
 オフィーリアは静かに目を閉じた。
 これでいい。
 彼女は意識を研ぎ澄ませた。レオンの合図を待つ。
 執行人の剣が高く振り上げられる。聖堂のステンドグラスの光を反射し、きらりと輝いた。
 刃が風を切り、振り下ろされる。
 死がすぐそこまで迫っている。

 その、瞬間。
 ぴたりと空気が止まった。
 聖堂内を満たしていたかすかな空気の流れ、人々の息遣い、ランプの炎の揺らめき、その全てが完全に静止した。
 風が止まった。

『今だ!』

 レオンの声が頭の中に響き渡る。
 オフィーリアはありったけの精神力で扉をイメージした。処刑される自分の魂がこの世界から解き放たれ、その先にある未知の空間へと続く扉を。
 目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。まるで水面のように波打ち、黒い亀裂が走る。
 それが聖域への扉。

「行くわよ、レオン!」

 オフィーリアが叫ぶと同時に、祭壇脇の聖歌隊席の影から、一人の男が飛び出した。聖歌隊のローブをかなぐり捨て、隠し持っていた短杖を構えるレオンだ。彼はあらかじめ変装し、この瞬間のために至近距離に潜んでいたのだ。
 彼は躊躇なく祭壇へと駆け上がり、オフィーリアの手を強く掴んだ。

「ええ、行きましょう。我々の、新しい物語へ!」

 二人はためらうことなく空間の亀裂へと、その身を投じた。
 その直後、停止していた時間が再び動き出す。
 振り下ろされた刃は、しかし斬るべき対象を失い、空しく断頭台の木材に突き刺さった。
 オフィーリア・フォン・ヴァインベルクの姿は忽然と消えていた。
 残されたのは、静まり返る聖堂と、何が起きたのか理解できずに立ち尽くす物語の登場人物たちだけ。

 喝采なき断頭台の上で、悪役令嬢はその役割を終えた。
 いや、自らの意志で放棄したのだ。
 世界の終わりと始まりの扉を開くために。
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