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第1章:茶番劇の終幕と、未来への離婚届
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エルグランド王国の王宮、その中でも最も格式高い「星見の間」は、今、異様な熱気に包まれていた。煌びやかなシャンデリアの光が、集まった貴族たちの華やかな衣装と、彼らの顔に浮かぶ醜い好奇心をギラギラと照らし出している。
舞台の中央に立つのは、この国の王太子アルフォンス・フォン・エルグランド。彼は、今にも泣き出しそうな可憐な少女――自称聖女リナを腕の中に庇いながら、もう一人の女性を糾弾していた。
「ロゼリア・フォン・ヴェルフェン! 貴様はなんて女だ! この国に現れた聖女リナ様に対し、嫉妬心から数々の嫌がらせを行い、その心を深く傷つけた! その罪、万死に値する!」
アルフォンスの指差す先には、彼の婚約者であるロゼリアが、ただ一人、静かに佇んでいた。濡れ衣だ。リナがアルフォンスに近づいてからというもの、彼女は常にロゼリアを陥れるための小さな嘘を積み重ねてきた。そして今日、それが頂点に達したのだ。
周囲の貴族たちは、王太子の言葉を鵜呑みにし、ヒソヒソと囁き合う。「まあ、なんて恐ろしい」「公爵令嬢ともあろう方が」「聖女様がお可哀想に」。同情はすべて、リナの偽りの涙に注がれる。
しかし、渦中のロゼリアは、少しも動じる気配を見せなかった。背筋をすっと伸ばし、その美しいアイスブルーの瞳で、目の前の茶番劇を冷ややかに見つめている。ヴェルフェン公爵家の令嬢としての誇りが、彼女に弱さを見せることを許さない。
やがて、彼女はゆっくりと唇を開いた。その声は、鈴の音のように凛と響き渡る。
「殿下。そのお粗末な茶番は、いつまで続けられるおつもりですの?」
予想外の反撃に、アルフォンスが一瞬たじろぐ。リナの瞳にも動揺が走った。もっと取り乱し、泣き喚き、弁解するとでも思っていたのだろう。
「な、なんだと! この期に及んで、まだ白を切るつもりか!」
「白も黒もございませんわ。そこにおられるのは、殿方が心酔する『聖女』様なのでしょう? でしたら、私の罪など、その聖なる力で見通せるはずですわね。どうぞ、皆様の前でご神託を賜ればよろしいのではなくて?」
ロゼリアの理路整然とした反論に、リナは顔を青くしてアルフォンスの腕にさらに強くしがみつく。「ひっ……ろ、ロゼリア様が怖いです……」。その姿が、アルフォンスの庇護欲と、ロゼリアへの憎悪をさらに煽った。
「黙れ! リナを怯えさせるな! もはや貴様との婚約は破棄する! そして、聖女様を虐げた罰として、貴様を辺境の地『灰色の谷』へ追放することを決定する!」
婚約破棄、そして追放。令嬢にとって、これ以上の屈辱はない。貴族たちが「当然の報いだ」と満足げに頷く中、ロゼリアは小さく息を吐き、そして、ふっと微笑んだ。その表情は、絶望とはほど遠い。
「承知いたしました。ですが殿下、一つ訂正が」
彼女はそう言うと、ドレスの懐から一枚の羊皮紙を優雅に取り出した。
「これは『婚約破棄』ではございません。わたくしから、殿下との関係を終わらせていただきます」
ロゼリアが広げた羊皮紙には、見事な筆跡でこう記されていた。『離婚届』と。
エルグランド王国の法律では、婚約も婚姻に準ずる契約と見なされ、双方の合意がなくとも、法的に完璧な手続きを踏めば一方的に関係を解消できる。慰謝料請求権の放棄、そして双方の署名欄。ロゼリアはすでに、自分の名前をそこに記していた。
「わたくしは、あなた様の妃になるつもりなど、とうの昔に失せておりましたの。慰謝料も結構ですわ。ヴェルフェン公爵家の財産は、王家のそれよりも豊かですので。ただ一つだけ。二度と、わたくしの前にそのお顔を見せないでくださいませ」
あまりに毅然とした、そして完璧な反撃に、アルフォンスとリナは唖然として言葉を失う。貴族たちも、呆気に取られて舞台の上の三人を見つめるだけだ。計画通りにロゼリアを断罪し、惨めな姿を晒してやったはずが、どうしてこうなったのか。アルフォンスには理解ができなかった。
玉座から静観していた国王が、重々しく口を開いた。
「……ロゼリア嬢の追放は決定とする。だが、ヴェルフェン公爵家への咎めはなしだ。アルフォンス、お前もそれで良いな」
その声には、息子への呆れと、ロゼリアへの憐れみが滲んでいた。
「は、はい、父上!」
アルフォンスは、屈辱に顔を歪ませながらも頷くことしかできない。
ロゼリアは、優雅に一礼すると、誰にエスコートされることもなく、たった一人で「星見の間」を後にした。その背中は、敗者のそれではなかった。むしろ、しがらみから解放され、新たな未来へと歩き出す、希望に満ちた勝者のように見えた。扉が閉まる直前、彼女の顔には、清々しいほどの笑みが浮かんでいた。
舞台の中央に立つのは、この国の王太子アルフォンス・フォン・エルグランド。彼は、今にも泣き出しそうな可憐な少女――自称聖女リナを腕の中に庇いながら、もう一人の女性を糾弾していた。
「ロゼリア・フォン・ヴェルフェン! 貴様はなんて女だ! この国に現れた聖女リナ様に対し、嫉妬心から数々の嫌がらせを行い、その心を深く傷つけた! その罪、万死に値する!」
アルフォンスの指差す先には、彼の婚約者であるロゼリアが、ただ一人、静かに佇んでいた。濡れ衣だ。リナがアルフォンスに近づいてからというもの、彼女は常にロゼリアを陥れるための小さな嘘を積み重ねてきた。そして今日、それが頂点に達したのだ。
周囲の貴族たちは、王太子の言葉を鵜呑みにし、ヒソヒソと囁き合う。「まあ、なんて恐ろしい」「公爵令嬢ともあろう方が」「聖女様がお可哀想に」。同情はすべて、リナの偽りの涙に注がれる。
しかし、渦中のロゼリアは、少しも動じる気配を見せなかった。背筋をすっと伸ばし、その美しいアイスブルーの瞳で、目の前の茶番劇を冷ややかに見つめている。ヴェルフェン公爵家の令嬢としての誇りが、彼女に弱さを見せることを許さない。
やがて、彼女はゆっくりと唇を開いた。その声は、鈴の音のように凛と響き渡る。
「殿下。そのお粗末な茶番は、いつまで続けられるおつもりですの?」
予想外の反撃に、アルフォンスが一瞬たじろぐ。リナの瞳にも動揺が走った。もっと取り乱し、泣き喚き、弁解するとでも思っていたのだろう。
「な、なんだと! この期に及んで、まだ白を切るつもりか!」
「白も黒もございませんわ。そこにおられるのは、殿方が心酔する『聖女』様なのでしょう? でしたら、私の罪など、その聖なる力で見通せるはずですわね。どうぞ、皆様の前でご神託を賜ればよろしいのではなくて?」
ロゼリアの理路整然とした反論に、リナは顔を青くしてアルフォンスの腕にさらに強くしがみつく。「ひっ……ろ、ロゼリア様が怖いです……」。その姿が、アルフォンスの庇護欲と、ロゼリアへの憎悪をさらに煽った。
「黙れ! リナを怯えさせるな! もはや貴様との婚約は破棄する! そして、聖女様を虐げた罰として、貴様を辺境の地『灰色の谷』へ追放することを決定する!」
婚約破棄、そして追放。令嬢にとって、これ以上の屈辱はない。貴族たちが「当然の報いだ」と満足げに頷く中、ロゼリアは小さく息を吐き、そして、ふっと微笑んだ。その表情は、絶望とはほど遠い。
「承知いたしました。ですが殿下、一つ訂正が」
彼女はそう言うと、ドレスの懐から一枚の羊皮紙を優雅に取り出した。
「これは『婚約破棄』ではございません。わたくしから、殿下との関係を終わらせていただきます」
ロゼリアが広げた羊皮紙には、見事な筆跡でこう記されていた。『離婚届』と。
エルグランド王国の法律では、婚約も婚姻に準ずる契約と見なされ、双方の合意がなくとも、法的に完璧な手続きを踏めば一方的に関係を解消できる。慰謝料請求権の放棄、そして双方の署名欄。ロゼリアはすでに、自分の名前をそこに記していた。
「わたくしは、あなた様の妃になるつもりなど、とうの昔に失せておりましたの。慰謝料も結構ですわ。ヴェルフェン公爵家の財産は、王家のそれよりも豊かですので。ただ一つだけ。二度と、わたくしの前にそのお顔を見せないでくださいませ」
あまりに毅然とした、そして完璧な反撃に、アルフォンスとリナは唖然として言葉を失う。貴族たちも、呆気に取られて舞台の上の三人を見つめるだけだ。計画通りにロゼリアを断罪し、惨めな姿を晒してやったはずが、どうしてこうなったのか。アルフォンスには理解ができなかった。
玉座から静観していた国王が、重々しく口を開いた。
「……ロゼリア嬢の追放は決定とする。だが、ヴェルフェン公爵家への咎めはなしだ。アルフォンス、お前もそれで良いな」
その声には、息子への呆れと、ロゼリアへの憐れみが滲んでいた。
「は、はい、父上!」
アルフォンスは、屈辱に顔を歪ませながらも頷くことしかできない。
ロゼリアは、優雅に一礼すると、誰にエスコートされることもなく、たった一人で「星見の間」を後にした。その背中は、敗者のそれではなかった。むしろ、しがらみから解放され、新たな未来へと歩き出す、希望に満ちた勝者のように見えた。扉が閉まる直前、彼女の顔には、清々しいほどの笑みが浮かんでいた。
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