元悪役令嬢、偽聖女に婚約破棄され追放されたけど、前世の農業知識で辺境から成り上がって新しい国の母になりました

黒崎隼人

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第10章:届かぬ後悔と、燃え盛る嫉妬の炎

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「辺境の女神、ロゼリア」――その名は、今や王都の民衆の間でも、一種の伝説として語られるようになっていた。曰く、彼女が触れた不毛の大地は豊かな畑に変わり、彼女が微笑めば作物は豊かに実る、と。それは、苦しい生活を送る人々にとって、唯一の希望の物語だった。
 その噂は、当然、王太子アルフォンスの耳にも届いていた。彼は執務室で、辺境領の信じがたいほどの繁栄を記した報告書を握りしめ、わなわなと震えていた。
「馬鹿な……ありえん! あの女が、追放されたあのロゼリアが、このようなことを成し遂げるはずがない!」
 自分が捨てた女。惨めに辺境で朽ち果てると思っていた女が、自分には到底できなかった国の立て直しを、いとも容易く成し遂げている。その事実は、彼のガラスのように脆いプライドを、粉々に打ち砕いた。
 アルフォンスの心に渦巻くのは、後悔、ではなかった。それは、醜く歪んだ嫉妬と、逆恨みの憎悪だった。なぜだ。なぜ、自分ではなく、あの女が称賛されているのだ。聖女リナがいれば、この国は安泰なはずではなかったのか。
 彼の焦りは、日増しに強くなっていた。彼は毎晩のように悪夢にうなされた。夢の中で、民衆は自分ではなくロゼリアの名を呼び、彼女にひざまずくのだ。その隣で、自分は石を投げつけられている。
 その焦燥は、聖女リナも同じだった。いや、彼女の場合は、もっと切実な恐怖を伴っていた。
「アルフォンス様、あんな噂、嘘に決まっていますわ! きっと、ロゼリアが何か卑怯な手を使っているのです!」
 リナは、アルフォンスの腕にすがりついて訴えた。彼女の可憐な顔は、嫉妬の炎で醜く歪んでいる。自分の偽りが暴かれることへの恐怖。そして、自分以上に民衆の支持を集めるロゼリアへの、どす黒い憎しみ。
 自分が手に入れたはずの栄光。王太子の寵愛。聖女という地位。その全てを、遠い辺境の地にいるロゼリアに奪われてしまうような気がして、彼女は気が狂いそうだった。
「そうですわ、きっと悪魔と契約したのに違いありません! でなければ、あんな奇跡が起こるはずがありませんもの!」
 リナは、自分のことを棚に上げて、必死にロゼリアを貶めようとする。アルフォンスは、そんなリナの言葉に、待ってましたとばかりに飛びついた。
「そうだ、そうに違いない! ロゼリアは魔女だったのだ! それでこそ辻褄が合う!」
 彼らは、自分たちの無能さと過ちを認めることができなかった。だから、全ての責任をロゼリアに押し付けることで、心の平穏を保とうとした。それは、あまりにも愚かで、哀れな自己欺瞞だった。
「許せん……。私が捨てた女が、私のものになるはずだった名声を奪うなど、断じて許せるものか!」
 アルフォンスの瞳に、狂気の光が宿る。彼は、もはや正気ではなかった。後悔という感情は、彼の辞書にはない。あるのは、傷つけられた自尊心と、ロゼリアへの憎悪だけだ。
 彼は、いつか必ず、ロゼリアをその足元にひざまずかせ、自分の偉大さを認めさせてやると心に誓った。それが、どれほど愚かで、破滅的な考えであるか、気づくことさえできずに。
 王都では、偽りの聖女と愚かな王子が、届かぬ嫉妬の炎にその身を焦がしていた。その炎が、やがて王国そのものを焼き尽くすことになるのを、彼らはまだ知らない。
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