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第11章:公国の礎と、静かに育まれた愛
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辺境伯領は、もはや「辺境」という言葉が似つかわしくないほど、豊かで文化的な地域へと変貌を遂げていた。潤沢な資金を元に、ロゼリアは次々と新しい施設を建設していった。
全ての子供たちが読み書きと計算を学べるように、領内の各村に学校が作られた。そこでは、農業の基礎知識も教えられた。病や怪我で苦しむ領民のために、薬草院を兼ねた診療所も設立された。民の生活水準は、今や食糧難にあえぐ王都を凌ぐほどになっていた。
バルトロ辺境伯は、領地の統治に関する権限のほとんどを、ロゼリアに委任していた。彼女は事実上の領主代理として、領民から絶大な信頼と愛情を寄せられていた。
そして、そんな彼女の傍らには、常にカイの姿があった。
共に土を耕し、水路を設計し、商人たちと交渉し、領地の未来を語り合う。数え切れないほどの苦難と喜びを分かち合う中で、二人の間には、言葉にしなくても分かる、確かな愛情が静かに、しかし深く育まれていた。
ロゼリアにとって、カイは最高のパートナーだった。彼のぶっきらぼうな優しさ、土と民を愛する実直さ、そして時折見せる少年のような笑顔が、彼女の心を癒し、支えてくれた。
カイにとっても、ロゼリアはかけがえのない存在だった。彼女の聡明さ、逆境に屈しない強さ、そして全てを包み込むような温かさに、彼は生まれて初めて、守りたいと思える人を見つけたのだ。
ある月の美しい夜。ロゼリアとカイは、新しく完成した灌漑用の貯水池のほとりで、二人きりで静かな時間を過ごしていた。水面に映る月を眺めながら、ロゼリアがぽつりと呟いた。
「ここに来たばかりの頃は、本当にどうなることかと思ったけれど……今では、ここが私の故郷のような気がするわ」
「……あんたが、そうしてくれたんだ」
カイは、いつものようにぶっきらぼうに答えながらも、その声はひどく優しかった。彼はしばらくためらった後、意を決したように口を開いた。
「ロゼリア。あんたに、話しておかなければならないことがある」
改まったカイの口調に、ロゼリアは彼の顔を見つめた。月明かりの下、彼の表情は真剣そのものだった。
「俺は……カイ・シルベストリ。シルベストリ家は、かつてこの土地を治めていた領主の一族だ。だが、百年ほど前、当時の王家との政争に敗れ、爵位も領地も全て取り上げられた。俺は、その没落貴族の、しがない末裔ってわけだ」
それは、ロゼリアも知らなかった事実だった。どうりで、彼がこの土地に誰よりも詳しかったわけだ。彼の血が、この土地を覚えていたのだ。
「ずっと、燻っていた。いつか先祖の土地を取り戻し、シルベストリ家を再興するんだってな。だが、それはただの夢物語だった。俺一人じゃ、何もできやしなかった」
カイは、ロゼリアの目をまっすぐに見つめた。その鳶色の瞳には、熱い想いが宿っている。
「あんたが現れるまでは。あんたは、俺が夢見ていた以上のものを、この地に築いてくれた。俺に、もう一度夢を見る力をくれたんだ」
彼は、ごつごつとした自分の手で、そっとロゼリアの手に触れた。
「だから、ロゼリア。俺は、あんたと共にこの地を守りたい。あんたと共に、この地の未来を作りたい。そして……あんたと共に、生きていきたい」
それは、不器用な彼が紡いだ、最大限の愛の告白だった。派手な言葉はない。だが、彼の真摯な想いが、痛いほど伝わってくる。
ロゼリアの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。それは、悲しみの涙ではない。喜びと、愛しさと、幸福感がないまぜになった、温かい涙だった。
「カイ……」
彼女は、彼の手に自分の手を重ねた。
「私も……私も、あなたと共に生きたいわ」
月明かりの下、二人は静かに寄り添った。その心は、完全に一つに結ばれていた。この豊かな大地が、二人の愛の誓いの証人だった。彼らが築き上げたこの土地は、やがて、新しい国の礎となる。そして二人は、その国の父と母になる運命にあることを、まだ知らなかった。
全ての子供たちが読み書きと計算を学べるように、領内の各村に学校が作られた。そこでは、農業の基礎知識も教えられた。病や怪我で苦しむ領民のために、薬草院を兼ねた診療所も設立された。民の生活水準は、今や食糧難にあえぐ王都を凌ぐほどになっていた。
バルトロ辺境伯は、領地の統治に関する権限のほとんどを、ロゼリアに委任していた。彼女は事実上の領主代理として、領民から絶大な信頼と愛情を寄せられていた。
そして、そんな彼女の傍らには、常にカイの姿があった。
共に土を耕し、水路を設計し、商人たちと交渉し、領地の未来を語り合う。数え切れないほどの苦難と喜びを分かち合う中で、二人の間には、言葉にしなくても分かる、確かな愛情が静かに、しかし深く育まれていた。
ロゼリアにとって、カイは最高のパートナーだった。彼のぶっきらぼうな優しさ、土と民を愛する実直さ、そして時折見せる少年のような笑顔が、彼女の心を癒し、支えてくれた。
カイにとっても、ロゼリアはかけがえのない存在だった。彼女の聡明さ、逆境に屈しない強さ、そして全てを包み込むような温かさに、彼は生まれて初めて、守りたいと思える人を見つけたのだ。
ある月の美しい夜。ロゼリアとカイは、新しく完成した灌漑用の貯水池のほとりで、二人きりで静かな時間を過ごしていた。水面に映る月を眺めながら、ロゼリアがぽつりと呟いた。
「ここに来たばかりの頃は、本当にどうなることかと思ったけれど……今では、ここが私の故郷のような気がするわ」
「……あんたが、そうしてくれたんだ」
カイは、いつものようにぶっきらぼうに答えながらも、その声はひどく優しかった。彼はしばらくためらった後、意を決したように口を開いた。
「ロゼリア。あんたに、話しておかなければならないことがある」
改まったカイの口調に、ロゼリアは彼の顔を見つめた。月明かりの下、彼の表情は真剣そのものだった。
「俺は……カイ・シルベストリ。シルベストリ家は、かつてこの土地を治めていた領主の一族だ。だが、百年ほど前、当時の王家との政争に敗れ、爵位も領地も全て取り上げられた。俺は、その没落貴族の、しがない末裔ってわけだ」
それは、ロゼリアも知らなかった事実だった。どうりで、彼がこの土地に誰よりも詳しかったわけだ。彼の血が、この土地を覚えていたのだ。
「ずっと、燻っていた。いつか先祖の土地を取り戻し、シルベストリ家を再興するんだってな。だが、それはただの夢物語だった。俺一人じゃ、何もできやしなかった」
カイは、ロゼリアの目をまっすぐに見つめた。その鳶色の瞳には、熱い想いが宿っている。
「あんたが現れるまでは。あんたは、俺が夢見ていた以上のものを、この地に築いてくれた。俺に、もう一度夢を見る力をくれたんだ」
彼は、ごつごつとした自分の手で、そっとロゼリアの手に触れた。
「だから、ロゼリア。俺は、あんたと共にこの地を守りたい。あんたと共に、この地の未来を作りたい。そして……あんたと共に、生きていきたい」
それは、不器用な彼が紡いだ、最大限の愛の告白だった。派手な言葉はない。だが、彼の真摯な想いが、痛いほど伝わってくる。
ロゼリアの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。それは、悲しみの涙ではない。喜びと、愛しさと、幸福感がないまぜになった、温かい涙だった。
「カイ……」
彼女は、彼の手に自分の手を重ねた。
「私も……私も、あなたと共に生きたいわ」
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