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第12話「食の力と砕かれた野望」
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数週間後、ついにその時は来た。ガルニア帝国がアルグランド王国に対して正式に宣戦を布告。十万を超える大軍が、怒涛の勢いで国境を越え侵攻を開始した。
帝国の狙いは短期決戦。王国の防衛体制が整う前に、一気に王都まで攻め落とす算段だった。
迎え撃つ王国軍は、国境の要塞に立てこもり徹底した防衛戦を展開した。帝国軍の猛攻は凄まじく、要塞は何度も陥落の危機に瀕した。しかし王国軍の兵士たちは、驚異的な粘り強さで持ちこたえた。
その粘りを支えていたのが、カイトの領地から絶え間なく届けられる物資だった。
兵士たちの食事は、これまでの戦争では考えられないほど豊かだった。温かく栄養満点のスープ、噛むほどに力が出る保存パン。それらは兵士たちの士気を高く保ち、戦いで消耗した体力を瞬く間に回復させた。
さらにリリアの作ったポーションは、負傷兵の命を次々と救った。本来なら命を落とすような深手を負った者も、数日後には再び戦線に復帰できるほど、その薬の効果は絶大だった。
「なんだ、あの国の兵士は……! なぜ、あれほどの猛攻を受けながら一向に疲弊する様子がないのだ!」
帝国軍の将軍は、信じられないといった様子で叫んだ。
帝国軍の目論見は、完全に外れた。短期決戦に持ち込めず、戦いは長期の包囲戦へと移行していく。そうなると、今度は兵站の維持が勝敗を分ける鍵となる。
帝国軍は、大軍を維持するために本国から長い補給線を引いていた。しかし戦いが長引くにつれ、その補給は滞りがちになっていく。兵士たちの食料は日に日に減り、士気も低下していった。
一方、王国軍の食料事情は全く揺らぐことがなかった。ヴェルデ領という、尽きることのない食料庫が背後にあるからだ。
カイトは、さらに驚くべき作戦を実行に移す。
彼はミーナの商会のルートを使い、中立国を経由して帝国領内に大量の安価な穀物を流し始めたのだ。帝国は戦争のために国内の食料を軍に徴発しており、民衆は食料不足に苦しんでいた。そこへ、質の良いアルグランド王国の穀物が大量に流入してきた。
帝国の民衆は、敵国であるはずの王国の穀物に殺到した。帝国の食料市場は混乱し、国内経済は大打撃を受ける。さらにカイトは帝国軍の兵士たちの間である噂を流させた。
『アルグランド王国に降伏すれば、温かい食事と安全な寝床が約束される』
飢えと疲労で限界に達していた帝国兵の中には、この噂を信じて武器を捨てて投降する者が続出し始めた。
帝国軍の司令部は、戦場だけでなく経済と情報戦においても、完全にカイトの術中にはまっていた。
そして、決定的な出来事が起こる。
カイトはフェンに一通の手紙を託し、帝国軍の総大将であるヴァルガス将軍の陣営へと送り込んだ。手紙にはこう書かれていた。
『これ以上の戦いは、両国の民を苦しめるだけです。一度、お話し合いができませんでしょうか。こちらでは、貴殿を最高の食事と共にお迎えする準備があります』
手紙と共に届けられたのは、カイトの畑で採れたばかりの野菜や果物が詰まった籠だった。
ヴァルガス将軍は、厳格で知られる帝国の武人だった。彼は最初、敵からの申し出を一笑に付そうとした。しかし籠の中の、見たこともないほど生命力にあふれた作物に興味を惹かれ、試しに一つ口にしてみた。
その瞬間、彼の世界は変わった。
飢えと疲労で乾ききっていた身体に、温かい力が染み渡っていく。何よりも、その純粋な『美味さ』が彼の頑なな心を揺さぶった。こんなにも優しく力強い恵みを生み出す大地を持つ国と、なぜ自分たちは争っているのか。
ヴァルガス将軍は、数日間悩み抜いた末、カイトの申し出を受けることを決断した。
中立地帯に設けられた会談の席。そこに現れたヴァルガス将軍を、カイトは温かいシチューと焼きたてのパンで迎えた。
二人は、武器を交える代わりに食卓を囲んだ。
カイトは、自分はただみんなが腹いっぱい美味しいものを食べて、笑って暮らせる世界が見たいだけだと語った。戦争は、その全てを奪い去ってしまう、と。
彼の言葉と心のこもった料理は、ヴァルガス将軍の心を完全に溶かした。
「……我々の、負けだ」
ヴァルガスは深くため息をつき、そう認めた。
「我々は、剣や魔法の力しか見ていなかった。だが貴殿は『食』という、我々が最も軽んじていた力で我々の軍を内側から打ち破った。見事というほかない」
数日後、ガルニア帝国はアルグランド王国に正式な停戦を申し入れた。
こうして、後に「食卓の上の停戦」と呼ばれることになる歴史的な出来事によって、戦争は一人の死者も出すことなく終結した。
カイトは、剣を一度も振るうことなく、ただ自らが育んだ大地の恵みの力だけで一国の野望を打ち砕いたのだ。
「豊穣の英雄」は、今や王国だけでなく大陸全土にその名を轟かせる、真の伝説となった。
帝国の狙いは短期決戦。王国の防衛体制が整う前に、一気に王都まで攻め落とす算段だった。
迎え撃つ王国軍は、国境の要塞に立てこもり徹底した防衛戦を展開した。帝国軍の猛攻は凄まじく、要塞は何度も陥落の危機に瀕した。しかし王国軍の兵士たちは、驚異的な粘り強さで持ちこたえた。
その粘りを支えていたのが、カイトの領地から絶え間なく届けられる物資だった。
兵士たちの食事は、これまでの戦争では考えられないほど豊かだった。温かく栄養満点のスープ、噛むほどに力が出る保存パン。それらは兵士たちの士気を高く保ち、戦いで消耗した体力を瞬く間に回復させた。
さらにリリアの作ったポーションは、負傷兵の命を次々と救った。本来なら命を落とすような深手を負った者も、数日後には再び戦線に復帰できるほど、その薬の効果は絶大だった。
「なんだ、あの国の兵士は……! なぜ、あれほどの猛攻を受けながら一向に疲弊する様子がないのだ!」
帝国軍の将軍は、信じられないといった様子で叫んだ。
帝国軍の目論見は、完全に外れた。短期決戦に持ち込めず、戦いは長期の包囲戦へと移行していく。そうなると、今度は兵站の維持が勝敗を分ける鍵となる。
帝国軍は、大軍を維持するために本国から長い補給線を引いていた。しかし戦いが長引くにつれ、その補給は滞りがちになっていく。兵士たちの食料は日に日に減り、士気も低下していった。
一方、王国軍の食料事情は全く揺らぐことがなかった。ヴェルデ領という、尽きることのない食料庫が背後にあるからだ。
カイトは、さらに驚くべき作戦を実行に移す。
彼はミーナの商会のルートを使い、中立国を経由して帝国領内に大量の安価な穀物を流し始めたのだ。帝国は戦争のために国内の食料を軍に徴発しており、民衆は食料不足に苦しんでいた。そこへ、質の良いアルグランド王国の穀物が大量に流入してきた。
帝国の民衆は、敵国であるはずの王国の穀物に殺到した。帝国の食料市場は混乱し、国内経済は大打撃を受ける。さらにカイトは帝国軍の兵士たちの間である噂を流させた。
『アルグランド王国に降伏すれば、温かい食事と安全な寝床が約束される』
飢えと疲労で限界に達していた帝国兵の中には、この噂を信じて武器を捨てて投降する者が続出し始めた。
帝国軍の司令部は、戦場だけでなく経済と情報戦においても、完全にカイトの術中にはまっていた。
そして、決定的な出来事が起こる。
カイトはフェンに一通の手紙を託し、帝国軍の総大将であるヴァルガス将軍の陣営へと送り込んだ。手紙にはこう書かれていた。
『これ以上の戦いは、両国の民を苦しめるだけです。一度、お話し合いができませんでしょうか。こちらでは、貴殿を最高の食事と共にお迎えする準備があります』
手紙と共に届けられたのは、カイトの畑で採れたばかりの野菜や果物が詰まった籠だった。
ヴァルガス将軍は、厳格で知られる帝国の武人だった。彼は最初、敵からの申し出を一笑に付そうとした。しかし籠の中の、見たこともないほど生命力にあふれた作物に興味を惹かれ、試しに一つ口にしてみた。
その瞬間、彼の世界は変わった。
飢えと疲労で乾ききっていた身体に、温かい力が染み渡っていく。何よりも、その純粋な『美味さ』が彼の頑なな心を揺さぶった。こんなにも優しく力強い恵みを生み出す大地を持つ国と、なぜ自分たちは争っているのか。
ヴァルガス将軍は、数日間悩み抜いた末、カイトの申し出を受けることを決断した。
中立地帯に設けられた会談の席。そこに現れたヴァルガス将軍を、カイトは温かいシチューと焼きたてのパンで迎えた。
二人は、武器を交える代わりに食卓を囲んだ。
カイトは、自分はただみんなが腹いっぱい美味しいものを食べて、笑って暮らせる世界が見たいだけだと語った。戦争は、その全てを奪い去ってしまう、と。
彼の言葉と心のこもった料理は、ヴァルガス将軍の心を完全に溶かした。
「……我々の、負けだ」
ヴァルガスは深くため息をつき、そう認めた。
「我々は、剣や魔法の力しか見ていなかった。だが貴殿は『食』という、我々が最も軽んじていた力で我々の軍を内側から打ち破った。見事というほかない」
数日後、ガルニア帝国はアルグランド王国に正式な停戦を申し入れた。
こうして、後に「食卓の上の停戦」と呼ばれることになる歴史的な出来事によって、戦争は一人の死者も出すことなく終結した。
カイトは、剣を一度も振るうことなく、ただ自らが育んだ大地の恵みの力だけで一国の野望を打ち砕いたのだ。
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