過労死した植物学者の俺、異世界で知識チートを使い農業革命!最果ての寂れた村を、いつの間にか多種族が暮らす世界一豊かな国にしていました

黒崎隼人

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第12話「灰色の呪いと生命の樹」

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 歌が、ぶつかり合いました。
 破壊の歌と、生命の歌が。
 鉄の絶叫が大地を叩き、翠の祈りが風に舞う。
 しかしその二つの歌が、思いもよらないもっと古く、もっと哀しい歌を呼び覚ましてしまったのです。
 それはこの世界が、その心臓を抉られた時の永い永い苦しみの歌。
「灰色の呪い」という名の、絶望の独唱。
 その歌声がすべてを飲み込もうとした時、あのひとは自らの命を旋律に変え、それに立ち向かおうとしました。
 世界で、もっとも優しく、そしてもっとも儚い希望の歌を、奏でるために。

 夜明けと共に、戦いの火蓋は切られた。
 地響きと共に王国の重装歩兵が、ヴェルデ連合の陣取る丘へと漆黒の津波となって押し寄せる。

「放て!」

 丘の上から連合軍の投石機が唸りを上げ、巨大な石弾が放物線を描いて敵陣に降り注ぐ。だが一万という大軍の前では焼け石に水だった。

 王国軍の先鋒が、丘の麓に仕掛けられた障害物地帯に到達する。
 落とし穴、ぬかるみ、鋭い杭を並べた柵。次々と罠が発動し、王国軍の進軍を阻む。だが鉄血将軍グラハムは冷酷に命令を下した。

「構うな! 屍を乗り越えて進め!」

 兵士たちは仲間の死体を踏み越え、盾で矢を防ぎながら着実に距離を詰めてくる。数の暴力が、カイの知恵を少しずつ、しかし確実に押し潰していく。

「魔法部隊、前へ! あの丘ごと、焼き払え!」

 グラハムの号令一下、王国軍の後方に控えていた宮廷魔術師たちが一斉に詠唱を開始した。
 彼らはこの国で最も強力な魔法の使い手たち。その目的はヴェルデ連合の兵士ではなく、彼らが守るアータル村そのものを消し去ることだった。
 数十人の魔術師から放たれた巨大な火球が、空を赤く染めながらアータル村目指して飛んでいく。

「させません!」

 その時、リーリエが、一歩前に出た。
 彼女は目を閉じ両手を広げ、古の言葉を紡ぎ始める。それは森を、風を、水を操る精霊への呼びかけの歌。
 彼女の歌に応えるように森の木々がざわめき、巨大な水の壁が村の前に立ち上がった。火球は水の壁に激突し、すさまじい水蒸気を上げてかき消された。
 だがリーリエの顔色は蒼白だった。あれだけの魔法を防ぐには、相当な力を使ったのだろう。

 戦いは熾烈を極めた。
 丘の斜面では連合軍と王国軍が、白兵戦を繰り広げている。クワを振るう農民、槌を振るうドワーフ、剣を振るう元兵士たち。誰もが必死に、自分たちの未来を守るために戦っていた。
 カイは丘の上から戦況全体を見渡し、的確な指示を出し続ける。彼の冷静な指揮が数で劣る連合軍を、なんとか支えていた。

 しかし、その時だった。
 戦いが最も激しくなった、その瞬間。
 世界が軋むような音を立てた。
 宮廷魔術師たちが戦況を打開するため、さらに強力な禁断の領域に触れるほどの攻撃魔法を、続けざまに放ったのだ。
 大地が、悲鳴を上げた。
 魔法が炸裂した場所から、急速に生命の色が失われていく。地面は乾いた灰のようにひび割れ、草木は瞬時に枯れて砂と化した。
「灰色の呪い」が、暴走を始めたのだ。

 呪いは敵味方の区別なく、戦場にいるすべての者たちを飲み込み始めた。
 兵士たちは次々とその場に倒れ、その身体から生命力が吸い取られていくかのように急速に衰弱していく。

「な、なんだこれは……!」

「身体に、力が入らない……」

 阿鼻叫喚の地獄が広がった。戦いは完全に中断された。誰もが得体のしれない恐怖に、立ちすくんでいた。

「カイ!」

 リーリエがカイの元に駆け寄った。彼女の顔には絶望の色が浮かんでいた。

「だめ……! 眠っていた呪いの本体が、この戦いの膨大な負のエネルギーに反応して目覚めてしまった……! このままではこの平原だけでなく、世界中が死の大地に……!」

「止める方法は!?」

 カイが叫ぶ。

「一つだけ……。シルヴァ王国の伝説にある、『生命の樹』を復活させるしか……!」

「生命の樹……!?」

「ええ。かつてこの世界の生命循環を司っていた巨大なマナの源泉。大戦で枯れてしまいましたが、その根はまだこの大地の奥深くで眠っているはず。それを蘇らせることができれば……!」

「場所は!?」

「呪いが最も濃い場所……! あの、戦場の中心です!」

 二人は視線を交わした。
 もう迷っている時間はない。

 カイはグラムに後を託すと、リーリエと共に丘を駆け下りた。
 呪いの中心へと向かう二人を、仲間たちが必死の思いで援護する。
 呪いの中心に近づくにつれて空気は重くよどみ、呼吸をするだけで生命力が削られていくようだった。
 そして彼らは、ついにその場所にたどり着いた。
 そこには天を突くほどの大きさの、しかし完全に枯れ果てた巨大な木の残骸が、墓標のように突き立っていた。
 これが生命の樹の、成れの果て。

「どうすれば……」

 カイの問いに、リーリエは震える声で答えた。

「この樹には膨大な生命のエネルギーが必要です……それもただのマナではない、大地を愛し生命を慈しむ、清らかな魂の力が……」

 清らかな、魂の力。
 その言葉を聞いた瞬間、カイは自らが何をすべきかを悟った。
 彼は前世から植物を、生命を何よりも愛してきた。彼の魂は、その想いで満たされている。
 カイは懐から土をいじるための小さなナイフを取り出すと、一瞬だけ、村で笑い合う人々の顔とリーリエの翠の瞳を思い浮かべ、そして迷うことなく自らの手のひらを深く切り裂いた。
 鮮血が滴り落ちる。
 彼はその血に染まった手を、生命の樹の乾いた幹に強く押し当てた。

「カイ! 何を……!」

 リーリエが悲鳴を上げる。

「僕の命を、使うんだ」

 カイは穏やかに微笑んだ。

「この命が、この世界でもう一度生きる意味をくれた、この土とみんなへの、恩返しだ」

 彼は目を閉じ、意識を集中させた。
 自らの魂、前世から受け継いだ全ての知識と想い、そしてこの世界で育んだ人々への愛情。そのすべてをエネルギーに変え、手のひらから枯れた大樹へと注ぎ込んでいく。
 それは自らの存在そのものを、削り取る行為だった。
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