過労死した植物学者の俺、異世界で知識チートを使い農業革命!最果ての寂れた村を、いつの間にか多種族が暮らす世界一豊かな国にしていました

黒崎隼人

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第11話「翠の独立宣言」

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 歌は、伝わるものです。
 ひとりの声がふたりになり、やがて大きな合唱となるように。アータル村で生まれた小さな希望の歌は多くの人々の心を震わせ、ヴェルデ連合という名の力強い合唱団を生み出しました。
 彼らは出自も、種族も、言葉さえも違う寄せ集めの集団でした。けれどその心は一つでした。誰もが、あのひとが語る緑の未来を信じていたのです。
 一方、王都では不協和音が鳴り響いていました。
 王の怒声、将軍たちの怒号、そして大地を傷つけるための魔法の詠唱。彼らの歌は破壊と支配の歌。
 二つの歌が、ぶつかり合おうとしていました。
 世界の運命を賭けて。
 わたしはただ祈ることしかできませんでした。どうか生命の歌が、破壊の歌にかき消されてしまいませんように、と。

 ヴェルデ連合の独立宣言は、王国を激怒させた。
 国王はこれを国家に対する最悪の反逆とみなし、王国中の兵力を結集させた大規模な討伐軍の編成を命じた。その数、実に一万。将軍には王国最強と謳われる 「鉄血将軍」の異名を持つグラハムが任命された。
 王国が本気でヴェルデ連合を潰しにかかってきたのだ。

 その報は、すぐにヴェルデ連合にもたらされた。
 一万というあまりにも圧倒的な兵力差に、連合内に動揺が走る。集まった者たちは理念に賛同してはいるものの、そのほとんどは正規の軍事訓練を受けたことのない農民や市民たちだった。

「一万だと……? 我々の十倍ではないか」

「勝ち目など、あるのか……」

 不安の声が、あちこちから上がり始めた。

 カイは、その状況を冷静に受け止めていた。
 彼は連合の主要メンバー――グラム、バルド、セレナ、そして味方になってくれた小領主たち――を集め評定を開いた。

「数で劣るのは最初から分かっていたことだ。我々が彼らと同じ土俵で戦っては、勝ち目はない」

 カイは広げた地図を指し示した。

「我々の武器は数ではない。知恵と、そして大義だ」

 カイの立てた作戦は、単純な消耗戦を避ける徹底した防御戦だった。
 まずアータル村の地形的利点を最大限に活かす。村は森と丘に囲まれた盆地にあり、敵が侵攻できるルートは限られている。そのルートに、かつてバルトロ軍を退けた時よりもさらに大規模で巧妙な罠や障害物を設置する。
 バルド率いるドワーフたちが昼夜を問わず、防御施設の建設にあたった。彼らの土木技術と鍛冶技術は、村の守りを鉄壁のものへと変えていった。
 次に食料による兵糧攻めだ。
 ヴェルデ連合にはカイの農法によって、有り余るほどの食料の備蓄がある。一方、一万もの大軍を維持するには莫大な食料が必要となる。王国軍の補給路をセレナの組織した遊撃隊が断つことで、敵を内側から疲弊させる。
 そして何よりも重要なのが、連合内の結束だった。
 カイは毎日のように連合の民と対話し、共に畑を耕し、同じ釜の飯を食べた。彼は王や司令官として民の上に君臨するのではなく、常に民と同じ目線に立ち共に汗を流した。
 その姿は様々な理由で集まった人々の心を、強く結びつけていった。彼らはカイという少年個人に忠誠を誓っているのではない。カイが示す「共に生きる」という未来そのものに、命を懸けようとしていたのだ。

 リーリエもまた森の民であるエルフたちを説得し、連合への協力を取り付けていた。
 エルフたちは元来人間たちの争いごとを嫌う種族だ。しかしリーリエが語るカイの農法と世界の真実、そして「灰色の呪い」を癒すという大義は、彼らの心を動かした。
 森はヴェルデ連合にとって、天然の要害であり仲間となった。

 決戦の地はアータル村の目前に広がる、オルフェス平原と定められた。
 王国軍がその威容を誇示するように、平原の向こう側に布陣する。どこまでも続く鉄と旗の海。その光景は見る者を圧倒し、戦意をくじくのに十分だった。
 対するヴェルデ連合軍は丘の上に陣を構え、静かにその時を待っていた。数は少ないが、その士気は天を衝くほどに高かった。

 決戦前夜。
 カイは自軍の陣地を見下ろせる丘の上に、一人立っていた。
 眼下には無数のかがり火が、まるで星々のように瞬いている。それぞれの火の周りには兵士たちが集い、あるいは家族を思い、あるいは仲間と語らい明日への覚悟を決めている。

「眠れないのですか?」

 静かな声と共に、リーリエが隣に立った。彼女の手には温かいハーブティーの入ったカップが二つ握られていた。

「……うん。僕の一言でたくさんの人が、命を懸けようとしている。その重さを今、改めて感じているんだ」

 カイは震える声で言った。

「あなたは、一人ではありません」

 リーリエはカップの一つをカイに手渡した。

「見てください、あの火を。あれはあなたの想いに応えた、人々の意志の光です。あなたはあの光に、守られている」

 カイは温かいカップを両手で包み込んだ。ハーブの優しい香りが彼の緊張を、少しだけ和らげてくれる。

「ありがとう、リーリエ。君がいてくれて、よかった」

「わたしも、です」

 リーリエは小さく微笑んだ。その笑顔は夜に咲く白い花のようだった。

「明日、わたしはあなたと共に戦います。森の歌が、きっとあなたたちを守ってくれるでしょう」

 二人はしばらくの間言葉を交わすことなく、眼下に広がる光の海をただ静かに見つめていた。
 遠く敵陣から鬨の声や、武器を打ち鳴らす音が風に乗って聞こえてくる。
 夜が明ければこの平原は、血と鉄で染まるだろう。
 だがカイの心は、不思議と穏やかだった。
 自分は独りではない。この温かな光と、隣にいる優しい存在、そして自分たちが信じる未来のために。
 負けるわけには、いかなかった。
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