追放されたので、心置きなく発酵ライフ始めます〜外れスキル【万能発酵】で荒野を極上の美食国家に作り変えてたら、いつの間にか独立してました〜

黒崎隼人

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第04話「未知の味を求めて、味噌と醤油を仕込みます」

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 ジャガイモの成功に気を良くした僕は、早速、新たな畑の開墾に取り掛かった。次なる目標は、味噌と醤油の原料となる大豆と小麦の栽培だ。
【万能発酵】スキルを使えば、土作りはもはやお手の物。堆肥作りから土壌改良まで、一連の流れを数日で完了させ、以前の倍ほどの広さの畑を用意した。そこに、大切に持ってきた大豆と小麦の種をまく。
 例によって、作物たちの成長は凄まじかった。ぐんぐんと天に向かって伸びる緑の茎を眺めているだけで、心が満たされていく。
 その間、僕は味噌と醤油作りに必要な道具の準備を進めていた。
 まずは、大豆を蒸すための大きな鍋と、発酵させるための樽。これは、追放時に持たされたわずかな金で、麓の村まで買い出しに行った。村人たちは僕を訝しげに見ていたが、金さえ払えば文句は言わない。
 そして、最も重要なのが「麹菌」だ。
 味噌や醤油作りには、この麹菌が欠かせない。麹菌が米や麦、大豆に繁殖することで、デンプンを糖に、タンパク質をアミノ酸に分解する酵素が生み出される。これが、あの独特の風味とうま味の源なのだ。
『この世界に、都合よくアスペルギルス・オリゼー(日本麹カビ)が存在するとは思えない。でも、似たような働きをする菌なら、きっといるはずだ』
 僕は、自らのスキルに望みを託した。
【万能発酵】は、ただ菌を活性化させるだけではない。菌の「変質」さえも可能にする。つまり、この世界に存在する野生の菌を、僕の望む性質を持つ菌へと進化させることができるかもしれないのだ。
 僕は蒸した米を広げ、そこに意識を集中する。
「――【万能発酵】」
 空気中に浮遊する無数の菌の中から、デンプンの分解能力に優れたものを選び出す。そして、前世で知る麹菌の特性をイメージしながら、その菌に働きかけていく。
『もっと、もっとアミラーゼ(デンプン分解酵素)を出すんだ。そして、プロテアーゼ(タンパク質分解酵素)も……!』
 僕の命令に応えるように、米の上で菌たちがその性質を変化させていく。最初はまばらだった菌糸が、やがて米粒を覆い尽くすようにびっしりと生えそろい、美しい緑色の胞子を形成した。
「できた……! 俺だけの、オリジナル麹菌だ!」
 完成した米麹からは、栗のような甘い香りが漂ってくる。大成功だ。
 材料はそろった。いよいよ仕込みに入る。
 まずは味噌から。収穫した大豆をたっぷりの水で煮て、柔らかくなったらすり潰す。そこに、米麹と塩を混ぜ合わせ、よくこねて団子状に丸めていく。
「『味噌は手前味噌が一番うまい』って言うけど、まさか異世界で味噌を仕込むことになるとはなあ」
 独り言を言いながら、僕はペタン、ペタンと団子の空気を抜いていく。前世で、会社の研修でやった味噌作り体験がこんなところで役立つとは、人生は何があるか分からない。
 出来上がった味噌玉を、消毒した樽の底に投げつけ、隙間なく敷き詰めていく。最後に表面を平らにならし、塩を振って蓋をする。
 通常なら、ここから数ヶ月から一年、じっくりと熟成させる必要がある。だが、僕には最強の時短スキルがある。
 樽に手をかざし、再び【万能発酵】を発動。
『酵母菌と乳酸菌よ、最高のハーモニーを奏でてくれ』
 樽の中で、麹菌が作り出した糖を栄養に、酵母菌がアルコールと香りの成分を、乳酸菌がさわやかな酸味を生み出していく。それらが複雑に絡み合い、大豆のタンパク質が分解されてできたアミノ酸のうま味と融合し、味噌特有の深い味わいが形成されていく。
 その全プロセスが、僕のスキルによって超高速で進行する。樽から、ふつふつと発酵の息吹が聞こえてくるようだ。
 わずか半日後。僕は樽の蓋を開けた。
 途端に、芳醇で、食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐった。色は美しい赤褐色。表面を少しすくってなめてみると、濃厚なうま味とコク、そして塩味の奥に感じるほのかな甘みが、口の中いっぱいに広がった。
「うまい……! 完璧な味噌だ……!」
 僕は感動に打ち震えた。これで、あの懐かしい味噌汁が飲める。焼きおにぎりも作れる。料理の幅が無限に広がるのだ。
 続いて、醤油作りにも挑戦した。炒って砕いた小麦と、蒸した大豆を混ぜ合わせ、種麹を振りかけて醤油麹を作る。これもスキルで一瞬だ。出来上がった醤油麹を塩水と一緒に樽に入れ、同じように【万能発酵】で熟成させる。
 数時間後、樽の中には黒く澄んだ液体が生まれていた。布で麹を濾して液体を絞り出すと、紛れもない醤油が完成した。
 こちらも味見をしてみる。キレのある塩味と、大豆由来の深いうま味。加熱すれば、さらに香ばしい香りが立つだろう。
「味噌と醤油……ついに、和食の基本を手に入れたぞ!」
 僕は完成したばかりの調味料を小瓶に入れ、興奮冷めやらぬまま、夕食の準備を始めた。
 メニューは、採れたてのカブと、カリカリに焼いた干し肉を入れた味噌汁。そして、小麦を石臼で挽いて作った小麦粉で焼いた、即席のパン。
 焚き火の鍋でぐつぐつと煮える味噌汁から立ち上る香りは、郷愁を誘う、最高の匂いだった。
 出来上がった味噌汁を木のお椀によそい、一口すする。
「……ああ、染みる」
 カブの優しい甘みと、干し肉のうま味が溶け出した汁に、味噌の深いコクと風味が加わり、完璧な味の三重奏を奏でている。疲れた体に、じんわりと塩分と温かさが染み渡っていく。
 パンをちぎって、醤油を少しだけつけて食べてみる。香ばしい小麦の風味と、醤油の塩辛さが絶妙にマッチして、これまたたまらない。
 質素な食事だ。だが、僕にとっては、どんな豪華な晩餐よりも贅沢なごちそうだった。
 食事を終え、満天の星空を見上げる。
 この荒野に来てから、まだ一ヶ月も経っていない。だが、僕の生活は劇的に豊かになった。
 食は、生きる基本であり、最大の喜びだ。
『これから、もっと色々なものを作ってみよう。パンを発酵させて、ふかふかのパンを焼きたい。ブドウが手に入ればワインも作れる。牛乳があれば、チーズやヨーグルトも……』
 夢は無限に広がっていく。
 僕の知らないところで、麓の村の住人たちが、僕の畑の周辺から漂う不思議な、食欲をそそる匂いの噂をしていることなど、この時の僕はまだ知る由もなかった。
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