追放された悪役令嬢は、辺境の谷で魔法農業始めました~気づけば作物が育ちすぎ、国までできてしまったので、今更後悔されても知りません~

黒崎隼人

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第8章:新生の谷と交易の風

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 古の遺跡で失われた叡智を授かったリーゼリットが谷に戻ると、早速その力を解放した。彼女が畑に向かって静かに祈りを捧げると、大地から柔らかな光が溢れ出し、土は見る見るうちに黒々と、そしてふかふかと生命力に満ちたものへと変わっていった。これは、土壌に含まれる不純物を浄化し、栄養素を最大限に活性化させる古代魔法だ。
 さらに、穏やかな天候を呼ぶ魔法を使えば、作物は常に最適な日照と水分を得て、驚異的なスピードで成長した。以前でさえ常識外れの収穫量だったが、今やそれは神話の領域に達していた。野菜はどれも瑞々しく、果物は蜜のように甘く、小麦は一粒一粒が黄金のように輝いている。谷の倉庫は、もはや収穫物を納めきれないほどだった。
「こりゃあ、とんでもないことになったわい」
 ジョージ爺さんは、山と積まれた作物を前に、嬉しい悲鳴を上げた。
「これだけの食料があれば、百年は暮らせるな」
 カイルも、呆れたように笑っている。
 このままでは、せっかくの作物が腐ってしまう。リーゼリットは、新たな一手を考えた。
「この作物を、谷の外で売ってみましょう。交易を始めるのです」
 彼女の提案に、谷の住民たちは少し戸惑った。彼らは長い間、外部との交流を断って生きてきたからだ。
「しかしリーゼ様、谷の外には我々を追いやった者たちが……」
「大丈夫です。全ての村や町が、王都と同じではありません。まずは、この谷に一番近い村から始めてみましょう。きっと、私たちの作物を喜んでくれるはずです」
 リーゼリットは、古代魔法の中から、食品の鮮度を長期間保つ保存の魔法も習得していた。彼女は、特に品質の良い野菜や果物、そして小麦粉を選び出し、カイルと数人の若者と共に、荷馬車を引いて最も近い麓の村へと向かった。
 最初は、村人たちの反応は冷ややかだった。「呪われた谷の者たちが、何の用だ」と、誰もが警戒心を露わにした。
 しかし、リーゼリットが荷台の布をめくり、宝石のように輝く野菜や果物を見せると、村人たちの目の色が変わった。彼らの村もまた、王国の重税と気候不順で、食料事情は決して良くなかったのだ。
 リーゼリットは、にこやかに試食を勧めた。一口食べた村人たちは、そのあまりの美味しさに言葉を失った。
「こ、こんな美味いトマト、生まれて初めて食った!」
「このパン、なんて甘くて香り高いんだ……」
 噂はあっという間に広まり、「緑の谷」の作物は、驚くほどの高値で次々と売れていった。リーゼリットたちは、物々交換で塩や鉄製品、布など、谷では手に入らない貴重な物資を大量に手に入れて帰還した。
 これが、交易の始まりだった。
 噂は噂を呼び、やがて近隣の村々だけでなく、遠くの町の商人たちまでもが、「緑の谷」の奇跡の作物を求めて訪れるようになった。谷は、かつてないほどの活気に満ち溢れていた。
 リーゼリットは、交易で得た富を、谷の発展のために使った。新しい家を建て、道を整備し、子供たちのための学校も作った。住民たちには、商売のやり方や、お金の管理方法を教え、彼らが自立して経済活動を行えるように導いた。カイルは、交易の安全を守る警備隊の隊長として、リーゼリットの活動を力強く支えた。
 谷の豊かさと平和な暮らしの噂は、さらに遠くまで広がっていった。そして、王国の圧政や貧困に苦しんでいた人々が、新たな生活を求めて「緑の谷」へと移り住んでくるようになった。かつては十数人しかいなかった谷の人口は、わずか一年で数百人にまで膨れ上がっていた。
 人々はリーゼリットを「女王」と呼び、心からの敬愛を捧げた。リーゼリットもまた、民の声に耳を傾け、公正で賢明な統治を行った。彼女は、自分が築き上げたこの共同体が、もはや単なる村ではなく、一つの「国」としての形を成し始めていることを感じていた。
 しかし、リーゼリットは心の片隅で、一抹の不安を抱いていた。この谷の繁栄が、いつか自分を追放したアルカディア王国の目に留まることを。そして、その時、リリアーナとエドワード王子が、この平和を黙って見過ごすはずがない、と。
 その不安は、残念ながら、そう遠くない未来に現実のものとなるのだった。
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