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第9章:王宮に届く噂と黒い嫉妬
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アルカディア王国の王都は、近年、陰鬱な空気に包まれていた。貴族間の権力闘争は激化し、原因不明の凶作が続き、民衆の不満は日に日に高まっていた。王太子であるエドワードは、そんな国内の状況に苛立ちを募らせていたが、有効な手を打つことはできずにいた。彼の傍らには、今や王太子妃同然の扱いを受けているリリアーナが、常に寄り添っていた。
「エドワード様、お顔の色が優れませんわ。何かご心配事でも?」
リリアーナは、甘く蕩けるような声でエドワードに問いかける。彼女は、その可憐な外見と、人々を魅了する光の治癒魔法を巧みに使い、王宮内で確固たる地位を築き上げていた。
「……また、商人たちが嘆願に来ていてな。食料価格の高騰が止まらんそうだ」
エドワードが忌々しげに吐き捨てると、リリアーナは悲しげに眉を寄せた。
「民が苦しんでいるのですね……。私の力で、何かお役に立てればよいのですが……」
その時、一人の大臣が、興味深い噂を口にした。
「そういえば、近頃、商人たちの間で奇妙な噂が広まっておりますな。なんでも、辺境の『緑の谷』から、宝石のように美しく、蜜のように甘い、奇跡の作物が大量に出回っているとか。そのおかげで、一部の地域では食糧事情がかなり改善されていると」
「緑の谷だと?」
その地名に、エドワードとリリアーナは同時に顔色を変えた。そこは、一年以上も前に、あの忌々しい女、リーゼリットを追放した場所ではないか。
エドワードは、にわかには信じられなかった。あの不毛の地で、作物が育つはずがない。ましてや、交易ができるほど豊かになるなど、あり得ない話だ。
しかし、リリアーナの心には、黒い疑念と、焼けつくような嫉妬の炎が燃え上がっていた。まさか、あの女が生きている? それどころか、追放先で成功しているというのか? 許せない。自分こそが、エドワード様の隣に立ち、この国で最も輝く存在でなければならないのに。リーゼリットが自分より幸せになることなど、断じてあってはならない。
「エドワード様、これは由々しき事態ですわ」
リリアーナは、怯えたような表情を作り、エドワードの腕にすがりついた。
「もし、その噂が本当だとしたら……リーゼリット様は、辺境で密かに力を蓄え、王国に反旗を翻そうとしているのかもしれません。彼女はもともと、アウグスト公爵家の強力な後ろ盾を持つ女。危険ですわ」
「馬鹿な! あの女一人に、何ができるというのだ!」
エドワードは怒鳴ったが、その声には確信がなかった。彼の脳裏に、かつての婚約者の、常に冷静で、凛とした姿が蘇る。彼女ならば、あるいは……。その考えが、彼のプライドを酷く傷つけた。
リリアーナは、エドワードの心の揺れを見逃さなかった。彼女は、さらに畳み掛ける。
「念のため、調査をすべきですわ。そして、もし噂が真実なら、その芽は小さいうちに摘み取らねばなりません。王国の平和のために」
その言葉は、エドワードの心に深く突き刺さった。そうだ、王国の平和のためだ。決して、自分が捨てた女の成功に嫉妬しているわけではない。
「……わかった。すぐに調査隊を派遣しろ。そして、『緑の谷』へ向かう全ての交易路を封鎖しろ。谷からの一切の物資の流入を禁ずる」
さらにリリアーナは、裏で手を回した。彼女は、金で雇った闇属性の魔法使いたちに、密命を下す。
「『緑の谷』の周辺に、強力な魔物を誘き寄せるのです。谷を再び、人が住めない死の大地に戻すのですわ。リーゼリットが築き上げたもの全てを、木っ端微塵に破壊してしまいなさい」
リリアーナの美しい顔は、嫉妬と憎悪で醜く歪んでいた。
王国の妨害工作は、すぐに「緑の谷」に影響を及ぼし始めた。交易商人たちの足はぱったりと途絶え、谷の経済は停滞した。さらに、以前とは比べ物にならないほど強力で、統率の取れた魔物の群れが、再び谷を襲い始めたのだ。
リーゼリットは、防御結界を強化し、カイル率いる防衛隊と共に、必死で魔物の猛攻を防いだ。しかし、襲撃は昼夜を問わず続き、住民たちの疲労はピークに達していた。
「この魔物の動き……何者かが、意図的に操っているようだ」
カイルが、苦々しく言った。リーゼリットも、同じことを感じていた。交易の停止と、この異常な魔物の襲撃。二つの出来事が、偶然であるはずがない。
「……王都が、動き出したのね」
リーゼリットは、静かに呟いた。その青い瞳には、悲しみではなく、決然とした怒りの炎が燃えていた。
「望むところだわ。私たちは、もう一方的に奪われるだけの存在じゃない。私たちの楽園を脅かす者には、断固として立ち向かうまでよ」
彼女の心の中では、もはや単なる谷のリーダーとしてではなく、一つの国家の主として、自らの民と土地を守り抜くという、揺るぎない決意が固まりつつあった。
「エドワード様、お顔の色が優れませんわ。何かご心配事でも?」
リリアーナは、甘く蕩けるような声でエドワードに問いかける。彼女は、その可憐な外見と、人々を魅了する光の治癒魔法を巧みに使い、王宮内で確固たる地位を築き上げていた。
「……また、商人たちが嘆願に来ていてな。食料価格の高騰が止まらんそうだ」
エドワードが忌々しげに吐き捨てると、リリアーナは悲しげに眉を寄せた。
「民が苦しんでいるのですね……。私の力で、何かお役に立てればよいのですが……」
その時、一人の大臣が、興味深い噂を口にした。
「そういえば、近頃、商人たちの間で奇妙な噂が広まっておりますな。なんでも、辺境の『緑の谷』から、宝石のように美しく、蜜のように甘い、奇跡の作物が大量に出回っているとか。そのおかげで、一部の地域では食糧事情がかなり改善されていると」
「緑の谷だと?」
その地名に、エドワードとリリアーナは同時に顔色を変えた。そこは、一年以上も前に、あの忌々しい女、リーゼリットを追放した場所ではないか。
エドワードは、にわかには信じられなかった。あの不毛の地で、作物が育つはずがない。ましてや、交易ができるほど豊かになるなど、あり得ない話だ。
しかし、リリアーナの心には、黒い疑念と、焼けつくような嫉妬の炎が燃え上がっていた。まさか、あの女が生きている? それどころか、追放先で成功しているというのか? 許せない。自分こそが、エドワード様の隣に立ち、この国で最も輝く存在でなければならないのに。リーゼリットが自分より幸せになることなど、断じてあってはならない。
「エドワード様、これは由々しき事態ですわ」
リリアーナは、怯えたような表情を作り、エドワードの腕にすがりついた。
「もし、その噂が本当だとしたら……リーゼリット様は、辺境で密かに力を蓄え、王国に反旗を翻そうとしているのかもしれません。彼女はもともと、アウグスト公爵家の強力な後ろ盾を持つ女。危険ですわ」
「馬鹿な! あの女一人に、何ができるというのだ!」
エドワードは怒鳴ったが、その声には確信がなかった。彼の脳裏に、かつての婚約者の、常に冷静で、凛とした姿が蘇る。彼女ならば、あるいは……。その考えが、彼のプライドを酷く傷つけた。
リリアーナは、エドワードの心の揺れを見逃さなかった。彼女は、さらに畳み掛ける。
「念のため、調査をすべきですわ。そして、もし噂が真実なら、その芽は小さいうちに摘み取らねばなりません。王国の平和のために」
その言葉は、エドワードの心に深く突き刺さった。そうだ、王国の平和のためだ。決して、自分が捨てた女の成功に嫉妬しているわけではない。
「……わかった。すぐに調査隊を派遣しろ。そして、『緑の谷』へ向かう全ての交易路を封鎖しろ。谷からの一切の物資の流入を禁ずる」
さらにリリアーナは、裏で手を回した。彼女は、金で雇った闇属性の魔法使いたちに、密命を下す。
「『緑の谷』の周辺に、強力な魔物を誘き寄せるのです。谷を再び、人が住めない死の大地に戻すのですわ。リーゼリットが築き上げたもの全てを、木っ端微塵に破壊してしまいなさい」
リリアーナの美しい顔は、嫉妬と憎悪で醜く歪んでいた。
王国の妨害工作は、すぐに「緑の谷」に影響を及ぼし始めた。交易商人たちの足はぱったりと途絶え、谷の経済は停滞した。さらに、以前とは比べ物にならないほど強力で、統率の取れた魔物の群れが、再び谷を襲い始めたのだ。
リーゼリットは、防御結界を強化し、カイル率いる防衛隊と共に、必死で魔物の猛攻を防いだ。しかし、襲撃は昼夜を問わず続き、住民たちの疲労はピークに達していた。
「この魔物の動き……何者かが、意図的に操っているようだ」
カイルが、苦々しく言った。リーゼリットも、同じことを感じていた。交易の停止と、この異常な魔物の襲撃。二つの出来事が、偶然であるはずがない。
「……王都が、動き出したのね」
リーゼリットは、静かに呟いた。その青い瞳には、悲しみではなく、決然とした怒りの炎が燃えていた。
「望むところだわ。私たちは、もう一方的に奪われるだけの存在じゃない。私たちの楽園を脅かす者には、断固として立ち向かうまでよ」
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