9 / 21
第8章:新生の谷と交易の風
しおりを挟む
古の遺跡で失われた叡智を授かったリーゼリットが谷に戻ると、早速その力を解放した。彼女が畑に向かって静かに祈りを捧げると、大地から柔らかな光が溢れ出し、土は見る見るうちに黒々と、そしてふかふかと生命力に満ちたものへと変わっていった。これは、土壌に含まれる不純物を浄化し、栄養素を最大限に活性化させる古代魔法だ。
さらに、穏やかな天候を呼ぶ魔法を使えば、作物は常に最適な日照と水分を得て、驚異的なスピードで成長した。以前でさえ常識外れの収穫量だったが、今やそれは神話の領域に達していた。野菜はどれも瑞々しく、果物は蜜のように甘く、小麦は一粒一粒が黄金のように輝いている。谷の倉庫は、もはや収穫物を納めきれないほどだった。
「こりゃあ、とんでもないことになったわい」
ジョージ爺さんは、山と積まれた作物を前に、嬉しい悲鳴を上げた。
「これだけの食料があれば、百年は暮らせるな」
カイルも、呆れたように笑っている。
このままでは、せっかくの作物が腐ってしまう。リーゼリットは、新たな一手を考えた。
「この作物を、谷の外で売ってみましょう。交易を始めるのです」
彼女の提案に、谷の住民たちは少し戸惑った。彼らは長い間、外部との交流を断って生きてきたからだ。
「しかしリーゼ様、谷の外には我々を追いやった者たちが……」
「大丈夫です。全ての村や町が、王都と同じではありません。まずは、この谷に一番近い村から始めてみましょう。きっと、私たちの作物を喜んでくれるはずです」
リーゼリットは、古代魔法の中から、食品の鮮度を長期間保つ保存の魔法も習得していた。彼女は、特に品質の良い野菜や果物、そして小麦粉を選び出し、カイルと数人の若者と共に、荷馬車を引いて最も近い麓の村へと向かった。
最初は、村人たちの反応は冷ややかだった。「呪われた谷の者たちが、何の用だ」と、誰もが警戒心を露わにした。
しかし、リーゼリットが荷台の布をめくり、宝石のように輝く野菜や果物を見せると、村人たちの目の色が変わった。彼らの村もまた、王国の重税と気候不順で、食料事情は決して良くなかったのだ。
リーゼリットは、にこやかに試食を勧めた。一口食べた村人たちは、そのあまりの美味しさに言葉を失った。
「こ、こんな美味いトマト、生まれて初めて食った!」
「このパン、なんて甘くて香り高いんだ……」
噂はあっという間に広まり、「緑の谷」の作物は、驚くほどの高値で次々と売れていった。リーゼリットたちは、物々交換で塩や鉄製品、布など、谷では手に入らない貴重な物資を大量に手に入れて帰還した。
これが、交易の始まりだった。
噂は噂を呼び、やがて近隣の村々だけでなく、遠くの町の商人たちまでもが、「緑の谷」の奇跡の作物を求めて訪れるようになった。谷は、かつてないほどの活気に満ち溢れていた。
リーゼリットは、交易で得た富を、谷の発展のために使った。新しい家を建て、道を整備し、子供たちのための学校も作った。住民たちには、商売のやり方や、お金の管理方法を教え、彼らが自立して経済活動を行えるように導いた。カイルは、交易の安全を守る警備隊の隊長として、リーゼリットの活動を力強く支えた。
谷の豊かさと平和な暮らしの噂は、さらに遠くまで広がっていった。そして、王国の圧政や貧困に苦しんでいた人々が、新たな生活を求めて「緑の谷」へと移り住んでくるようになった。かつては十数人しかいなかった谷の人口は、わずか一年で数百人にまで膨れ上がっていた。
人々はリーゼリットを「女王」と呼び、心からの敬愛を捧げた。リーゼリットもまた、民の声に耳を傾け、公正で賢明な統治を行った。彼女は、自分が築き上げたこの共同体が、もはや単なる村ではなく、一つの「国」としての形を成し始めていることを感じていた。
しかし、リーゼリットは心の片隅で、一抹の不安を抱いていた。この谷の繁栄が、いつか自分を追放したアルカディア王国の目に留まることを。そして、その時、リリアーナとエドワード王子が、この平和を黙って見過ごすはずがない、と。
その不安は、残念ながら、そう遠くない未来に現実のものとなるのだった。
さらに、穏やかな天候を呼ぶ魔法を使えば、作物は常に最適な日照と水分を得て、驚異的なスピードで成長した。以前でさえ常識外れの収穫量だったが、今やそれは神話の領域に達していた。野菜はどれも瑞々しく、果物は蜜のように甘く、小麦は一粒一粒が黄金のように輝いている。谷の倉庫は、もはや収穫物を納めきれないほどだった。
「こりゃあ、とんでもないことになったわい」
ジョージ爺さんは、山と積まれた作物を前に、嬉しい悲鳴を上げた。
「これだけの食料があれば、百年は暮らせるな」
カイルも、呆れたように笑っている。
このままでは、せっかくの作物が腐ってしまう。リーゼリットは、新たな一手を考えた。
「この作物を、谷の外で売ってみましょう。交易を始めるのです」
彼女の提案に、谷の住民たちは少し戸惑った。彼らは長い間、外部との交流を断って生きてきたからだ。
「しかしリーゼ様、谷の外には我々を追いやった者たちが……」
「大丈夫です。全ての村や町が、王都と同じではありません。まずは、この谷に一番近い村から始めてみましょう。きっと、私たちの作物を喜んでくれるはずです」
リーゼリットは、古代魔法の中から、食品の鮮度を長期間保つ保存の魔法も習得していた。彼女は、特に品質の良い野菜や果物、そして小麦粉を選び出し、カイルと数人の若者と共に、荷馬車を引いて最も近い麓の村へと向かった。
最初は、村人たちの反応は冷ややかだった。「呪われた谷の者たちが、何の用だ」と、誰もが警戒心を露わにした。
しかし、リーゼリットが荷台の布をめくり、宝石のように輝く野菜や果物を見せると、村人たちの目の色が変わった。彼らの村もまた、王国の重税と気候不順で、食料事情は決して良くなかったのだ。
リーゼリットは、にこやかに試食を勧めた。一口食べた村人たちは、そのあまりの美味しさに言葉を失った。
「こ、こんな美味いトマト、生まれて初めて食った!」
「このパン、なんて甘くて香り高いんだ……」
噂はあっという間に広まり、「緑の谷」の作物は、驚くほどの高値で次々と売れていった。リーゼリットたちは、物々交換で塩や鉄製品、布など、谷では手に入らない貴重な物資を大量に手に入れて帰還した。
これが、交易の始まりだった。
噂は噂を呼び、やがて近隣の村々だけでなく、遠くの町の商人たちまでもが、「緑の谷」の奇跡の作物を求めて訪れるようになった。谷は、かつてないほどの活気に満ち溢れていた。
リーゼリットは、交易で得た富を、谷の発展のために使った。新しい家を建て、道を整備し、子供たちのための学校も作った。住民たちには、商売のやり方や、お金の管理方法を教え、彼らが自立して経済活動を行えるように導いた。カイルは、交易の安全を守る警備隊の隊長として、リーゼリットの活動を力強く支えた。
谷の豊かさと平和な暮らしの噂は、さらに遠くまで広がっていった。そして、王国の圧政や貧困に苦しんでいた人々が、新たな生活を求めて「緑の谷」へと移り住んでくるようになった。かつては十数人しかいなかった谷の人口は、わずか一年で数百人にまで膨れ上がっていた。
人々はリーゼリットを「女王」と呼び、心からの敬愛を捧げた。リーゼリットもまた、民の声に耳を傾け、公正で賢明な統治を行った。彼女は、自分が築き上げたこの共同体が、もはや単なる村ではなく、一つの「国」としての形を成し始めていることを感じていた。
しかし、リーゼリットは心の片隅で、一抹の不安を抱いていた。この谷の繁栄が、いつか自分を追放したアルカディア王国の目に留まることを。そして、その時、リリアーナとエドワード王子が、この平和を黙って見過ごすはずがない、と。
その不安は、残念ながら、そう遠くない未来に現実のものとなるのだった。
139
あなたにおすすめの小説
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
騎士団長を追放した平和ボケ王国は、七日で滅びました
藤原遊
ファンタジー
長らく戦のなかった王国で、
騎士団長の父を病で失った令嬢は、その座を引き継いだ。
だが王城に呼び出された彼女に告げられたのは、
騎士団の解体と婚約破棄。
理由はただ一つ――
「武力を持つ者は危険だから」。
平和ボケした王子は、
非力で可愛い令嬢を侍らせ、
彼女を“国の火種”として国外追放する。
しかし王国が攻められなかった本当の理由は、
騎士団長家が持つ“戦況を覆す力”への恐れだった。
追放された令嬢は、即座に隣国帝国へ迎えられ、
軍人として正当に評価され、安泰な地位を得る。
――そして一週間後。
守りを捨てた王国は、あっけなく陥落した。
これは、
「守る力」を理解しなかった国の末路と、
追放された騎士団長令嬢のその後の物語。
お掃除侍女ですが、婚約破棄されたので辺境で「浄化」スキルを極めたら、氷の騎士様が「綺麗すぎて目が離せない」と溺愛してきます
咲月ねむと
恋愛
王宮で侍女として働く私、アリシアは、前世の記憶を持つ転生者。清掃員だった前世の知識を活かし、お掃除に情熱を燃やす日々を送っていた。その情熱はいつしか「浄化」というユニークスキルにまで開花!…したことに本人は全く気づいていない。
そんなある日、婚約者である第二王子から「お前の周りだけ綺麗すぎて不気味だ!俺の完璧な美貌が霞む!」という理不尽な理由で婚約破棄され、瘴気が漂うという辺境の地へ追放されてしまう。
しかし、アリシアはへこたれない。「これで思う存分お掃除ができる!」と目を輝かせ、意気揚々と辺境へ。そこで出会ったのは、「氷の騎士」と恐れられるほど冷徹で、実は極度の綺麗好きである辺境伯カイだった。
アリシアがただただ夢中で掃除をすると、瘴気に汚染された土地は浄化され、作物も豊かに実り始める。呪われた森は聖域に変わり、魔物さえも彼女に懐いてしまう。本人はただ掃除をしているだけなのに、周囲からは「伝説の浄化の聖女様」と崇められていく。
一方、カイはアリシアの完璧な仕事ぶり(浄化スキル)に心酔。「君の磨き上げた床は宝石よりも美しい。君こそ私の女神だ」と、猛烈なアタックを開始。アリシアは「お掃除道具をたくさんくれるなんて、なんて良いご主人様!」と、これまた盛大に勘違い。
これは、お掃除大好き侍女が、無自覚な浄化スキルで辺境をピカピカに改革し、綺麗好きなハイスペックヒーローに溺愛される、勘違いから始まる心温まる異世界ラブコメディ。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
トカゲ令嬢とバカにされて聖女候補から外され辺境に追放されましたが、トカゲではなく龍でした。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
リバコーン公爵家の長女ソフィアは、全貴族令嬢10人の1人の聖獣持ちに選ばれたが、その聖獣がこれまで誰も持ったことのない小さく弱々しいトカゲでしかなかった。それに比べて側室から生まれた妹は有名な聖獣スフィンクスが従魔となった。他にもグリフォンやペガサス、ワイバーンなどの実力も名声もある従魔を従える聖女がいた。リバコーン公爵家の名誉を重んじる父親は、ソフィアを正室の領地に追いやり第13王子との婚約も辞退しようとしたのだが……
王立聖女学園、そこは爵位を無視した弱肉強食の競争社会。だがどれだけ努力しようとも神の気紛れで全てが決められてしまう。まず従魔が得られるかどうかで貴族令嬢に残れるかどうかが決まってしまう。
大自然を司る聖女、王宮を見捨て辺境で楽しく生きていく!
向原 行人
ファンタジー
旧題:聖女なのに婚約破棄した上に辺境へ追放? ショックで前世を思い出し、魔法で電化製品を再現出来るようになって快適なので、もう戻りません。
土の聖女と呼ばれる土魔法を極めた私、セシリアは婚約者である第二王子から婚約破棄を言い渡された上に、王宮を追放されて辺境の地へ飛ばされてしまった。
とりあえず、辺境の地でも何とか生きていくしかないと思った物の、着いた先は家どころか人すら居ない場所だった。
こんな所でどうすれば良いのと、ショックで頭が真っ白になった瞬間、突然前世の――日本の某家電量販店の販売員として働いていた記憶が蘇る。
土魔法で家や畑を作り、具現化魔法で家電製品を再現し……あれ? 王宮暮らしより遥かに快適なんですけど!
一方、王宮での私がしていた仕事を出来る者が居ないらしく、戻って来いと言われるけど、モフモフな動物さんたちと一緒に快適で幸せに暮らして居るので、お断りします。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
醜貌の聖女と呼ばれ、婚約破棄されましたが、実は本物の聖女でした
きまま
恋愛
王国の夜会で、第一王子のレオンハルトから婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リリエル・アルヴァリア。
顔を銀の仮面で隠していることから『醜貌の聖女』と嘲られ、不要と切り捨てられた彼女は、そのまま王城を追われることになる。
しかし、その後に待ち受ける国の運命は滅亡へと向かっていた——
『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』
放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」
王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。
しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!?
「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!)
怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる