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第9話『守るための剣、癒すための奇跡』
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クロード様が農業を始めて数週間が経った頃、私たちの穏やかな日常は、突如として破られた。
「リネット様を、我々に引き渡してもらおう!」
農園が、武装した兵士たちに包囲されたのだ。彼らの掲げる旗印は、反皇太子派の筆頭である、マグナス公爵家のものだった。宮廷闘争に敗れ、追い詰められた彼らが、最後の手段として私を人質に取りに来たのだ。
「まさか、ここまで追ってくるとは……!」
村人たちが、クワやスキを手に、私の前に立ちはだかる。
「リネット様には指一本触れさせねえ!」
「そうだそうだ!」
しかし、相手は歴戦の兵士たちだ。農民が太刀打ちできる相手ではない。
絶体絶命のその時、私の前に、一人の男が立ちはだかった。
「――彼女に触れる者は、私が許さない」
クロード様だった。彼は農作業着を脱ぎ捨て、いつもの皇太子の正装で、敵の前に仁王立ちしていた。その手には、護身用の長剣が握られている。
「クロード様!」
「下がるんだ、リネット。ここは私に任せろ」
彼の背中が、見たこともないほど大きく、頼もしく見えた。
「ふん、皇太子殿下が一人で何ができる! かかれ!」
マグナス公爵の号令で、兵士たちが一斉にクロード様へと襲いかかった。
「殿下!」
だが、そこにいたのは私の知る冷徹な皇太子ではなかった。彼は剣を振るい、次々と襲いかかる兵士たちを鮮やかにいなしていく。その剣さばきは、泥にまみれてクワを振るっていた男と同一人物とは思えないほど、洗練され、力強かった。
彼は、本当に、私を守る力を持っていたのだ。
だが、多勢に無勢。彼の体には、少しずつ傷が増えていく。
「くっ……!」
ついに、一人の兵士の槍が、彼の肩を深く貫いた。
「クロード様!!」
私の悲鳴が響く。彼は膝をつき、鮮血が地面を赤く染めていく。それでも彼は、私を背にかばうように、倒れようとしなかった。
「……リネット……逃げろ……」
「嫌です! あなたを置いてなんて、行けるわけないじゃない!」
もう迷っている暇はなかった。私は覚悟を決めた。
私は、自分の農園の中でも、最も大切に育ててきた一角へと走った。そこには、誰にも見せたことのない、特別な作物が植えられている。
それは、淡い光を放つ、小さな果実だった。私が『生命の雫』と名付けた、魔法の力を凝縮した作物。一つ食べるだけで、あらゆる傷や病を癒す力を持つ、まさに奇跡の果実だ。
これを公表すれば、私はまた何かに利用されるかもしれない。危険な争いに巻き込まれるかもしれない。でも、今はそんなこと、どうでもよかった。
私は『生命の雫』を一つ摘むと、倒れているクロード様の元へ駆け寄った。
「クロード様、これを食べて!」
私は彼の口に、無理やり果実を押し込んだ。
すると、信じられないことが起こった。彼の肩の傷が、淡い光に包まれ、見る見るうちに塞がっていく。失われた血色も戻り、彼はゆっくりと目を開けた。
「リネット……これは……?」
「私の、秘密ですわ」
私が微笑むと、マグナス公爵たちが呆然とこちらを見ていた。
「な、なんだ、今の魔法は……!?」
「まさか……本当に『魔女』だったというのか……!」
彼らが動揺している隙に、王都から知らせを受けて駆けつけた近衛騎士団が到着し、兵士たちはあっという間に取り押さえられた。
反皇太子派は、こうして完全に鎮圧された。
私は、まだ呆然としているクロード様の手を、そっと握った。
「……ありがとう、クロード様。私を守ってくれて」
「リネット……」
彼は、私の手を強く、強く握り返した。
彼が私を守るために剣を取り、私が彼を救うために奇跡を使う。私たちは、いつの間にか、互いを守り合う、かけがえのない存在になっていた。
この日を境に、私たちの関係は、また一つ、大きな変化を迎えることになる。
「リネット様を、我々に引き渡してもらおう!」
農園が、武装した兵士たちに包囲されたのだ。彼らの掲げる旗印は、反皇太子派の筆頭である、マグナス公爵家のものだった。宮廷闘争に敗れ、追い詰められた彼らが、最後の手段として私を人質に取りに来たのだ。
「まさか、ここまで追ってくるとは……!」
村人たちが、クワやスキを手に、私の前に立ちはだかる。
「リネット様には指一本触れさせねえ!」
「そうだそうだ!」
しかし、相手は歴戦の兵士たちだ。農民が太刀打ちできる相手ではない。
絶体絶命のその時、私の前に、一人の男が立ちはだかった。
「――彼女に触れる者は、私が許さない」
クロード様だった。彼は農作業着を脱ぎ捨て、いつもの皇太子の正装で、敵の前に仁王立ちしていた。その手には、護身用の長剣が握られている。
「クロード様!」
「下がるんだ、リネット。ここは私に任せろ」
彼の背中が、見たこともないほど大きく、頼もしく見えた。
「ふん、皇太子殿下が一人で何ができる! かかれ!」
マグナス公爵の号令で、兵士たちが一斉にクロード様へと襲いかかった。
「殿下!」
だが、そこにいたのは私の知る冷徹な皇太子ではなかった。彼は剣を振るい、次々と襲いかかる兵士たちを鮮やかにいなしていく。その剣さばきは、泥にまみれてクワを振るっていた男と同一人物とは思えないほど、洗練され、力強かった。
彼は、本当に、私を守る力を持っていたのだ。
だが、多勢に無勢。彼の体には、少しずつ傷が増えていく。
「くっ……!」
ついに、一人の兵士の槍が、彼の肩を深く貫いた。
「クロード様!!」
私の悲鳴が響く。彼は膝をつき、鮮血が地面を赤く染めていく。それでも彼は、私を背にかばうように、倒れようとしなかった。
「……リネット……逃げろ……」
「嫌です! あなたを置いてなんて、行けるわけないじゃない!」
もう迷っている暇はなかった。私は覚悟を決めた。
私は、自分の農園の中でも、最も大切に育ててきた一角へと走った。そこには、誰にも見せたことのない、特別な作物が植えられている。
それは、淡い光を放つ、小さな果実だった。私が『生命の雫』と名付けた、魔法の力を凝縮した作物。一つ食べるだけで、あらゆる傷や病を癒す力を持つ、まさに奇跡の果実だ。
これを公表すれば、私はまた何かに利用されるかもしれない。危険な争いに巻き込まれるかもしれない。でも、今はそんなこと、どうでもよかった。
私は『生命の雫』を一つ摘むと、倒れているクロード様の元へ駆け寄った。
「クロード様、これを食べて!」
私は彼の口に、無理やり果実を押し込んだ。
すると、信じられないことが起こった。彼の肩の傷が、淡い光に包まれ、見る見るうちに塞がっていく。失われた血色も戻り、彼はゆっくりと目を開けた。
「リネット……これは……?」
「私の、秘密ですわ」
私が微笑むと、マグナス公爵たちが呆然とこちらを見ていた。
「な、なんだ、今の魔法は……!?」
「まさか……本当に『魔女』だったというのか……!」
彼らが動揺している隙に、王都から知らせを受けて駆けつけた近衛騎士団が到着し、兵士たちはあっという間に取り押さえられた。
反皇太子派は、こうして完全に鎮圧された。
私は、まだ呆然としているクロード様の手を、そっと握った。
「……ありがとう、クロード様。私を守ってくれて」
「リネット……」
彼は、私の手を強く、強く握り返した。
彼が私を守るために剣を取り、私が彼を救うために奇跡を使う。私たちは、いつの間にか、互いを守り合う、かけがえのない存在になっていた。
この日を境に、私たちの関係は、また一つ、大きな変化を迎えることになる。
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