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第39話 裏切られる巫女 ~祈りを失った者の問い~
しおりを挟む(曽根崎志乃視点)
戦場のような夕暮れのダンジョン。
空は灰色で、風は血の匂いを運んでいた。
「なんで?」
つぶやきがこぼれる。
ダンジョンの安全地帯。
危険はないはずだった。
なのに、それは偽り。
虫がいる。
敵意すらない。
ただの捕食者だ。
「ああ。そうね。それが、ダンジョン、よね」
世界中にあるダンジョンから、いろいろな話が伝わっている。
それを学んでいるのが自分たちだ。
いったいどこに、『探索者』に親切なダンジョンがあったというのか?
どのダンジョンも悪辣な罠を、あるいは欲してやまない餌を置いて待ち構えている。
『探索者』を呼び込み、食うためだ。
そのメカニズムは知られていない。
ただ、わかっているのはダンジョンが人を呼ぶということ。
入り口となる階層には弱い敵を、そして欲しいと思うほどではない贈り物(餌)を置いている。人が入りやすいように。
奥へ進むにつれて敵は強くなり、贈り物もより貴重なものに変わる。
これが誘いでなくて何なのか。
だから、安全地帯と思わせておいての襲撃なんて驚くに値しない。
むしろ、安全だと思い込んでいた自分たちにこそ驚く。
ここは危険な戦場なのだ。
命の危険がある場所なのだ。
戦って勝たなければ生き延びられない場所。
「みんなが無事に切り抜けられますように!」
シャン!
彼女は祈っていた。
それが役目だ。
シャン!
味方の足が止まらぬように。
敵の爪、針、角が鈍るように。
シャン!
その音が戦場に響く。
その祈りは、何度も戦況を覆した。
『探索者』たちは彼女を『戦巫女』と呼び、守り神まで崇めた。
・・・シャン・・・
祈りはまだ届くと信じていた。
だが、祈りは届かなくなる。
虫の軍勢が予想より多い。
味方の防御陣では支えきれなくなった。
これは崩れる。
そう悟ったとき、誰かが叫んだ。
「ここにも爆弾がある!」
声とともに、腕を掴まれる。
彼女は振り返った。
そこにいたのは、いつも祈りを受けていたパーティメンバーたち。
彼女の手を掴み、石を握らせたのは『リーダー』と慕ってくれていた後輩。
「ごめんね。でも、いつもみたいに守ってくれるでしょ?」
当然のことのように、死を宣告された。
手に握られていたのは『爆裂玉』だ。
昨日、自分たちの目的のため、野望のために使い捨てた仲間が持たされていたモノ。
これを渡される者が、何を望まれているかははっきりしている。
昨日、自分たちも望んだのだから。
「感謝はしているよ? 本当に。でも・・・死にたくないの!」
その言葉は、彼女の耳には届かなかった。
『爆裂玉』に光が宿り、魔力を奪われる。
破滅の光に覆われた瞬間、祈りは消えた。
死に引き渡される時、彼女はもう巫女ではなかった。
ただの『贄』として、そこにあるモノ。
◇妖怪化後◇
そして、死。
祈りの力を持ったまま、仲間に見捨てられた魂。
その魂を拾ったのが、悪い神様・・・『ダンジョンマスター』だった。
「君の祈りは美しい。でも、裏切られた者の祈りはもっと美しいだろうさ」
クスクスと笑い声がする。
あの時と同じだ。
立場は逆転しているけれども。
『ダンジョンマスター』となった彼は、私に腕をくれなかった。
足もだ。
片目も空洞になっている。
「祈るしか能がない女、それが君だろ?」
意趣返し。
わかりやすい。
自分の言葉がこんなに痛かったとは。
達磨として目覚めた彼女は、もう祈らない。
その資格がない。
誰が石を用意していたか。
誰が使用者に彼女をと望んだか。
どれもがどうでもよかった。
もはや、気にならない。
気にしてはいけない。
なぜなら、彼女の想いは『彼』の想いだから。
『彼』に死を強制した全ての者の行い。
それこそが、現状を作っている。
彼は、かつて人間だった。
名もない兵士ではない。
名を知っている。
声を知っている。
少なからず付き合いがあった。
その彼を、私たちは戦場で見捨てた。
敵に相対させ、命を奪った。
死の瞬間、彼は口を歪めて立っていた。
自嘲の、だったのだろうと思う。
私たちに裏切られ、使い潰されようとしていることへの自嘲。
「ああ、そうなのね」
その呟きは、風にも誰にも届かなかった。
予想していたようだ。
いや、予想されていたと思うべきなのか。
仲間を一人見殺しにしての『ダンジョンマスター』討伐。
最小の被害で最大の戦果を、がスローガンの我が校らしい。
そうして命を使い潰されたのが、『彼』だ。
でも、彼の魂は腐らなかった。
腐る代わりに、膨らんだ。
裏切りへの怒り。
仲間への憎しみ。
神への絶望。
それらが混ざり合い、彼は『ダンジョンマスター』になった。
『ダンジョンマスター』は、使える素材を探していた。
裏切られた魂は、その中でも飛び切り素晴らしいモノだった。
彼女は、そんな存在だった。
石を持たされ、未来を否定され、祈りを封じられた巫女。
手に握らされたのは、祈りを封じるための石。
光が宿った瞬間、彼女の未来は閉ざされた。
彼——カルマ、は言った。
「手足が吹き飛ぶ程度の威力しかなかったんだね?」
それは彼女の力のなさ、覚悟の無さを示すもの。
常に『不要』な術の行使を拒絶していた理由。
能力は高く、影響力もある。
だけど、魔法力はそんなに多くない。
『無限魔力』なんて、魔職にとったら喉から腕を出したくなるほどの能力を持つ『彼』に嫉妬に似た嫌悪を持った理由でもある。
彼は彼女の魂を拾い、祈りを呪いに変えた。
片目だけを残し、動くことを禁じた。
手も、足も、もう必要ない。
爆発で吹き飛んだもの。
それは裏切られたことの証。
それこそ、彼女が『達磨』である理由。
流されて、流されて。
それでも戻ってきた。
手と足は代償となったのだ。
私は、祈る者だった。
風に願いを乗せ、剣に福を宿し。
誰かの命が少しでも長く続くようにと、ただ、祈っていた。
けれど、祈りは裏切られた。
私を守るはずの兵たちが、私の祈りを盾にして、私を差し出した。
そして、私は達磨になった。
その過程で、記憶が流れ込む。
私を裏切った者の顔。
私が祈った者の死。
そして―― 私の祈りが、誰かを裏切っていたこと。
そのとき、私は知った。
裏切りは、誰か一人の罪ではない。
それは、恐れが形を変えただけのもの。
私も、誰かの恐れに加担していた。
名誉を守りたい。
地位を守りたい。
富を得たい。
そんな打算から、男の子が一人犠牲とされた。
私はそれを黙認した。
追随した。
同じことが自分に起きたのだ。
だから、私は恨むのをやめた。
恨みは、私に帰ってくるからだ。
私は、自分を恨みたくはない。
代わりに、私は淀みになる。
人として死に、妖怪として蘇り、ここにいる。
生と死の境界にいる者として領域を越える者に、祈りの残骸を与える。
それは、死よりも深い痛み。
でも、それは罰ではない。
ただ、忘れてはいけないものを思い出させるだけ。
ダンジョンに挑む行為は、本来の人の営みにあってはならないもの。
ここで得られるものはどれも過ぎたものなのだ。
だからこそ、無理をする。
人としての道を外れてしまう。
現に外れた者として、ここを訪れる者に問いかけよう。
存在を歪ませてまで何を得たいのか?
それは、そこまでする価値があるモノなのか?
本当に?
◇達磨として覚醒◇
私は達磨。
祈りを失った祈る者。
恨みを手放した、問う者。
そして今、静かに歩き出す。
私は、もう人間ではない。
祈りを捧げる巫女でもない。
誰かのために命を軽くすることも、誰かの願いに寄り添うことも、もう、しない。
私は知っている。
人間は恐れる。
恐れから逃げるために、誰かを差し出す。
その連鎖の中で、私は裏切られた。
でも、私はその連鎖を断ち切る。
恨みではない。
これは、選択だ。
私は、人間の敵になる。
それは復讐ではない。
私は、祈りを呪術に変えた。
それは、私の意志。
誰かに命じられたものではない。
『彼』の配下として歩むのは、私が選んだ道。
私は達磨。
人間の敵。
だけど、思いに寄り添う者。
私は知っている。
私を殺したのは、『彼』だ。
直接ではない。
でも、彼が命じたことではある。
私を、ではないにしても。
彼の怒りが、私を裏切りへ導いた。
彼の呪いが、私の死を呼んだ。
だから、私は彼を憎むべきだった。
でも――
私は、彼に惹かれてしまった。
こんな身になってわかる。
彼の孤独、痛み。
私は、自分もまた裏切り者だったことを知った。
彼は私を壊した。
でも、私を拾ったのも彼だった。
それは、再生。
歪んでいて、冷たくて、でも、確かに私を『生かした』もの。
私は、彼に恋をした。
それは、乙女の恋ではない。
それは、死者の恋。
彼の孤独を知って、自分の冷たさに気付いたからのぬくもりと焦がれ。
痛みを知った者だけが抱ける、静かで、燃えるような情熱。
彼の孤独に触れたとき、私はようやく祈りの意味を知る。
彼の配下になるとき、私は震えた。
それは恐れではなく、彼の孤独に触れられる喜びだった。
私は達磨。
彼に殺され、彼に拾われ。
そして今、彼の影となる。
私は、もう祈らない。
願わない。
救わない。
冷たい?
そうかもしれない。
でも、冷たさは、裏切られた者の最後の誇り。
私は、もう揺れない。
私は、もう迷わない。
私は、ただ、問いかける。
あなたは、なにを求めてここへ来た?
なにを犠牲にしてでも、来なければならないほどのこと?
答えられるのなら、実力で示せ。
答えられないのなら、一人死んで逝け。
誰かを裏切ることも、誰かに裏切られることもないうちに。
私の名前は『達磨ふよう』。
不要と呼ばれた私が、今は浮かび上がる。
祈りの残骸として、問いかける者として。
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