72 / 327
全年齢対応・表現マイルドバージョン
第71話 流れゆくもの
しおりを挟む同時刻、水に流された最後尾4名は水の中にいた。
トイレをモチーフらしい白いタイル張りの床に水が溜まっている。
水深は意外と深く、男子の腰の高さぐらいありそうだった。
水は淀み、薄明りの中で白いのだろうタイルが灰色に見えている。
そのタイルが、一瞬黒い影に遮られた。
「な、なにかいる?!」
誰かが叫んだ。
指さす先、わずかに盛り上がった水面が視線を横切った。
「戦闘用意!」
A小隊長が号令をかける。
周囲で武器を構える気配が立つ。
ザバン!
水音がした。
「Aが消えた!」
近くにいた者が報告を上げた。
ひときわうねりの高い水面をにらんでいる。
「水中戦?!」
水で、通常よりも裾が広がっているスカートを抑えていた女子Aが悲鳴を上げた。
この中で走り回るのか!
そういうことだろう。
「冗談じゃないわ! 何とか水の中から出ないと!」
A小隊長も同意のうなずきとともに、辺りを見渡す。
なんにせよ、消えた男子Aの位置確認を優先させなければならない。
流されてきた方向、板の廊下のことは見ないようにしていた。
「ゲハッ!」
水面から男子Aが顔を出した。
何とか逃れられたらしい。
横に黒いシルエットが立っている。
「フレアランス!」
すかさずA小隊長の魔法が撃ち出された。
直撃。
シルエットが揺れた。
いける!
「フレアランス!」
好機と見たA小隊長が攻撃を強めた。
炎槍の残り火がシルエットだったものを照らし出す。
「か、カッパ?」
声が重なった。
見えたのは『河童』だった。
彼女・・・そう、女性だ。
その肌は、雨上がりの葉に宿るアマガエルのように、しっとりとした緑。
薄い明りを受けて、やわらかく艶めいてすらいる。
長く流れる髪は深い森の影のような緑。
その中に浮かぶ皿。
手足には水かきがあった。
それなのに・・・なぜか黒のセーラー服をきている。
私たちと同じものだ。
「学校の怪談で、妖怪?」
「ふざけてる!」
声とともに攻撃が増える。
しかし・・・。
「は?」
防がれた。
奇妙な形の大盾だ。
「あ、あんなもの持ってて、水中でどう動くんだよ!」
理不尽だ!
男子Bが抗議した。
答え合わせをするかのようにカッパは大盾を背負ってみせる。
「ああ、甲羅か。・・・じゃねぇわ!」
苛立った様子で男子Bが斬りかかる。
ようやく呼吸が安定したらしい男子Aも続いた。
前後からの挟撃。
河童は滑るようにスライドして回避。
同時に男子Aの背後に回り込んだ。
「ゲッ?!」
男子Bの振り下ろした剣がAに届いた。
河童が背中を押していたのだ。
男子Aの姿が水面に吸い込まれるように消えた。
姿が見えなくなったカッパに、回収されて運び去られたのだ。
◇沢辺みどり視点◇
水が静かになった。
さっきまでのざわめきが、まるで嘘みたい。
私の周りには、もう誰もいない。
ただ、制服の赤いリボンが、胸元でまだ揺れている。
戦った。
迷いはなかった。
でも、痛みはあった。
男子Aの背中を押したとき、彼は私を振り返った。
だから、私は彼の目を見た。
驚きと、恐怖と、少しの・・・哀しみ。
それは、かつての私が持っていたものだった。
私はもう人間じゃない。
制服は、ただの装備じゃない。
これは、私が『私』であるための証。
「可愛いよ」って言われたあのとき。
私は初めて、自分の姿を肯定できた。
妖怪になったことが、罰じゃなくて、始まりだったんだって。
でも、戦いの中で、彼らの顔を見て思った。
私が笑えるようになった代わりに、彼らは笑えなくなっていた。
でも、あの人たちは本心で笑えていたのだろうか?
『人間だった頃』の私のように、笑っているふりをしているだけかもしれない。
だとしたら、それは、悲しいことだった。
私は彼らにとって理解しがたい存在だっただろう。
彼らにとっては、脅威で、異物で、排除すべき存在。
でも、私は——ただ、笑えるようになっただけだった。
制服の袖を握る。
それは、私が『人間だった頃』の名残じゃない。
『今の私』が選んだもの。
『妖怪の私』が、誇りを持って着ているもの。
水の中は静かで、優しい。
でも、そこに沈んでいく彼らの姿は、私の心をざわつかせる。
戦いは終わった。
でも、問いは残る。
私は、これからも戦う。
でも、誰かが「可愛いよ」って言ってくれる限り、私は、笑える。
そ れが、私の『強さ』なんだと思う。
私は河童。
私は沢辺みどり。
私は、もう『人間』じゃない。
でも、『人間だった頃』よりも、ずっと『私』になれた。
残り21人。
◇A小隊長視点◇
水は静かになった。
さっきまでのうねりが嘘みたいに、ただの水面が広がっている。
でも、そこにいた『彼女』の気配は、まだ消えていない。
河童——そう呼ぶには、あまりにも人間に近かった。
黒のセーラー服。
赤いリボン。
私たちと同じ制服を着ていた。
そして、おそらくだがかつては人間だったことがあるのではないか?
そんな気がしてならなかった。
それなのに、あの肌。
あの甲羅。
あの皿。
そして、あの笑顔。
あれは、勝者の笑顔だった。
でも、どこか悲しげで、どこか優しくて。
まるで、私たちのことを責めていないような、そんな顔だった。
男子Aはまだ戻ってこない。
水の中に消えたまま。
彼女に連れて行かれた。
それが、事実だ。
でも、あの瞬間——彼女が制服の袖を握っていたのを見た。
それは、まるで自分の存在を確かめるような仕草だった。
人間だった頃の記憶を、手繰り寄せるように。
私は、抗った。
相対するものとして、彼女を排除しようとした。
でも、今になって思う。
あの子は、本当に『相対するもの』だったのか?
彼女は、笑っていた。
それは、私たちが忘れてしまった笑顔だった。
探索者として、戦い続けるうちに、私たちは『笑う』ことを忘れた。
彼女は妖怪になった。
でも、笑えるようになった。
それが、彼女の『強さ』だったのかもしれない。
制服は、ただの装備じゃない。
それは、彼女の『誇り』だと見えた。
人間だった頃の自分を否定するためじゃなく、今の自分を肯定するために着ているのだと、そう思えた。
私は、まだ人間だ。
でも、あの笑顔を見てしまった。
だから、もう—— 彼女と『相対する』ことはできないかもしれない。
水面に映る自分の顔は、どこか揺れていた。
それは、恐怖じゃない。
羨望だったのかもしれない。
そんなはずはないと、心のどこかで否定しながらも、胸の奥がざわついていた。
・・・。
だめだ。
揺れてしまっている。
私はまだ人間だ。
人間でいることを諦めきれない人間だ。
だから、『羨望』なんてしていいわけがない。
『アレ』は敵だ。
戦って倒すべき敵。
自分を奮い立たせる。
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。
昼寝部
キャラ文芸
俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。
その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。
とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。
まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。
これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について
のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。
だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」
ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。
だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。
その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!?
仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、
「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」
「中の人、彼氏か?」
視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!?
しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して――
同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!?
「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」
代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる