『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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全年齢対応・表現マイルドバージョン

第83話 最後の10人② ~凍てつく想い~

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「え、『エリクサー』さえ出せれば!」
 それが、命を繋ぐ最後の希望だった。
 でも、まだ間に合う。

 体ごと消失するようだと事前に使用または所持していないとならないが、肉体が残っていれば死後でも効果はある。
 一葉は一人、後方へ下がった。

 戦闘空間から距離をとって、大型のアイテムボックスを開ける。
『エリクサー』を出して、使う。

 それだけ・・・。
 それだけなのに!

 指先が震える。
 ボックスが開かない。
 目の前が真っ白になった。

「・・・え?」
 なんで?
 かじかんだ手を見つめる。

 指先が冷たい?

「ま、まさか・・・?」
 恐る恐る。目を向ければ・・・。
 展開したアイテムボックスは凍り付いていた。

 開けられない。
 指先が震える。
 ボックスが開かない。
 目の前が真っ白になった。


「ボス部屋からは逃げられない。常識だよ?」
「なっ?!」
 眼鏡をかけた制服女子が後方にいた。

 見覚えのある顔。
 でも、目が笑っていない。
 スカートの裾から漏れる冷気が、まるで霧のように地面を這っていた。

 人間じゃない!

「させるか!」
『火』魔法が飛んだ。
 眼鏡女子が下がって、距離を置いた。

「そいつもネームドだ! 『つらら女・霜月フラノ』!」
 鑑定持ちが叫ぶ。

 そうだろうとは思ったけど、やっぱりそうだった!
 一葉が急いで退避した。

 「おやおや、危ないなぁ」
 眼鏡女子——フラノが呟いた。
 呟きというには大きな声だった。

 思わず、だった。
 視線が集まったのだ。
 すると、フラノは上を見上げていた。

 「氷柱って、落ちるんだよ?」
 「なっ!」
 天井にびっしりと氷柱が生えていた。
 円錐の先端を下に向けて。

 一本一本が人間の足ほどもある太さと長さ。
 そして、当然に重さもある。
 人間の足どころではないだろう。

 「ひっ!」
 空気が一瞬にして冷え切った。

 雪国生まれ、雪国育ちの者は知っている。
 蒼いほどに美しく育った氷柱が、凶器であることを。

 少しずつ、時間をかけて大きくなる氷の塊。
 直撃すれば、ただでは済まない。

 「に、にげろ・・・」
 リーダーが、一応は指示をする。
 『一応』なのは意味がないことを知っているからだ。

 軒下に下がっているのなら、その下に行かなければいいだけだ。
 でも、一面にあるとなると安全な場所などない。

 「魔法で撃ってみる?」
 絶対にやらないよ? と魔法使いの少女が問いかけた。
 答えはわかっているし、万一にも逆の答えが返ってきてもやるつもりはない。
 
 氷というのは恐ろしい。
 たとえ、ここに火炎放射器があったとしても、短時間で溶かすことは不可能だ。

 なぜ言い切れるのか?
 火炎放射器なんて見たこともないだろうに?

 理由は簡単だ。
 実例があるから。
 
 昭和の半ば、大雪になって町が雪に埋もれたことがある。
 災害派遣で自衛隊も出動した。
 あまりの雪の多さに辟易して、火炎放射器まで持ち出したが役に立たないことを証明しただけで、終わったと伝えられている。
 
 火炎魔法を撃ち込んだところで、氷柱一本消せるものではない。
 下手に打ち込めば、その衝撃と熱によって、すべてが一気に落ちてくる。
 だから、動きようがなかった。
 自然に落ちてくるのを見極めて避けるくらいしか、できることはない。

 「あらあら、みんなお利口ですねぇ。やってみたら面白かっただろうに・・・まぁ、任意で落とせるんだけど、ね!」
 フラノが立てた親指を下に向けた。

 パキン!
 天井が悲鳴を上げる。
 空気が凍りつき、吐息が白くなる。
 光が氷に反射して、部屋全体が青白く染まった。

 ひよりとフラノ以外全員が血の気の引いた顔を天井へ向ける。
 そして・・・。

 「・・・・・・!!」
 魔法使いの少女が地に伏した。

 氷の山が静かに積もっていく。
 誰も声を出せない。
 床に広がる色が、彼女の存在を語っていた。

 残り、8人。

     ◇魔法使いの少女(断末魔)◇
 
 ――ああ、また届かなかった。
 いつもそう。
 ほんの少し、あと一歩。

 でも、今回は違う。
 今度こそ、誰かを守れるって思ったのに。

 せめて、誰かが逃げられるように。
 せめて、誰かが生き残れるように。

 だから、手を伸ばす。
 たとえ届かなくても、その意志だけは、残ると信じて。
 
 ——燃やすだけが、火じゃない。
 小さな灯りをともすこと。
 凍えた心をあたためること。
 暗闇の中で、道を照らすこと。

 それが、わたしの火。
 だから、最後にもう一度だけ。
 この手が、誰かの夜を照らせますように。

 ——お願い、届いて。

    ◇

 蒼い影が大きく広がり、彼女を覆った。
 彼女は動けなかった。
 動くべきだったけど、動けなかった。
 
 彼女の思い。
 彼女の最後の魔法は完成していた。
 
 残りのメンバーの一人に、温かな『守り火』として届いていた。
 その魔法は、冷気や凍結系魔法への耐性強化の魔法だった。

 自分の身、自分の命と引き換えにするには、軽すぎる効果。
 それでも、彼女は魔法を届けることを優先させた。
 だから、氷塊を避けられなかった。

 その行動に気づいた者は二人。
 一人は、魔法を受け取った剣士の男。
 もう一人はフラノである。

      ◇氷の心(フラノ視点)◇

 「・・・ふぅん」
 氷柱が落ちた。
 ひとりだけ、潰れた。

 任意で落とせるとはいえ、場所までは選べない。
 それなのに、まるで狙ったように。

「・・・運が悪かった、だけ?」
 そう言いながら、フラノは目を細めた。

 少女が最後に伸ばした手。
 それは、誰かを守ろうとしたものだった。
 その姿が、脳裏に焼きついて離れない。

 彼女の魔法が、誰かに届いていた。
 炎のように激しくはない。
 ただ、じんわりと灯る『守り火』。

「・・・あんな魔法、よく通したわね」

 フラノは、氷柱の山を見つめた。
 その奥に、もう姿はない。
 けれど、魔法の残滓が、空気に溶けていた。

「・・・火のくせに、消えるのが遅いわね」

 そう言った声は、冷たくて、どこか苦い。

 彼女の魔法が、誰かを守る。
 その可能性を見てしまった。

 だから、フラノは目を伏せた。
 氷の心に、ほんのりとした熱が、触れた気がした。
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