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第99話 呪い2 ~呪いの主と使用者~
しおりを挟む「・・・捕まった!」
誰かが叫んだ。
通路の奥で、仲間の一人が突然消えた。
叫びも、魔力の痕跡も、何も残さず。
ただ、空気が一瞬だけ震えた。
それは、何かが『開いた』音だった。
「・・・ミミック?」
誰かが呟く。
その言葉に、何人かの顔が強張る。
かつて——同じように、仲間が消えたことがあった。
探索中、宝箱に飲み込まれた少女の記憶。
「・・・あの時・・・」
その記憶が、誰かの中でよみがえる。
でも、誰も口にしない。
誰も、助けなかった。
誰も、動けなかった。
そして——その少女は、戻ってこなかった。
「・・・彼女が、呪われていたの?」
魔術師の少女が震える声で言う。
問いに答えるように、闇の中から女教師が姿を現した。
呪術師の女教師は首を振っている。
「違う。彼女『も』呪われてるのよ」
その言葉に、空気が凍る。
「・・・じゃあ、誰が『呪った』の?」
女教師は、静かに答える。
「——箱の中で死んだ子よ」
誰もが息を呑む。
あの時、助けられなかった少女。
誰もが、見て見ぬふりをした。
誰もが、自分の命を優先した。
その『記憶』が、呪いになった。
その『怨念』が、形を持った。
「彼女は、今も箱の中にいる。誰にも助けられず、誰にも見つけられず、暗い中で、ずっと待ってるのよ」
そして——今、彼女は『捕まえ始めた』。
かつて自分を見捨てた仲間たちを。
一人ずつ。
箱の中に閉じ込めて。
自分がそうされたように、暗闇の中で殺そうとしている。
「・・・呪われてるのは、私たち・・・」
誰かが呟く。
何人かが顔を強張らせた。
あの時、そこにいたのは——今もいるのは——その三人だけだった。
一人は死んで、もう一人は消えたから。
通路の奥から——また『開く』音がした。
「さぁ、『糸』はつけた。手繰り寄せるだけ」
女教師が、狂気の滲む笑みを浮かべた。
心の奥で、誰かが叫んでいた。
◇女教師の葛藤◇
「糸はつけた。手繰り寄せるだけ」
——それは、私の声じゃなかった。
でも、確かに私の口から漏れた。
呪いを追うたび、胸の奥が熱くなる。
快感?
違う。
これは・・・恐怖だ。
誰かが、瞳の奥で叫んでいる。
優しくて臆病だった、昔の私が。
私は誰?
呪いを追う者?
呪いを撒く者?
境界が溶けていく。
『それ』が、私の中にいる。
「私は教師、生徒を守る立場」
「生徒を殺さなければ、私が死ぬ」
「さっさと捕まえて。呪いが目印になってるから簡単でしょ!」
三つの声が、頭の中でぶつかり合う。
守る者。
殺す者。
命令する者。
どれが私?
どれも私?
どれも違う?
でも、気づいた。
前の二つは『教師』としての私の声。
三番目だけが異質だった。
『誰か』が、私を通して生徒を追わせていた。
私は、何のために動いている?
守るため?
殺すため?
・・・どちらもが『私』の意志でありながら、相反している。
そこを『呪い』に利用されている。
それはわかる。
でも、何が正解かはわからなかった。
四人目を箱に閉じ込めた。
それが『正しい』と思っていた。
「箱に入れなければならない」
理由はなかった。
ただ、そうすべきだと感じていた。
でも、呪いとは関係のない生徒が血に染まった瞬間——私の中で何かがはじけた。
悲鳴も、後悔も、怒りもなかった。
ただ、静かに、確かに。
私と『誰か』の意思が重なった。
『生徒を守るのが教師』
『仲間を守りたい』
二つ目の声、『生徒の犠牲を求めていた声』が消えた。
意識がとたんにクリアになった。
なすべきことがはっきりした。
私と『呪いの主』は、同じ願いを持っていた。
『呪い』は敵じゃなかった。
それは、守るための力だった。
『捕らえる』は『保護』
『箱に閉じ込める』は『安全な場所にかくまう』
恐怖に歪んだ視界が、澄んでいく。
私は教師。『それ』は守る者。
そして今、私たちは——守る者として、ひとつになった。
私は、杖を振り上げた。
狙いは、生徒じゃない。
斬りかかろうとした『同僚』・・・いいえ、『敵』。
杖が閃き、空気が裂ける。
まさかの裏切りに、敵は防御が遅れた。
信頼が、油断を生んだ。
一撃。
それは肉体だけでなく、隊列の『信念』をも砕いた。
「なぜ・・・お前が・・・」
誰かが呟いた。
だが、答えは返らない。
女教師の瞳は、迷いのない光で燃えていた。
追跡者たちは足を止める。
混乱と動揺が、彼らの動きを鈍らせる。
その隙に、生徒たちは息をつく。
そして、女教師は前に出る。
生徒たちを背にして。
退避と追跡行の脱落者=生徒10 教師9
◇呪いの主◇
『糸の部屋』——あの場所で、私は死んだ。
ミミックの罠にかかった瞬間、すべてが終わった。
仲間たちは、すぐそばにいた。
でも、誰も助けてくれなかった。
・・・助けられる状態じゃなかった。
それはわかってる。
あの状況で、誰も動けなかった。
私が、そうさせたんだ。
私が、無理をした。
私が、焦った。
私が、仲間を巻き込んだ。
だから、私が死んだのは——当然だった。
因果応報。
自分のせいで、自分が死ぬ。
それは、割り切れる。
でも、仲間まで巻き込んだことだけは——それだけは、割り切れなかった。
彼らの瞳に浮かんだ恐怖。
動けないまま、私を見捨てる決断をする声。
あれが、私の最後の記憶。
だから、私は『呪い』になった。
守るために。
今度こそ、誰も巻き込まないように。
今度こそ、誰も失わないように。
『呪い』は、私の後悔の形。
『糸』は、私の未練の形。
『箱』は、私の祈りの形。
私は、守りたかった。
ただ、それだけだった。
ラッキーだった。
私を殺したのが、ミミック——『箱』だったこと。
閉じ込める。
仕舞う。
隠す。
守る。
そんな意味を持つ『箱』に、私は喰われた。
だから、私は呪いをかけた。
『箱』の中に、捕らえるために。
仕舞うために。
守るために。
普通なら、そんな呪いに力なんて宿らない。
ただの未練。
ただの願い。
ただの、死者の囁き。
でも、このダンジョンは変わり始めていた。
何かが、全体に染み渡ろうとしていた。
空気が、魔力が、構造が——揺らいでいた。
そして、あの『呪術師』の先生。
彼女の存在が、私の呪いに力をくれた。
彼女は『呪い』を利用してくれた。
『私』と繋がることができた。
そして、生徒を『捕らえた。
私と同じように、『守ろう』としていた。
その共鳴が、私の呪いを目覚めさせた。
未練が、力になった。
祈りが、術になった。
私は、ただ守りたかった。
『箱』の中に、仲間を閉じ込めてでも。
もう誰も、私のように死なせたくなかった。
だから、私は呪いになった。
そして今——私の呪いは、彼女の手で形になる。
◇呪いと女教師と決着と◇
私は、守りたかった。
それだけだった。
誰かを傷つけるためじゃない。
誰かを閉じ込めるためでもない。
ただ——誰も、私のように死なせたくなかった。
『呪い』は、私の後悔の形。
『糸』は、私の未練の形。
『箱』は、私の祈りの形。
そして今、私の祈りは——彼女の手で形になる。
女教師は、静かに立っていた。
彼女の瞳は、もう呪術師のそれではなかった。
ただ、生徒を守る『教師』の目だった。
生徒たちを背にして。
敵に杖を向けて。
その瞳には、迷いがなかった。
彼女は、私の声を聞いた。
私の想いを受け取った。
そして、私の呪いを『術』に変えた。
「守るために、閉じ込める」
「守るために、捕らえる」
「守るために、戦う」
その言葉が、彼女の中で燃えていた。
敵は動揺していた。
信じていた仲間に裏切られ、隊列は崩れた。
その隙に、生徒たちは逃げ道を探す。
でも、女教師は動かない。
彼女は、ここに残ると決めていた。
「・・・私が、守る」
その声は、誰にも届かなくてもよかった。
それは、祈りだったから。
誰かに向けたものではなく、自分自身の中に灯した、小さな光だったから。
そして、彼女の背後に『箱』が現れる。
静かに、ゆっくりと、開く。
その中には、誰もいない。
でも、確かに『誰か』がいた。
祈りの形をした、呪いの主が。
彼女は、箱に手を伸ばす。
その瞬間、空気が震えた。
魔力が、優しく流れ込んでくる。
「・・・ありがとう」
誰の声だったのか、わからない。
でも、確かに聞こえた。
その声は、風のように通路を撫でていった。
誰にも届かなくても、確かにそこにあった。
それは、呪いの主の声だったのかもしれない。
それとも、女教師自身の声だったのかもしれない。
どちらでもよかった。
二人は、もうひとつになっていたから。
そして、箱は閉じる。
静かに、穏やかに。
まるで、誰かを優しく包み込むように。
箱は、もう『罠』ではなかった。
それは、誰かを守るための『居場所』になった。
通路の空気が、少しだけ軽くなる。
霧が晴れていく。
呪いが、祈りに変わった瞬間だった。
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