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第98話 呪い ~呪われた少女~
しおりを挟む「結局、呪われていたのは誰?」
その問いの答えを知っていたのは、たった二人。
一人は追跡者。
呪いの痕跡を追う、女教師の呪術師。
もう一人は逃亡者。
呪われている『当人』。
「だって、しょうがないじゃない・・・!」
その言葉は、誰にも届かない。
届いてほしくなかった。
でも、自分の中では何度も繰り返していた。
まるで呪文のように。
それを唱えなければ、心が崩れてしまいそうだった。
あの瞬間、目の前にあったのは“死”だった。
胸に矢を受けた少女の、無表情な顔。
冷たい目が、自分を見ていた。
狙っていた。
怖かった。
本当に、怖かった。
だから、反射的に動いた。
隣にいた仲間を——押した。
盾にした。
仲間が倒れた。
そして、目が合った。
死の間際、仲間は自分を見ていた。
責めるでもなく、叫ぶでもなく。
ただ、見ていた。
その目が、焼き付いて離れない。
「しょうがなかったんだよ・・・」
そう言いながら、心の奥ではわかっていた。
『自分の命』を守るために、『誰かの命』を差し出した。
それが、事実だった。
誰にも言えない。
誰にも見られたくない。
でも、自分だけは知っている。
あの目が、今も心の奥で、じっと見ている。
「なんで・・・?」
誰かが呟いた。
その声は、誰に向けたものでもなく、ただ空気に溶けていった。
何度撒いても、追手がついてくる。
通路を曲がり、魔法で痕跡を消し、足音を散らしても——それでも、教師たちは正確に追ってくる。
「・・・呪いが、まだあるんじゃ?」
魔術師の少女が、青ざめた顔で言った。
その言葉に、皆が黙り込む。
呪い持ちだと思って、盾の少女を置いてきた。
彼女の足に黒い染みがあったから。
呪いの『印』だと思ったから。
でも——それでも、追ってくる。
「まさか・・・」
誰かが言いかけて、口をつぐむ。
その続きを、誰も言えなかった。
『呪い』を持っているのは、ほかにいたのではないか——?
その疑念が、仲間たちの間に静かに広がっていく。
誰かが、そっと距離を取る。
誰かが、他人の背中をじっと見つめる。
「・・・誰か、呪われてる?」
「いや、そんなはず・・・」
「でも、じゃあなんで・・・」
言葉が、疑いの種になる。
目線が、刃になる。
沈黙が、呪いになる。
誰もが、自分の中に問いを抱えながら、仲間の顔を見ていた。
その瞳には、信頼も、安心も、もうなかった。
ただ、見えない『印』を探していた。
誰かの背中に、誰かの手に、誰かの瞳に——呪いの痕跡を。
そして、誰かが気づく。
「・・・あの時、あの子、何か・・・」
その言葉に、空気が揺れる。
誰かが、そっと一歩下がる。
誰かが、剣の塚に手を置く。
疑心暗鬼は、もう止まらない。
呪いは、誰かの中にある。
でも、それが誰なのか——誰も、確かめる勇気を持っていなかった。
通路の奥から、足音が響く。
教師たちが、近づいてくる。
「・・・どうする?」
誰かが問う。
でも、その問いに答える者は、いなかった。
ただ、誰もが——誰かを見ていた。
「・・・確認、するべきだよね」
誰かが言った。
でも、その声は誰にも届かなかった。
いや、届いたけれど——誰も応えられなかった。
『呪い』が誰に宿っているのか。
それを確かめる方法は、ある。
呪術師の女教師が使っていた『痕跡探知』の魔法。
簡易版なら、呪術師でなくても扱える。
魔力の流れを見れば、わかるかもしれない。
でも——誰も、それを使おうとしなかった。
「・・・呪いって、どんな形なんだろうね」
魔術師の少女が、ぽつりと呟く。
誰も答えない。
それは、誰にもわからないから。
目に見える傷?
黒い染み?
心の中の罪?
それとも——誰かの視線?
確認したい。
でも、確認した瞬間、自分が『それ』だったらどうする?
その恐怖が、皆の足を止めていた。
「・・・私じゃないよね?」
誰かが言った。
でも、その言葉に誰も頷けなかった。
誰もが、自分の中に『それ』があるかもしれないと思っていた。
あの時、逃げた。
あの時、見捨てた。
あの時、見て見ぬふりをした。
その『記憶』が、呪いの形をしているのなら——誰もが、呪われている。
呪いって、誰かにかけられるものじゃない。
自分で、自分にかけるものなんだ。
だから、誰も確認しようとしなかった。
誰かを疑うことは、自分を疑うことだったから。
通路の空気が、重く沈む。
誰も動かない。
誰も、目を合わせない。
ただ、静かに——自分の影を見つめていた。
その影が、呪いの形をしていないことを祈りながら。
◇疑心暗鬼と気づき◇
仲間たちの間に、疑念が広がっていた。
誰かが誰かを見ていた。
誰かが、自分自身を疑っていた。
その空気は、冷たく、重く、静かに満ちていた。
まるで、霧のように。
まさに、呪いのように。
でも——その変化に、ただ一人気づいていない少女がいた。
彼女は、確信していた。
『呪い』は自分の中にある。
だから、誰かを疑う必要はなかった。
誰かに疑われることも、想定していなかった。
なぜなら——彼女は、ずっと『井戸の怪物』を見ていたから。
あの瞬間。
命の危機が近づいていた瞬間。
彼女は、仲間を盾にした。
その記憶が、彼女の中で怪物になった。
井戸の底に潜む、黒くて、冷たい、動かない怪物。
それを見つめ続けていた。
それが、自分の『本当』だと思っていた。
だから、周囲の変化に気づかなかった。
仲間たちが距離を取り始めたことも。
誰かが杖を握り直したことも。
誰かが、そっと彼女の背後に立ったことも。
彼女は、ただ——自分の中の怪物を見ていた。
「・・・私が呪われてる」
その言葉は、誰にも届かなかった。
誰も、もう彼女の言葉を聞こうとしていなかった。
そして、彼女は気づく。
誰もが、自分を見ていない。
誰もが、別の誰かを見ている。
誰もが、自分自身を見ている。
「・・・あれ?」
その瞬間、彼女の視線が井戸の底から外れた。
周囲を見渡す。
誰もが、疑いの目を持っていた。
でも、それは——自分に向けられていなかった。
「・・・違うの?」
彼女の声は、震えていた。
自分が呪われていると思っていた。
でも、誰もそれを見ていない。
じゃあ——この怪物は、なんだったの?
その問いが、彼女の中で静かに響いた。
そして、初めて——彼女は『呪いの形』を見失った。
「・・・もしかして、私じゃないのかも」
その可能性が、少女の胸にふっと灯った。
まるで、長い夜の中で見つけた小さな星のように。
ずっと、自分が呪われていると思っていた。
あの瞬間の記憶。
あの目。
あの罪。
でも、誰も自分を責めなかった。
誰も、自分を見ていなかった。
「・・・違うのかも」
その言葉が、心の奥に染み込んでいく。
重かったはずの空気が、少しだけ軽くなった気がした。
その時だった。
「——捕まえた!」
女教師の声が、背後から鋭く響いた。
振り返る間もなかった。
何かが背中に触れた瞬間、意識がふっと遠のく。
視界が、ぐにゃりと歪む。
音が、遠ざかる。
足元が、崩れる。
「・・・あれ?」
確かに軽くなったはずの心が、今は重く沈んでいく。
まるで、深い水底に引きずられるように。
「・・・違うかもって、思ったのに」
その言葉は、誰にも届かない。
少女の意識は、静かに闇に溶けていった。
◇箱の中◇
目を開けると、そこは静かな空間だった。
音がない。色もない。
ただ、灰色の霧がゆらゆらと漂っていた。
空気は冷たく、でも湿っていた。
まるで、誰かのため息の中に閉じ込められているようだった。
「・・・ここは?」
少女は立ち上がろうとする。
でも、体が重い。
まるで水の中に沈んでいるような感覚。
「・・・やっぱり、私だったの?」
誰も答えない。
でも、霧の向こうに、誰かの影が見えた。
影の胸元には、赤いリボンが揺れていた。
それは、かつて彼女が盾にした仲間のものだったかもしれない。
無表情。
冷たい目。
ただ、じっと見ている。
「・・・違うって、思えたのに」
少女は呟く。
でも、その声は霧に吸われて消えていく。
影は、ゆっくりと近づいてくる。
その瞳は、何も語らない。 でも、確かに——責めていた。
「・・・私が、呪われてるんだよね」
その言葉に、影は止まった。
そして、静かに首を振った。
「・・・え?」
少女は目を見開く。
影は、もう一度首を振る。
そして、霧の中に溶けていった。
やがて、『カチリ』と音がした。
それはまるで、扉を閉めたような音だった。
閉じ込められた。
少女は膝をつき、座り込んだ。
逃走し続けていた体力の消耗に、押しつぶされるようにして。
退避と追跡行の脱落者=生徒7 教師9
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