139 / 327
レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます
第21話 末路③ ~忘れていく~
しおりを挟むそして、最後の魔法使い。
彼女もまた、狭い通路にいた。
それも行き止まりの通路だ。
「クソ! ついてない!」
壁を殴りつけ、踵を返そうとした。
だが、動けなかった。
ズルッ。
足元が滑るような感覚。
何かが抜け落ちたような、妙な軽さ。
「・・・え?」
視線を落とすと、右足の先が、なかった。
靴ごと、消えていた。
ジン……ジン……。
遅れてやってくる、焼けるような痛み。
皮膚の奥で、何かがきしむような感覚。
「ま、まほ、魔法を!」
震える手で杖を振る。
だが、魔法は壁を焦がすばかりで、背後の『それ』むには届かない。
ギチ……ギチ……ギチ……。
背後から聞こえる、金属が軋むような音。
振り返ると、そこにいたのは紅い甲殻の巨体。
2メートルを超えるサソリ──ハサミムシさん。
「う、うそ・・・!」
ガンッ!
尻尾の刃が、彼女の背を打ち、そのまま壁に叩きつけられる。
ゴンッ! ミシ……ッ。
頭が壁にぶつかり、視界が白く弾けた。
星が飛ぶ。
耳の奥で、キーンという音が鳴り続ける。
「ぐッ、ぎぃぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
その瞬間、毒が回った。
全身に電流が走るような感覚。
筋肉が勝手に跳ね、震え、痙攣する。
ズズ……グチュ……パキ……。
尻尾の刃が、容赦なく体をなぞる。
骨が軋む音。
肉が裂ける感触。
何かが『中から崩れていく』ような違和感。
「わ、私の腕・・・足・・・・・・ひぐっ。おかぁさぁぁぁぁん!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を、壁にこすりつける。
痛みは、もうよくわからない。
ただ、冷たくて、熱くて、痺れて、重くて、軽い。
『私って・・・誰だったっけ?』
名前も、顔も、魔法の詠唱すら思い出せない。
ただ、音だけが残っていた。
ギチ……グチャ……ジュジュ……。
それが、自分の終わりを告げる音だと、 彼女はもう、理解できなかった。
こうして、『63階層入り口側見張り所』の駐在人員は、静かに、確実に、迷宮に飲み込まれた。
剣士は、痛みの中で『誰かに見つけてほしい』と願った。
幼き日、母に撫でられた髪の感触を思い出そうとした。
けれど、痛みがそれを塗り潰した。
「助けて」という言葉すら、喉の奥で溶けていく。
見つけてくれるはずの人々の顔が、痛みのノイズでかすんで消えていく。
双子は、『笑い声』を思い出そうとした。
けれど、何も浮かばなかった。
誰と笑っていたのか。
何がそんなに楽しかったのか。
それすら、思い出せなかった。
肌の上を通り過ぎていった思い出の数々が、ぬめりと悪臭にまみれた塊に吸い込まれていく。
「ねぇ、これ一度やってみたかったんだよね?」
そんな声が、遠くで反響していた気がした。
けれど、それが誰の声だったのか、もうわからない。
魔法使いは、『自分の名前』を思い出せなかった。
名前を思い出すことは、自分を思い出すこと。
自分を思い出すことは、『今』を見ること。
そんな勇気が、もうなかった。
ギチ……グチャ……ジュジュ……。
音だけが、確かにそこにあった。
自分の輪郭を削り取るように、静かに、確実に。
剣士の願いは、糸に絡め取られたまま、迷宮の天井に吸い込まれていった。
双子の笑い声は、糞球の中で静かに潰れていった。
魔法使いの名前は、ハサミムシの刃に刻まれることなく、ただ消えていった。
そして、迷宮は静かだった。
まるで、何もなかったかのように。
風もない。光もない。音もない。
ただ、そこにあるのは、『忘れられた者たち』の気配だけ。
それは、壁のひび割れに。
それは、床の染みに。
それは、天井の影に。
静かに、確かに、残っていた。
◇観察者◇
カルマは、ただ見ていた。
胸の奥で、何かが静かに沈んでいく。
それは、かつて誰にも届かなかった『旧校舎の沈黙』だった。
あの頃、誰も気づかなかった。
誰も、見つけてくれなかった。
だから今、オレは見ている。
ダンジョンはよくできている。
『駒』の配置さえ考えてやれば、その猛威を十分に発揮してくれた。
『手を出すまでもない』。
それは、誇りではなかった。
ただ、空虚だった。
それでも、胸の奥で沈んだものが、いつか芽吹くかもしれないと。
カルマは、少しだけ、目を閉じた。
まぶたの裏に浮かぶのは、誰かの背中。
名前も、顔も、今は思い出せない。
闇の奥から、まだ名も知らぬ『何か』が、静かに、こちらを見ている気がした。
それは、かつての自分か。
それとも、次の『声なき者』か。
迷宮は、今日も静かに呼吸している。
誰かが気づくのを、待ちながら。
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。
昼寝部
キャラ文芸
俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。
その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。
とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。
まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。
これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について
のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。
だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」
ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。
だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。
その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!?
仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、
「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」
「中の人、彼氏か?」
視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!?
しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して――
同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!?
「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」
代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる