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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます
第76話 最前線攻略者たち⑤ ~足が滑った不運のせい~
しおりを挟む「チクショウ! あの女、いつの間にか消えやがった!」
ムカデに追われながら、リーダーが歯ぎしりする。
ふと後ろを見たとき、人数が一人足りなかった。
悲鳴もなかった。
つまり――逃げられた。
「なんで声かけてくんないかなぁ!?」
すぐ前を走っていた女性メンバーが、恨み言を吐く。
肩を叩いてくれれば、一緒に逃げられたのに。
今ごろ、あの女は安全な場所で息を整えているのだろう。
そう思えば、悔しさも募る。
「やってられるか!」
一人の男が、怒鳴り声とともに横道へ飛び込んだ。
誰も止めない。
止められない。
自分が生き残ることで精一杯だった。
ただ一人、最後尾の女子だけが、彼のあとを追った。
理由は、誰にもわからない。
ムカデに追われるのは、残り四人。
全員が、心の中で同じことを考え始めていた。
――いつ、誰が『囮』になるか。
ムカデは、巨体に似合わぬ速度で迫ってくる。
息が切れる。
足がもつれる。
スタミナの限界は、確実に近づいていた。
「クソ・・・よろしくやりやがって」
リーダーが、ちらりと仲間を見る。
男ばかりの四人。
誰も、誰かを守るような顔はしていない。
むしろ、誰を犠牲にするかを探っている目だった。
――潮時だ。
「ガシッ!」
「うあっ?!」
肩を掴まれた。
サブリーダーが、にこりと笑って顔を寄せてくる。
「まさか、リーダーがトンズラなんて、ないよなぁ?」
「も、もちろんだ! あたりまえだろ!」
「だよなぁ?」
「ソウダトモ!」
白々しい笑顔の応酬。
その裏で、互いの腹の中は真っ黒だった。
「おおっと! いけねぇ、足が滑りやがったぁ!」
三人目が、わざとらしく叫びながら、四人目の足元を蹴り払う。
明らかに狙った動き。
だが――
「そいつは、大変だ!」
四人目は蹴りをかわし、逆に三人目の肩を引き寄せた。
「なっ・・・!?」
バランスを崩した三人目が、よろめいて倒れる。
床に手をつく間もなく、背中から落ちた。
「足が滑った不運を、恨みな!」
四人目が吐き捨て、走り出そうとした――その瞬間。
「させるかぁッ!!」
三人目の手が、四人目のズボンを掴んだ。
ビダン!
布が引き裂ける音とともに、四人目が前のめりに倒れる。
「わりぃな・・・足が滑った不運のせいなんだよ、なァッ!」
三人目が笑った、その刹那。
ズシャアッ!!
ムカデの脚が、二人の上を通過した。
百の脚が、容赦なく頭蓋を踏み砕く。
骨が砕ける音。
肉が潰れる音。
血が、床に飛び散る。
あとに残ったのは、ボロ雑巾のような『二人』。
混ざり合い、どちらがどちらかもわからない。
仲良く並んで。
もう、二度と動かない。
◇
「ああ・・・やっちまったな」
「足の引っ張り合いは、よくない。ほんと、よくないよ」
残った二人が、互いに苦笑しながら頭を振る。
だが、目は笑っていない。
どちらも、相手を出し抜いて生き残ることしか考えていない。
そして、どちらもそれを理解している。
言葉の裏にある本音を探りながら、走る。
長距離走のように、息を切らしながら。
互いの足音に耳を澄ませながら。
「こ、このままじゃ埒が明かねぇ。どうだ? 一発勝負、恨みっこなしでいこうぜ」
「どうするってんだ?」
「左右に分かれる横道があるだろ? そこで『いっせーのせ』で分かれる。ムカデがどっちを追うかは運次第だ」
「運か・・・まあ、体力切れるよりマシか」
「だろ?」
二人は頷き合う。
どちらかが生き残れる。
それだけで、十分だった。
もちろん、どちらも『自分こそが』生き残ると信じていた。
そして、運命の分かれ道が現れる。
「よし、ここだ!」
「・・・あばよ!」
合図とともに、二人は左右へ――
すっころんだ。
「なっ・・・!?」
足に、ロープが絡みついている。
互いに、相手の足を狙ってボーラを投げていたのだ。
運試しではなかった。
確実に、相手を潰すための罠だった。
「てめぇ! 裏切りやがって!」
「お前もだろうが!」
地面に倒れ込みながら、怒鳴り合う。
だが、もう遅い。
ズシャアッ!!
ムカデの脚が、容赦なく迫る。
甲殻が軋む音。
空気が震える。
そして――
「ぐッ・・・! ヴハッ・・・!」
叫びは、途中で途切れた。
肉が裂ける音。
骨が砕ける音。
二人の体が、バラバラに分かれていく。
相手と。
自分の手足と。
そして、存在の輪郭と。
舞台の照明が、彼らを外していく。
もう、彼らは『役者』ではない。
ただの、終わった『演目』だった。
◇
ウィンドウ越しに舞台を見下ろしていたカルマが、腹を抱えて笑った。
声を殺すことも忘れて、喉を震わせ、肩を揺らし、涙がこぼれるほどに。
だが――目は、乾いたままだった。
「・・・いい喜劇だった」
言葉の端に、まだ笑いの余韻が残っている。
だが、そこに温度はない。
ただ、演出家としての満足があるだけ。
「でも、悲劇も欲しいな」
笑いだけでは、舞台は完成しない。
涙がなければ、観客の心は動かない。
別れがなければ、出逢いの意味も薄れる。
「出逢いと笑いだけじゃ、スパイスが足りないんだよね」
その呟きに、ふと、別の声が重なった。
「あ。ラブロマンスは・・・ありですか?」
それは『誰か』の声だった。
『妖怪』たちの中の、かつて『人間』だった誰か。
あるいは、カルマ自身の心の奥底から漏れた、忘れかけた感情の残響。
「悪くないな」
カルマは頷いた。
「愛もまた、命を燃やすにはちょうどいい」
ラブロマンス案――採用。
「ふむ。じゃあ、みんなで『よさそうな子』を探してくれる?」
誰が、どんな子を選ぶのか。
それは、きっと面白い。
『妖怪』たちは顔を見合わせた。
誰も言葉を発しない。
ただ、沈黙の中で、何かが揺れていた。
冷たい指が、静かに、しかし迷いなく動いていく。
その動きは、まるで楽譜をなぞる指揮者のように正確で、冷酷だった。
そのたびに、誰かの目が、ほんのわずかに揺れた。
まるで――かつての名前を、ふと、思い出したかのように。
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