『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます

第75話 最前線攻略者たち④ ~光の中でほどける輪郭~ 後編

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「・・・ねぇ、なに、これ?」

 静まり返っていた通路に、甲高い音が突き刺さる。
 金属を引きずるような、耳障りな音。
 それが、じわじわと近づいてくる。

「後ろ・・・?」
 誰かが呟いた瞬間、全員が振り返る。
 音は、確かに彼らが来た方角から響いていた。

「せ、戦闘用意!」
「え、モンスター? こんなとこに?」
「他に何があるってんだよ! あんな音、人間が出すわけねぇだろ!」

 慌てて武器を抜く。
 手が震えて、柄をうまく握れない。
 喉が渇く。
 心臓が、耳の奥で爆音のように鳴っている。

 そして――それは、現れた。

「・・・ウソだろ・・・」
「ムリだ・・・ムリムリムリ・・・!」

 通路の奥から這い出してきたのは、巨大な影。
 黒光りする甲殻、無数の脚、うねるように迫る体躯。『大百足』。
 62階層のフロアボス。

 体長は優に十メートルを超え、節のひとつひとつが人間の胴ほどもある。
 その一歩ごとに、地面が軋み、空気が震える。

 物理攻撃は通らない。
 魔法の連打でしか削れない。
 それも、熟練の魔職が揃っていて、ようやく倒せる相手。

 F班に、そんな力はない。
 武器はあっても、使いこなせる腕がない。
 魔法職は一人だけ。
 戦うには、あまりにも無力だった。

「に、逃げるぞ!」
「ど、どこへよ!? この通路、一本道だぞ!」
「知るかよ! とにかく走れぇぇぇ!!」

 誰かが叫び、誰かが転び、誰かが泣きながら立ち上がる。
 叫び声と足音が、通路にこだまする。
 背後から迫るのは、地を這う死神。
 その足音が、確実に距離を詰めてくる。


 先頭を駆け出したのは、リーダーだった。
「どこに?」の答えはない。
 ただ、目の前で最も広い通路を選んだだけ。
 それが、生き延びる確率を少しでも上げると信じて。

「おりゃあああああっ!!」

 叫びながら走る背中を、誰かが見送っていた。
 その視線は、冷静だった。

 メンバーが我先にと続く中、ひとり、そっと抜け出す影があった。
 自然な流れで最後尾にいた女性メンバー。
 気配を殺し、横道へと身を滑り込ませる。

「・・・がんばってね」

 その一言は、祈りではなかった。
 ただの、他人事。

 願いは叶った。
 ムカデは、彼女の潜む横道を通り過ぎていく。
 より多くの音と熱を持つ方向へと、興味を向けたのだ。

「長居は無用ね。お先に失礼するわ」

 そう言って、彼女は踵を返す。
 目指すは、ひとつ上の安全地帯――63階層。

 だが。

「・・・え?」

 足が、動いていない。
 いや、浮いている。
 地面に触れていない感覚。
 自分の足なのに、まるで他人のもののように遠い。

 視線を落とすと、床に赤い金属光沢が見えた。
 それは『尻尾』のようで、けれど尻尾ではなかった。
 何かを思い出させる色と形。
 破壊の象徴。
 一人で立ち向かってはいけない『存在』の気配。

「・・・え?」

 彼女の輪郭が、揺らいだ。
 まるで、熱気の中に立っているかのように。
 形が、崩れていく。

 息が詰まる。
 喉が鳴る。
 湿った音が、口から漏れた。

「エ・・・?」

 逃げなきゃ。
 そう思って、腕を動かそうとする。

 動かない。
 感覚が、ない。

「あ・・・え・・・そんな・・・」

 震える声が漏れる。
 けれど、痛みはない。
 それが、恐ろしかった。

 何かが、確実に『消えて』いる。
 大切なもの。
 命の根幹に関わる何かが、無造作に、静かに、削ぎ落とされていく。

 痛みもない。
 触れている感覚もない。
 神経が、まるごと断ち切られている。

 意識だけが、取り残されていた。

「あ・・・や・・・た、たすけて・・・」

 助けを求める声は、誰にも届かない。
 そもそも、求める相手は――ついさっき、自分で見捨てたばかりだった。

 今ごろ、彼らはもう遠くへ逃げているだろう。
 自分だけ助かろうとした彼女は、今、自分だけで何とかしなければならない。
 だが、それは――もう、叶わない。

 ゴトン。

「い、いや・・・いやぁ・・・」

 何かが落ちる音。
 視線を向けた先にあったのは、見慣れない『自分』。
 輪郭が、光の中でほどけていく。
 まるで、存在そのものが溶けていくように。

 ゴト、ゴト、ゴトン。

 音が続く。
 何かが、次々と剥がれ落ちていく。

 彼女は目を閉じた。
 これ以上、見たくなかった。
 認めたくなかった。

 そして、心のどこかで願った。
 せめて、最後のひとつも――早く、終わらせてほしいと。

 ・・・その願いが、届くことはなかった。

 通路の空気が、幕のように揺れていた。
 次の役者を迎えるために。

    ◇

『役立つ』者に、退場は似合わない。
 それは、かつて「役立たず」と呼ばれたカルマが、最も望まない結末だった。

 舞台に戻された『妖怪』たちが、それを許すはずもない。
 彼らは知っている。
 役割を与えられた者が、幕を降ろすには――演目を終えるには、演出家の許可が必要だということを。

 役に立つとは、誰のため?
 その価値を決めるのは、誰?

 もう、そんな問いを口にする者はいない。
 問いそのものが、意味を失った。

 幕は、まだ降りない。
 役者は、舞台に引き戻される。
 血を流しながら、心を削られながら、それでも立たされる。

 それが、カルマの迷宮。
 役立たずの烙印を押された少年が築いた、終わらない劇場。

 ここでは、役に立つ限り、生き続けなければならない。
 たとえ、魂が擦り切れても。

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