『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます

第77話 抜け出せた者たち ~触覚だけの世界へ~ 前編

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「ま、待って――!」

 横道に入った瞬間、男が全速力で駆け出す。
 その背中に、女が必死に縋りついた。
 置いていかれてたまるか。
 その顔には、血と涙と怒りが滲んでいた。

「うるせぇ! 邪魔なんだよ!」

 男は振り返りもせず、脚を振り上げた。
 女の視界が白く弾け、世界がぐらりと揺れる。
 鼻から血が噴き出し、視界が赤く染まった。

 男はそのまま、わき目も振らずに走り去る。
 逃げ切れば勝ち。
 それが彼の『正義』だった。

 だが、運命は甘くない。

「チッ、今度は・・・オオサソリかよ!? なんでこんなとこに!」

 目の前に現れたのは、59階層のフロアボス。
 黒光りする甲殻、鋭く湾曲した毒針。
 その存在感に、男の顔が引きつる。

「おい! 手伝え!」

 鼻血を拭っていた女の手を、男が乱暴に引っ張る。
 ポーションを取り出そうとしていたその手を、無理やり。

「ざけんな」

 女の声は、低く、冷たかった。
 感情のない、氷のような響き。

「は?」

 男の視界が、ぐるりと反転した。
 次の瞬間、彼の体は宙を舞い、床に叩きつけられる。

「ガハッ! く、クソがぁ――!」

 呻く彼の腹に、サソリの毒針が迫る。 
 の影が、すぐそこにあった。

「このぉっ!」

 剣を振るう。
 だが、甲殻に弾かれる。
 金属音が虚しく響く。

「ナメんなよ・・・!」

 怒りに任せて、力を溜める。
 光が集まり、頭上に大剣が現れる。

「喰らえ! ジャスティスソード!!」

 神聖な光がサソリの尾を断ち切る。
 毒針が床を転がる。

「見たか! これが正義の剣だぜ!」

 勝ち誇った笑み。
 だが――その手に、剣はなかった。

「あ・・・?」

 腕に、細い傷があった。
 引っかかれたような、浅い傷。
 だが、その痕跡が、すべてを変えた。

 転がる毒針を見て、血の気が引く。
 鉤のような先端。
 それが、確かに自分に触れていた。

「げ、解毒剤を寄こせぇ!!」

 女を振り返って怒鳴る。
 だが――

「ハンッ」

 返ってきたのは、鼻で笑うような短い音。

「女の顔を本気で蹴るようなクズに、くれてやるもんなんかないわよ」

 その声は、冷たく、乾いていた。
 怒りも、哀れみも、もう残っていない。

「仲間を見捨てる気かぁ!? 俺たち、チームだろ!?」

 正義を語るには、あまりにも軽い言葉。
 都合のいいときだけ叫ばれる『絆』。

「いまさらね」

 女の声は、まるで刃物のようだった。
 鋭く、容赦なく、男の幻想を断ち切る。

「あたしら全員。昨日一人見捨てて殺してるよ? 一人も二人も変わんなくない?」
「ぐッ、そ、それは!」
 それこそ自分だけじゃない。
 なんならおまえもだろ!?
 男が言い返そうとするが、女は待たなかった。

「まして、あんたは個人的に恨みがあるし」
 ギルティ! と首を切るジェスチャーをしながら、血の付いた腕を見せる。
 ポーションで折れた鼻は治っているし痛みもないが、蹴られた事実が消えることはない。

「て、テメェ・・・ッ!」

 ガン!
 何か言おうとしていた男が口を閉じた。

 顔面に、サソリのハサミが裏拳でキマっている。
 奇しくも、さっき女を蹴った、その場所だ。

 鼻を潰され、歯も数本折れたようだ。
 意識も飛んだのだろう。
 床に崩れ落ちる。

「ハッ、ざまぁ!」
 心の底からの侮蔑が贈られた。

「じゃーねー! サソリのエサさん!」
 サソリがカシャカシャ音を立てて男の元へ歩み寄るのを見て、女は背を向けた。
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