『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます

第94話 傘を差す ~赤い雨~ 前編

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 昼過ぎの安全地帯は、いつも通りの静けさに包まれていた。
 風は穏やかで、空には薄い雲が流れ、女子高生たちは思い思いに談笑していた。

 手にしているのは戦利品。 ここまでの探索で手に入れていたものだ。

 中でも彼女たちが気に入っていたのは『傘』。
 宝箱で頻繁に見つかった『虫除け傘』だ。
 見た目は普通の雨傘と変わらないが、魔法の加工が施されていて『虫』を寄せ付けない簡易の結界を張れるもの。

 使うかと問えば、全員が「使わない」と答えるだろう。
 彼女たちが気に入っているのは『効果』ではなく図柄だった。
『ダンジョン』で見つかるにしてはカラフルで、可愛らしいモノが多いのだ。

『外』で使うのならいいかもしれない。
 そんな話題で盛り上がっていた。
 ダンジョンの虫型モンスター相手には『使えない』道具だが、『外』で普通の虫相手の『虫除け』なら『大歓迎』である。

 ただ、歓迎されない『虫』は、突然やってきた。

 空がざわめいた。
 雲が裂けるようにして、巨大な虫たちが降ってきた。
 羽の音は雷鳴のように響き、地面に落ちた影が、まるで生きているかのように蠢いた。

「えっ・・・なに・・・?」
 誰かがそう呟いた瞬間、悲鳴が上がった。

『虫だ!』、と。
 ダンジョン内で『虫』、それは敵襲ということ。
 少女たちは慌てて傘を開き、身を寄せ合うようにして隠れた。
 ピンク、水色、黄色——傘の色が、まるで命の灯のように揺れていた。

 傘の内側は静かだった。
 赤く光る雨が降り始め、傘の表面に当たるたびに、虫たちが弾かれていく。
 それでも、傘の外では何かが始まっていた。

 制服姿の誰かが、傘を持たずに立ち向かっていった。
 その先から届くのは、叫び声、衝突音、そして——沈黙。


 傘の窓から彼女は外を見ていた。
 片目だけが覗くその視線は、恐怖ではなく、何かを見定めるような冷静さを帯びていた。

 その目に映るのは、ただの『虫』ではなかった。
 赤い雨に染まる空と、震える傘の群れ。
 そして、その向こう側に立つ、形を持たない“何か”。

「・・・始まったんだね」
 誰かが、ぽつりと呟いた。

 傘の中にいた少女たちは、ただ黙ってその言葉を受け止めた。
 安全だったはずの場所は、もう安全ではない。
 そして、傘の中にいる彼女たちも、いつまで守られるかはわからなかった。

 傘の窓から、彼女は『外』を見ていた。
 誰の目にも映らないものが、彼女の左目にだけ、静かに滲んでいた。

 赤い雨に染まる空。
 震える傘の群れ。
 その向こうに、世界の裏側が、ひび割れのように覗いていた。

 彼女にだけ見える、『ちょっと先に、起きるかもしれない未来』。

「・・・行くね」

 誰にも聞こえないような声でそう言うと、彼女は傘を閉じた。

 赤い雨が、肩に落ちる。
 それは、忘れられた者たちの怒りと悲しみが染み出した『呪いの雨』。
 冷たいはずなのに、肌に触れた瞬間、焼けるような熱を帯びていた。

 それでも、彼女は一歩、前へ踏み出す。

 傘を閉じた瞬間、周囲の虫たちがざわめいた。
 羽音が乱れ、空気が震える。
 けれど、彼女の足元に影は差さない。
 まるで、彼女自身が『傘』になったかのように。

 物としての傘は、確かに閉じた。
 だが、彼女の中にある『視る力』が、今も静かに開いていた。
 それは、結界ではない。
 それは、盾でもない。

 それは、『問い』だった。
 この世界に向けて差し出す、彼女だけの問いかけ。

 ——なぜ、私はこれを見てしまうのか。 
 ——なぜ、私はここに立っているのか。
 ——なぜ、誰も気づかないのか。

 彼女は戦うために出たのではなかった。
 ただ、『見る』ために。
 確かめるために。

 傘の外に、答えがあると信じて。
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