『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます

第112話 妖怪制作 ~鬼~ 鈴谷涼香

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 電子世界に『偽チャット』という毒を投入したカルマは、毒が回るのをただ待ちはしない。
 次の手駒獲得に向け、休む間もなく動いている。

 「この山で終わりか」
 63階層の防御陣。
 最後の激戦地へと足を踏み入れた。
 一人や二人の小規模なものは他にも数カ所あるだろうと思われるが、大規模なものはここで終わりとなる。

「で、なぜかいるんだよな。鈴谷涼香が」
 63階層の戦いが終焉した、あのとき、『メガネウロ』に運ばれていったはずの彼女だが、どうやら途中で力尽きたらしい。
 仲間たちに重ねられていた。

 制服は魔法の余波で損傷している。
 一撃での逆襲を企図した魔法攻撃を反射されたのだ。
 さすがの『ダンジョン』装備でも、無事では済まなかった。

 頼もしい肩幅。
 しっかりと割れた腹筋。
 ウエストと見紛うほどの太腿。
 少女にしては筋肉質な体形。

 それが、鈴谷涼香、である。

 先輩を立てて付き従う体育会系の肉体派。
 同学年の友人たちを、勘違い男子から守る用心棒。
 後輩には面倒見のいい姉御肌。

 それが、鈴谷涼香だ。

 カルマの顔を見れば肩で激しく当たる。
 カルマが食堂にいれば、正面に座って手付かずの料理を食べ尽くす。
 カルマが暇にしていると見れば、トレーニングというシゴキに付き合わせた。

 それが、鈴谷涼香だ。


 「個性が強い子だからな。間違いなく『ネームド』だよね」
 この子も、実に妖怪向きの人材なのだ。

  ◆54階層の追憶◆

 肩がぶつかった。
 鈍い音が、骨の奥に響いた。
 涼香は何も言わず、通り過ぎていく。

 カルマは、ほんの少しだけ首を傾けた。
 痛みはない。
 でも、何かが揺れた。
 胸の奥で、何かが軋んだ。

 彼女の怒りは、いつもわかりやすい。
 眉をひそめ、声を荒げ、拳を振るう。
 けれど、今日のそれは違った。

 言葉にならない。
 けれど、確かに『何か』があった。

 制服の肩を、そっと撫でる。
 そこには、涼香の『感情の痕』が残っていた。
 熱でもなく、痛みでもなく――まるで、棘のようなざらつき。

「……オレ、何かしたか?」
 誰に聞くでもなく、ただ呟いた。

 他の奴らなら、理由もなく当たってくることもある。
 でも、彼女にそれはない。
 そう思っていた。
 ……いや、思いたかっただけかもしれない。

 ずっと見てきた。
 観察してきた。
 でも、それは『理解』とは違う。

 彼女の怒りの理由がわからない。
 それが、妙に――怖かった。

    ◆涼香視点◆

 カルマの顔を見た瞬間、涼香は無言で肩をぶつけた。
 怒っていたわけじゃない。
 でも、何かが、喉の奥に引っかかっていた。

『爆弾化』。
『討伐計画』。
 カルマ以外の全員が知っていた。

 彼だけが、何も知らずに笑っていた。
 何も知らずに、仲間だと思っていた。
 その無防備さが、どうしようもなく苛立たしかった。

「……なんで、あんただけ知らされてないのよ」
 声に出せば、壊れてしまいそうだった。
 でも、黙っているには、軽すぎた。

 だから、肩でぶつかった。
 それは、『言葉にならない抗議』。
 彼の無知に対する怒りであり、彼を守れなかった自分への罰でもあった。

 カルマが、少しだけ首を傾けた。
 その仕草が、涼香の胸をさらにざわつかせた。

「気づけよ……」
 そう思った。
 でも、言えなかった。

 彼は、今日もそこにいる。
 何も知らない顔で。
 何も覚悟していない目で。

 その顔が、どうしようもなく――怖かった。

 死が近づいているのに、 彼はそれを感じていない。
 まるで、死が他人事のように。

「……なんで、そんな顔してんのよ」
 叫びたかった。
 殴りたかった。
 泣かせたかった。

 でも、それは許されない。
 誰もそんなこと望んでいない。
 彼も、きっと望んでいない。

 だから、涼香は黙って肩をぶつけた。
 それが、彼女にできる精一杯だった。

『死ぬなら、せめて気づけ』

『死ぬなら、せめて覚悟を持って死ね』

 その言葉は、喉の奥で渦を巻き、 熱を持って、彼女の中で燃えていた。

    ◆カルマ視点◆

 また、涼香の肩がぶつかった。
 そのあと、カルマはしばらく立ち止まっていた。

 痛みはない。
 でも、何かが、胸の奥に沈殿していた。

 彼女の背中が遠ざかっていく。
 その歩き方が、いつもよりわずかに速かった。
 少しだけ、乱れていた。

「……なんだ、あれ」
 呟いた声が、自分の耳にも頼りなかった。

 最近、みんなの様子が少しずつ変わっている。
 以前は、『使えない奴』への露骨な悪意。
 今は、『絡みにくい奴』への、静かな隔意。

 その対象が、自分になっている気がする。

『自分だけが知らない何か』がある。
 その感覚が、じわじわと胸の奥に染みてくる。
 冷たい水のように、静かに、確実に。

 涼香の肩当ては、ただの苛立ちじゃない。
 何かを伝えたくて、でも伝えられない人間の動きだった。

「……なにかあるのか?」
 誰にともなく呟いたその言葉に、ふと考え込む。

 あるとしたら、それは何だ?

 そう言えば――涼香先輩のシゴキがなくなった。
 八島薫の『忠誠の証』が、妙に長くなった。
 百合根友梨の説教が、短くなった。
 曽根崎志乃は、目を合わせずに去るようになった。
 稲田美水穂は、畑の収穫物を分けてくれるようになった。

 一つ思い浮かべれば、次々に浮かんでくる違和感。
 それは、まるで――見えない網に絡め取られていくような感覚。

 ……やはり、何か、ある。

 そして、それは――自分の『死』に関係しているのかもしれない。

 ◆鈴谷涼香視点◆

 なにかはわからなかった。
 でも、確かに変わっている。
 カルマのことだった。

 気がつけば、視線がいつも彼を探していた。
 無意識に。
 理由もなく。
 ただ、彼の姿を確認したくて。

 だから、違和感に気づいた。
 なにかが、変わっている。

 もどかしい。
 違っているのはわかる。
 なのに、違いを見つけられない。

 なにが違うんだろう?
 どこが変わった?

「……余裕?」
 ふと、呟いた。
 そして、自分の言葉にハッとする。

 間違いない。
 いつも淡々としていながら、その奥には、終わらない苦痛への怯えがあった。
 それが、消えている。

 もう、怯えなくていい。
 そう、達観した者だけが持つ『静かな余裕』。
 その気配が、彼の背中に漂っていた。

「気づいたの、か?」
 聞こえない距離からの問いかけ。
 風に溶けるような声。

 それなのに――なぜだろう。
 彼が、頷いた気がした。

 見えないはずの仕草。
 聞こえないはずの答え。
 それでも、確かに『通じた』気がした。

 そしてその瞬間、涼香の胸の奥に、小さな波紋が広がった。

 それは、安堵か。
 それとも、恐怖か。
 まだ、わからない。

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