『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます

第115話 鬼は、笑う

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 暗闇の中で、何かが揺れた。
 涼香の魂が、静かに震えた。

「涼香──」
 声がした。
 聞き慣れた声。
 でも、ここに届くはずのない声だ。

 カルマだった。
 あの、何も知らずにいた後輩。
 あたしが、苛立ち、モヤモヤしながらも、放っておけなかった奴。

「オレのダンジョンのモンスターになれ」
 その言葉が、涼香の中に響いた。

 命令のように。
 祈りのように。
 呪いのように。

「・・・は?」
 涼香は、思わず呟いた。
 でも、声は出ていない。
 魂だけが、震えていた。

 カルマがそんなことを言うはずがない。
 でも、このダンジョンが、そう『言わせている』。
 もしくは、『伝えている』?
 
 涼香の魂は、まだ『留め置かれている』。
 蘇生の可能性があるから。
 でも今、別の可能性が提示された。

『妖怪になる』という選択。
 それは、死者として終わることを拒む道。
 人間としての復活を、自ら手放す道。

 人間としての鈴谷涼香は、もう終わった。
 焼け焦げた戦場に、あの姿はもうない。

 でも――『鬼』としてなら、まだ続けられる。

 怒りを燃料に。
 後悔を鎧に。
 罪を角に変えて。

「……あたしが、モンスターに?」
 魂の奥で、誰にも届かない声が揺れる。

 それでも、どこかで思ってしまう。
 それで、誰かを守れるなら。
 それで、あの声に応えられるなら。

 涼香の魂が、ゆっくりと沈んでいく。
 けれど、その沈黙の底で、何かが芽吹いていた。

 黒く、赤く、熱を帯びた『角』のような感情が。

「・・・ふざけんなよ」
 怒りでも、拒絶でもない。
 ただ、『生きることの意味』を問うような声だった。

 カルマの声が、もう一度響いた気がした。
「お前は、まだ終わってない」。
 それが、ダンジョンの『システム』の声なのか、涼香自身の願いなのか、もう、わからなかった。

 でも──涼香の魂は、揺れていた。
 そして、その『なにか』は戻ってくる。


 その言葉は、声ではなかった。
 でも、確かに『聞こえた』。

「お前の罪は、死んだからって消える程度のものなのか」
 涼香の魂が、震えた。
 焼け焦げた記憶が、蘇る。

 カルマを『爆弾』として使った。
 仲間たちを『道具』として消費した。
 自分もその一部だった。

「・・・死んだから、終わりじゃないの?」
 呟いたその言葉が、あまりに弱かった。
『逃げ』のように聞こえた。

 涼香は、死を受け入れた。
 それが、償いだと思っていた。
 でも──、それは『逃げ』だったのかもしれない。

 カルマは、何も知らずにいた。
 その顔を、涼香は苛立ちとともに見ていた。
 でも今、その顔の裏にあった『無知と信頼』が、胸を刺す。

「あたしが、殺したんだよな……」
 誰も止めなかった。
 誰も責めなかった。
 でも、涼香だけは、自分を赦せなかった。

 焼け焦げた記憶が、魂の奥で再生される。
 カルマの背中。
 仲間の叫び。
 返された魔法の光。
 焼けた空気の中で、崩れていく命。

 死んだからって、終わりじゃない。
 命一つで、償えるような罪じゃない。
 それが、魂に刻まれた『答え』だった。

 涼香は、震えながら思った。

 なら――生きて、背負うしかない。

 人間としてではなく。
 罪を抱えた『鬼』として。

 それが、涼香の『再生』だった。

「・・・なら、どうすればいいの?」
 その問いに、答えはなかった。
 ただ、『妖怪になる』という選択肢だけが、静かに浮かんでいた。

 暗闇の中で、記憶が揺れた。
 焼け焦げた戦場。
 叫び。
 怒り。
 そして──『扇動者』の発動。

 仲間の目が、狂気に染まった。
 涼香は、叫んだ。
「私は鬼になる!」

 その言葉が、今になって胸に突き刺さる。

「・・・あたし、あのとき、もう人間じゃなかったんだ」
 守るために、壊した。
 生かすために、殺した。
 その選択をした時点で、『人間』という枠から外れていた。

 だから、今『妖怪になれ』と言われても、驚きはなかった。
 むしろ、当然の流れのように感じた。

 でも──「じゃあ、あたしは何のために妖怪になるの?」

 問いが、魂の奥から湧き上がる。
 償いのため?
 復讐のため?
 それとも、誰かを守るため?

「もう、守る相手なんていないじゃん・・・」
 涼香は、ひとりだった。

 仲間は死んだ。
 カルマは、遠い。
 自分は、もう人間じゃない。

「じゃあ、あたしは、何のために生きるの?」
 その問いに、答えはなかった。

「考えてもわからないな」
 自嘲の笑みを浮かべたい気持ちになる。

 私はもともと考えるのは苦手なんだ。
 走り出してから考えるタイプ。
 なら・・・。

「いいよ。モンスターでも、妖怪でも、なってやるさ。あとのことは、あとで考える」

 それは、逃避ではない。
 存在をかけた選択。

 誰もいない暗闇の中で、涼香の魂が、静かに、しかし確かに、前へと踏み出した。

 考えるのは苦手だ。
 でも、走ることはできる。
 迷っても、転んでも、立ち上がることはできる。

 それが、涼香という少女の――生きる道。

 たとえその道が、人の形を捨てた『鬼』の道であっても。

 ◇

「『鬼』完成!」
 雄々しく立った『鈴谷涼香』改め、妖怪となった『童子丸らうら』——『童子丸』は『未熟でも真っ直ぐな魂』を意味し、『らうら』は『炎の揺らぎ』を表す古語由来——を眺める。

 筋肉質で赤銅色の肌。
 頼れる赤鬼さんだ。

「・・・・・・」
 戦場の残滓がまだ肌に残っている。

 筋肉は動く。
 でも、心がまだ追いついていない気がした。
 らうらは、赤銅の肌に魔力の余熱を纏いながら、静かに歩き出し・・・た?


 ドンッ!

 肩がぶつかった。
 反射的に。
 無意識に。

 そこに、カルマがいたから。
 爆発して死んだはずなのに。
 消えたはずなのに。
 そう思って気付く。

 あの声は、やはりカルマだったのだと。
 顔が見えた瞬間、ついぶつけに行った肩を見る。
 それは、涼香だった頃の『癖』だった。

 カルマは、よろけながら目を丸くした。
 らうらも、思わず目を丸くして見つめ返した。

「・・・あっ」
 らうらが呟く。
 カルマが、ぽかんとした顔で見つめる。

 そして──。
 ふたりは、同時に笑った。

「なんだよ、今の」
 カルマが肩をさすりながら言う。

「・・・知らん。勝手に動いた」
 らうらが、照れくさそうに目をそらす。

 その笑いは、焼け焦げた記憶の中に差し込んだ、最初の光だった。

 涼香だった頃の『癖』。
 らうらとしての『始まり』。
 その二つが、肩先で重なった。

 カルマの笑顔が、まるで『おかえり』と言っているようで、らうらは、ほんの少しだけ、目を細めた。

『妖怪』たちが、その様子を見て、静かに頷いた。
 どこか、自分たちに似ている。
 でも、どこか、違う。

 カルマが『レア』と呼ぶ『人間』の種類。
 その輪郭が、ようやく見えてきた気がした。

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