257 / 327
レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます
第142話 再会と出会い ~沈む者と食む者~
しおりを挟む「ねぇ、人を斬るって、どんな気分?」
「っ!?」
心臓が跳ねた。 喉が詰まり、息が止まる。
言い訳を重ねても拭いきれない、手のひらに残る感触。
刃が肉を裂いたときの、あの柔らかくて、温かい抵抗。
モンスターではない。
人間を斬った。
その記憶が、腕の奥で疼いている。
「し、しかたなかったのよ!」
「そうね。意図しない事故というのよね」
笑うような響き。
けれど、冷たい。
まるで、氷の上を歩くような音。
その声が、沙羅の理性を引き戻す。
同時に、心の奥に沈めていた『名前』を呼び起こす。
「あなた、誰?」
声が震える。
けれど、問いは硬く、冷たい。
この場にあるはずのない『誰か』――もしくは、『何か』への問い。
「あら、『私』がわからないのかしら? 沙羅?」
その名を呼ばれた瞬間、空気が変わった。
闇に溶け込むような長い黒髪が、風もないのに静かに揺れる。
まるで、彼女自身がこの世のものではないかのように。
白いセーラー服の襟元には、深い藍色が映えていた。
胸元の赤いリボンだけが、唯一の熱を帯びた色として、夜の冷たさに抗っている。
彼女の瞳は、何かを見つめているようで、何も見ていないようでもあった。
その表情には、言葉にできない重みが宿っていた。
見る者の心に、静かな波紋を広げるように。
「『蒼の抱擁』の薫?!」
その姿は、沙羅のよく知る人物に似ていた。
火と水――生まれついての属性の違いが、二人の関係を常に軋ませていた。
「な、なんで、あなたがここに? 63階層にいるはずよね?!」
レイド本隊。
最精鋭の火属性パーティ。
水属性の薫は、参加できず、『安全な場所』での待機を命じられた。
それは、沙羅にとって『優越感を感じられる配置』だった。
だからこそ、今ここにいることが、理解できない。
「ああ。63階層ね。ええ。みんな、いたわ」
その言い方に、含みがある。
まるで、『もういない』ことを知っているかのように。
「今はいないみたいな言い方ね」
「実際、いないのよ」
「え? いない? どういうこと?」
「ダンジョンに安全地帯はないんですって。あるのは、モンスターを配置し忘れている『忘れられた空間』。思い出されたら、どうなると思う?」
その言葉が、沙羅の胸を冷たく締めつける。
モンスターが配置される?
襲われる?
「みんなは、どうしたの?」
「そうねぇ……」
薫はアゴに指をあて、思案するようなしぐさ。
その態度が、沙羅の苛立ちを煽る。
「その辺、かしら?」
手を振られた。
この辺にいる?
「さっきから、何人か見てるでしょ?」
「ッ?!」
まさか。
まさかとは思う。
でも――
同じ制服。
言葉を発する。
戦略・戦術を用いてくる思考力。
そして、河童に感じていた『奇妙な親近感』。
否定する要素よりも、納得できることの方が多い。
でも、それはつまり――?
“かつての仲間”が、『敵』として再構築されている。
安全地帯はなかった。
そして、忘れられた者たちは、『思い出された』瞬間、モンスターとして配置された。
「な、何人死んだっていうの?」
予感はあった。
でも、聞いてしまえば、それはもう『現実』になる。
「いまはいない」とは、一人でも生き残っていれば使えない言葉。
だから、覚悟はした。
したつもりだった。
「死んだ人より、生きている人間を数えるほうが楽ね」
「え?」
それは・・・つまり?
「残りは、あなたを入れて20人。もうじき、19人になるわね」
「ば、バカなこと言わないで! 266人いたのよ?! それが、あと20人って……!」
声が裏返る。
喉が焼けるように痛いのに、水の中の空気は、どこまでも冷たい。
「あなたたち、いいえ、私たちはしてはいけないことをしたの。これは、清算なのよ」
「清算? してはいけないこと?」
「ええ」
空気がざわついた。
馴染んでいたはずの水が、急に冷たくなっていく。
まるで、罪の温度を思い出させるように。
「昨日、私たちは計算で人を殺した。救う手立てがあったのにね」
「それは……!」
気づかなかったのだ――そう言いたいのに、言葉が出ない。
わかっている。
誰よりも、自分がわかっている。
「気づこうとしなかったのだ」と。
特定の一人から、いかに目を逸らし続けていたか。
常に『彼』にだけ、フィルターが掛かっていた。
いや――掛けていた。
見ない。
聞かない。
気づかないふりをする。
それが、どれほど残酷なことか。
今なら、わかる。
でも、もう遅い。
言い繕えない。
最低の行為。
でも――
心の奥で、何かがまだ、言い訳を探している。
『でも』の先に、何を置けばいい?
赦し?
後悔?
それとも、また沈黙?
「それは!」
私だけじゃない。
全員同罪でしょ?!
俯けていた顔を上げ、相手を睨みつけた――
「ヒッ?!」
喉の奥が引きつった。
目の前で、長く伸びた舌が波打っていた。
『薫』だったものの顔は白く、清潔そうだった白い上着は、赤く染まっていた。
「か、薫?」
「違うわ。いまの私は『縫緋まとい』。アカナメという妖怪」
ニタリと笑った顔が近づく。
その舌が、沙羅の輪郭をなぞるように動いた。
「あ、クッ!」
体が痺れた。
力が入らない。
足が動くことを拒否している。
まるで、一足先に妖怪の側についたかのように。
「私は人間の垢を食べる。垢、それは罪。だから私は、あなたの罪を味わっているの」
蕩けるような微笑に、なぜか凄味が加わる。
アカナメの舌が、まるで意思を持つ蛇のように、沙羅の頬をなぞり、耳の裏を撫で、首筋に絡みついた。
「人間はね、垢を溜めるの。見ないふりをして、擦り寄って、擦り切れて、それでも落とさない。だから、私が食べてあげるの」
目を細め、アカナメはおいしそうに何かを啜っている。
啜る音のたびに、沙羅は自分の何かが奪われていくのを感じていた。
それは罪?
それは意志?
それは命?
罪は軽くなり、意志は希薄となり、命が細くなっていく。
指先が冷たくなり、胸の奥で灯っていた火が、ひとつ、またひとつと消えていく。
悲鳴はなく、流血もなく、静かに、ただ静かに。
命の灯が陰っていく。
「ゆっくり眠るといいわ。起きたら……仲良くできるかしらね?」
体温を失っていく沙羅を抱えて、『薫』は優しく微笑んだ。
沙羅の耳の奥で、水音が鳴っていた。
遠くで誰かが呼んでいるような気がした。
でも、声は泡になって、すぐに消えた。
残り、19人。
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。
昼寝部
キャラ文芸
俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。
その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。
とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。
まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。
これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について
のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。
だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」
ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。
だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。
その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!?
仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、
「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」
「中の人、彼氏か?」
視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!?
しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して――
同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!?
「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」
代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる