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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます
第149話 呼び声 ~本音の紳士たち~ 後編
しおりを挟むダンジョンを『鬼』が歩いていた。
その存在が現れた瞬間、空気が凍りついた。
まるで、世界が息を呑んだかのように。
赤銅色の肌は、夕焼けのように燃え、その熱は、触れれば焼けるほどの怒りを孕んでいた。 隆起した筋肉の線は、幾度も死線を越えてきた証。
短く刈られた金髪が風に揺れ、 黒く湾曲した角が、空の色を裂いていた。
その姿は、まさに『怒り』を纏った彫像。
虎柄の衣装は、野性と誇りの象徴であり、肩に担がれた棘付きの金棒は、これから下される『裁き』の予告状だった。
だが、その周囲には、似つかわしくないものがあった。
淡い桃色の花弁が、ひとひら、またひとひらと舞っていたのだ。
血の匂いが染みついた空気の中で、その花は、まるで彼女の中に残る『鈴谷涼香』の記憶を呼び起こすように揺れていた。
——あの春の日。
——誰かの笑い声。
——手を引いてくれた、あの温もり。
けれど、彼女の瞳には、もはや迷いも、憐れみもなかった。
あるのは、ただ一つ。
『終わらせる者』としての、静かな覚悟。
建物の影を背に、緑がかった空を背負いながら、彼女はただ、そこに立っていた。
風も、音も、彼女の前では息を潜める。
その沈黙こそが、彼女の存在の証だった。
童子丸らうら。
かつて鈴谷涼香だった少女。
仲間と笑い合い、未来を語り合った日々は、今や血と鉄の記憶に塗り潰されている。
それでも、彼女は忘れていない。
忘れられない。
だからこそ、哀しみは怒りに変わり、怒りは力となって、彼女をこの地に立たせている。
その姿は、恐ろしくも美しく、そして——取り返しのつかないほど、哀しかった。
◆童子丸らうら(鈴谷涼香)視点◆
足音が、重い。
でも、それは疲れじゃない。
迷いでもない。
ただ、踏みしめているだけだ。
——『人間だった頃の道』を。
焼け焦げた記憶が、まだ足元にこびりついている。
魔法の光が弾けたあと、焦げた肉の匂いが鼻を突いた。
誰かの腕が、目の前を飛んだ。
叫び声は、すぐに沈黙に変わった。
仲間の声も、もう思い出せない。
思い出すたび、胸が焼けるから。
あたしは、あの場で終わったはずだった。
でも、終われなかった。
終わらせてもらえなかった。
誰かが、あたしを『鬼』にした。
「……なら、やるしかないじゃん」
誰かに言い訳するつもりはない。
誰かに赦してもらうつもりもない。
あたしが殺したものは、あたしの中で腐ってる。
それでいい。
それが、今のあたし。
金棒が背中で揺れる。
そのたびに、焼けた皮膚の奥で、何かが軋む音がする。
もう人間の骨じゃない。
でも、痛みはまだ残ってる。
その重さが、あたしの『罪』の重さだ。
でも、背負える。
もう、背負う覚悟はできてる。
「誰かが、やらなきゃいけないなら——あたしがやる」
それだけだった。
誰かを守るためじゃない。
誰かに褒められるためでもない。
涼香だった頃の『優しさ』は、もう使い物にならない。
ただ、『終わらせるため』に。
あたし自身の、罪と罰と、命の続きを。
この手で、終わらせるために。
「……わるいこは、いねがー」
その声は、もう『涼香』のものじゃない。
喉の奥から絞り出すように響く、異形の声。
まるで別の誰かが、あたしの口を借りて喋っているみたいだった。
でも、言葉の意味は、あたしの意志だ。
だから、行く。
誰も守れなかったあの日の続きを、今度こそ、あたしの手で終わらせるために。
「わるいこは、いねがー」
◇
その声は、もう『涼香』のものじゃなかった。
でも、喉の奥に、かすかに残る響きがあった。
それは怒りでも、悲しみでもない。命令ですらない。
それは——『問いかけ』だった。
——誰か、まだ生きてるか?
——誰か、まだ抗ってるか?
——誰か、まだ、終わらずにいるか?
誰か、あたしを『見てくれる』者は——いないか?
足音が近づく。
軽い。
浮ついている。
その音だけで、わかる。
この者たちは、まだ『死』を知らない。
角を曲がる気配。
らうらは、金棒を背に、ただ立っていた。
何も言わず、何も構えず。
ただ、そこに『在る』。
そして——終わった。
光も、音も、叫びもなかった。
ただ、沈黙だけが残った。
制服が静かに横たわっていた。
その中に、かつて自分が守ろうとした誰かの色が混ざっていた気がした。
でも、らうらは振り返らなかった。
「……これで、いい」
感じなかったわけじゃない。
でも、感じる必要がなかった。
彼らは、戦場を知らなかった。
誰かを守る覚悟も、誰かを背負う痛みも知らずに、ただ『女』を求めて走った。
それが命を落とす理由になるのは、理不尽かもしれない。
でも、ここは『ダンジョン』だ。
理不尽こそが、理そのものだ。
「……あたしは、鬼だ」
その言葉が、胸の奥で静かに響く。
誰かを守るために、誰かを殺す。
それが、あたしの『罰』であり、『役目』であり、『存在理由』。
「わるいこは、いねがー」
もう一度、声を放つ。
それは、警告でも、誘いでもない。
ただの『確認』。
——まだ、あたしが裁くべき『命』は残っているか?
——誰か、もういい、充分だと言ってくれる者は、いないか?
——まだ、罪を知らない者はいるか?
——誰か、罪を乗り越える方法を教えてくれる者は、いないか?
——まだ、終わっていない者はいるか?
——誰か、あたしを止めてくれる者は、いないか?
ほんの少しでも、あたしの手を引いてくれるなら——それだけで、救われる気がした。
金棒が、背中で重く揺れた。
それは、罪の重さであり、命の重さであり、あたしが背負った、『終わらせる者』としての誓いだった。
それが、あたしの『答え』になる。
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