265 / 327
レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます
第150話 風雷は吹きて惑わず ~帰り着く場所~ 前編
しおりを挟む──命令が届いた。
「かすみ、出番だよ。人間を蹴散らす、簡単なお仕事だ」
私は——葉隠霞。
だけど、その名はもう過去のもの。
今のあたしは、ただの『かすみ』。
『かすみ』と呼ばれるたびに、霞だった頃の自分が、風に溶けていく気がした。
彼の声は、耳に届く前に、風が運んでいた。
雷は、胸の奥で小さく震えた。
それは怒りでも、恐怖でもない。
ただ、静かな『了承』だった。
かすみは、目を閉じる。
風が頬を撫でる。
雷が、皮膚の下で脈打つ。
風が囁く。
「忘れろ」と。
雷が叫ぶ。
「壊せ」と。
「人間か」
その言葉に、何の感情も乗っていない。
かつてなら、ためらいがあった。
かつてなら、誰かの顔が浮かんだ。
でも今は——風がそれを吹き飛ばし、雷が焼き払った。
「命令なら、従うだけだよ」
それは、霞の声ではなかった。
風に染まった声。
雷に焼かれた声。
彼女の『意思』は、もう力の中に沈んでいた。
でも——ほんの一瞬だけ、胸の奥が軋んだ。
風が、問いかけるように揺れた。
雷が、迷いのように弾けた。
「……人間という『枠』を壊す。それって、あたしが『完全にこっち側』になるってことだよね?」
誰かが囁いた。
そのとき、ほんの一瞬だけ、誰かの名前が浮かびそうになった。
あの声が、まだ耳に残っていた。
「もう戻れないよ」
かすみは、笑った。
それは、風に乗った笑み。
雷に染まった笑み。
「戻る気なんて、ないよ。だって——あたしを壊したのは、人間だった」
風が、彼女の背を押す。
雷が、彼女の足元を照らす。
かすみは、歩き出す。
その足取りは、軽く。
その瞳は、赤と金に染まっていた。
──葉隠霞。
風雷の乙女。
今、かつての『仲間』を標的に定める。
◇
──足音が近づいてくる。
ダンジョンの奥へと踏み込む探索者たち。
その中には、見覚えのある顔もあった。
同じ制服。
同じ教室。
同じ昼休みの、くだらない会話。
霞は、岩陰に身を潜めながら、風の中にその気配を感じ取っていた。
雷が、胸の奥で小さく鳴る。
それは、懐かしさではなく──警告だった。
「……あたし、あそこにいたんだよな」
風が、彼女の髪を揺らす。
それは、過去をなぞるような優しい動きだった。
でも、霞は団扇を握りしめる。
その表面に刻まれた桜と紅葉が、微かに震える。
「もう、戻れない。あたしは『こっち側』なんだ」
──モンスター。
そう呼ばれる存在。
ダンジョンの奥に潜み、探索者を喰らう者。
でも、霞は『かつて』彼らと同じ側にいた。
同じ制服を着て、同じ未来を語っていた。
その未来を、誰かが焼き払った。
「それでも、あたしを差し出したのは『人間』だった」
雷が、指先に集まる。
風が、彼女の背を押す。
霞の瞳が、赤と金に染まる。
「だったら、あたしは──『人間という枠』を壊す」
その言葉に、風がざわめく。
雷が、喜びのように弾ける。
でも、ほんの一瞬だけ。
霞の胸が軋んだ。
制服の袖に残る、かつての仲間の手の感触。
教室の窓から見た、同じ空。
「また明日な」って笑った、誰かの声。
「……ごめんね」
その声は、誰にも届かない。
風が、かき消した。
雷が、焼き払った。
そして、静かになった。
まるで、何もなかったかのように。
霞は、廊下の角から姿を現す。
探索者たちの目が、彼女を捉える。
驚き。
恐怖。
混乱。
「葉隠……? え?」
その問いに、霞は答えない。
ただ、団扇を振る。
風が唸り、雷が走る。
──葉隠かすみ。
かつての仲間を前に、モンスターとして立つ。
その心は、風に引き裂かれ、雷に焼かれながらも──確かに、進んでいた。
風が裂けた。
雷が走った。
探索者たちの隊列は、瞬く間に崩れた。
「うわっ!」
「隊列が乱れた! 後衛、下がれ!」
「風が……風圧が強すぎる!」
「雷が……走る!」
悲鳴が、風に乗って霞の耳に届く。
雷が、彼らの足元を焼き、風が視界を奪う。
誰もが、散り散りに逃げていく。
秩序は崩れ、連携は断たれ、ただ『個』として逃げ惑う。
霞は、その光景を見下ろしていた。
団扇を振るたび、風が唸り、雷が咆哮する。
その力は、もはや『技』ではなく、『本能』だった。
風は命を奪うために吹き、雷は心臓を止めるために走る。
霞の意思など、もはや必要なかった。
「……弱いな」
ぽつりと漏れた言葉。
それは、嘲笑ではない。
ただ、事実の確認。
「隊列が崩れただけで、もう何もできないのか」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】元ゼネコンなおっさん大賢者の、スローなもふもふ秘密基地ライフ(神獣付き)~異世界の大賢者になったのになぜか土方ばかりしてるんだがぁ?
嘉神かろ
ファンタジー
【Hotランキング3位】
ゼネコンで働くアラフォーのおっさん、多田野雄三は、ある日気がつくと、異世界にいた。
見覚えのあるその世界は、雄三が大学時代にやり込んだVR型MMOアクションRPGの世界で、当時のキャラの能力をそのまま使えるらしい。
大賢者という最高位職にある彼のやりたいことは、ただ一つ。スローライフ!
神獣たちや気がついたらできていた弟子たちと共に、おっさんは異世界で好き勝手に暮らす。
「なんだか妙に忙しい気もするねぇ。まあ、楽しいからいいんだけど」
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について
のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。
だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」
ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。
だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。
その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!?
仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、
「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」
「中の人、彼氏か?」
視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!?
しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して――
同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!?
「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」
代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
勇者パーティーに追放された支援術士、実はとんでもない回復能力を持っていた~極めて幅広い回復術を生かしてなんでも屋で成り上がる~
名無し
ファンタジー
突如、幼馴染の【勇者】から追放処分を言い渡される【支援術士】のグレイス。確かになんでもできるが、中途半端で物足りないという理不尽な理由だった。
自分はパーティーの要として頑張ってきたから納得できないと食い下がるグレイスに対し、【勇者】はその代わりに【治癒術士】と【補助術士】を入れたのでもうお前は一切必要ないと宣言する。
もう一人の幼馴染である【魔術士】の少女を頼むと言い残し、グレイスはパーティーから立ち去ることに。
だが、グレイスの【支援術士】としての腕は【勇者】の想像を遥かに超えるものであり、ありとあらゆるものを回復する能力を秘めていた。
グレイスがその卓越した技術を生かし、【なんでも屋】で生計を立てて評判を高めていく一方、勇者パーティーはグレイスが去った影響で歯車が狂い始め、何をやっても上手くいかなくなる。
人脈を広げていったグレイスの周りにはいつしか賞賛する人々で溢れ、落ちぶれていく【勇者】とは対照的に地位や名声をどんどん高めていくのだった。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。
エース皇命
青春
高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。
そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。
最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。
陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。
以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。
※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。
※表紙にはAI生成画像を使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる