『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます

第159話 最後の10人① ~傘を差す女~ 後編

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 レイドリーダーの声が響く。
 気合を入れ直し、最終戦力が構えた。
 武器を握り直す者。
 魔力を練る者。
 祈る者。
 目を閉じる者。

 そして、ひよりは動かない。
 傘の下で、ただ静かに立っている。
 まるで、彼らの覚悟を見定めているかのように。

 風が吹いた。
 傘が揺れた。
 その影が、床に広がる。

 影の中から、何かが這い出してくる。
 黒く、細く、濡れた腕のようなものが、床を撫でる。
 それは、彼女の『本体』なのか。
 それとも、彼女が『呼び寄せたもの』なのか。

 誰も、確かめる余裕はなかった。

「……来るぞ!」

 誰かが叫んだ瞬間、空間が、ひび割れたように揺れた。

 差傘ひよりが、傘を傾ける。
 その動きが、戦闘開始の合図だった。

 そして、決戦が始まった。

      ◇

 始まりは魔法の咆哮だった。
 『対虫用』に揃えられた『火』が降り注ぐ。

 「降るのを防ぐのが傘よ」
 淡々とした囁き。

 ひよりの持つ傘が魔法の『火』より鮮やかな『赤』に変わる。
 『火』は霧散した。
 
 「想定内だ!」
 傘に魔法を弾かれるのは経験済みだと、リーダーが吠えた。
 構えた大剣が光を帯びて、輝きを放ち始める。
 魔法が注意を引いている間に肉薄していたのだ。

 「降り注ぐ光を防ぐのも、傘の役目」
 傘が『黒く』なる。
 閉ざされた傘が降られ、剣もまた弾かれた。

 「畳み掛けろ!」
 弾かれてバランスを崩した体勢のまま、リーダーが指示を出す。

 一撃入れれば、流れを引き寄せられる。
 手数で勝負をかけようというのだ。

 剣と槍が刃を光らせる。
 魔法が照らす。
 矢が煌めく。

 「傘は開く」
 魔法陣が点々と広がった。
 雨の日の水たまりに落ちた雨粒。
 その波紋のように。

 色とりどりの傘が花開いては散っていった。
 魔法陣が広がるたび、傘が色を変えていく。

 火曜の赤は、あの子が好きだった色。
 水曜の青は、雨の日に笑っていた彼の傘。
 曜日ごとに変わる、心の色。

 色は、誰かの記憶を映している。
 気分と天気で変わるのも『傘』だった。
 

 「防ぐだけかよ!」
 槍を突き出した男が挑発した。

 守りに隙が見られ無い。
 攻撃に転じさせて隙を誘おうとの狙いがある。

 「傘には骨がある」
 傘が浮かんだ。
 手元に残る柄は・・・柳の葉のように細い『刀』だった。

 「チッ!」
 間合いの差から槍には不利とみて男が下がる。

 「なっ?!」
 男が押し戻された。
 宙に浮いていた傘が、背中を押している。

 「傘には『生地(うす)』もある」
 言葉とともに刀が降られた。

 「させるか!」
 槍の男が突き出した刃は、空を切った。
 次の瞬間、ひよりの傘がふわりと浮かび、彼の背後へと回り込む。
 気づいたときには、すでに遅かった。

「傘には『生地(うす)』もある」

 その囁きとともに、彼女の手にあった柄が、柳の葉のようにしなる細身の刀へと変わる。 一閃。 風すら鳴らさぬ静けさの中、刃が振り下ろされた。

 男の左肩から右脇腹へ、斜めに深く、鋭く。
 黒い着衣が裂け、肉が開き、骨が軋む音がした。
 心臓の上をかすめた刃は、命の灯を一息で吹き消すように、彼の動きを止めた。

「……っ、あ……」

 声にならない呻きが、血とともに漏れた。
 彼の槍が、床に落ちる。
 金属音が、やけに遠く響いた。

 膝が崩れ、体が傾ぐ。
 けれど、倒れることはなかった。
 ひよりの傘が、まるで『支えるように』彼の背を押していたからだ。

 そのまま、彼は静かに座り込むように崩れ落ちた。
 目は開いたまま、何かを見つめていた。
 けれど、その視線の先にあるものは、もう誰にもわからなかった。

 彼の死に、誰も声を上げなかった。
 ただ、ひよりの傘が、またひとつ色を変えた。
 深い、濡れた紫。

 それは、彼が見捨てた誰かの、許されなかった夜の色だった。

 「『エリクサー』は?!」
 万能蘇生薬の作成者に視線が集まった。

「だ、出せない!」
 使用を考えていなかった。
 換金アイテムとしてしか扱ってこなかった。
 その、弊害だった。

 戦闘中に開けられるアイテムボックスには中級ポーションしか入っていない。

 ◇差傘ひよりは問うている◇

 雨は降っていない。
 けれど、彼女の周囲にはいつも、降り損ねた雨の気配が漂っている。

 差傘ひよりは、傘を差して立っていた。
 それは防御のためではない。
 誰かの痛みが、また降ってくるかもしれないから。
 誰かが、また見捨てられるかもしれないから。

 彼女は怒っていない。
 悲しんでもいない。
 ただ、問いを持っている。

 ——あの時、誰を見なかった?
 ——この手は、誰に届かなかった?
 ——今、目の前にいるこの人は、誰かを見捨てたことがあるだろうか?

 彼女の傘は、攻撃を防ぐ。
 けれど、それは『守る』ためではない。
 問いを届けるために、立ち続けるための最低限の距離だ。

 敵が剣を振るうたび、彼女は傘を傾ける。
 魔法が降るたび、傘の色が変わる。
 それは、誰かの痛みを映す色。

 そして、彼女が刀を抜くとき。
 それは、問いが届かなかった者への返答。

「あなたは、誰を見捨てたの?」

 その問いに答えられない者だけが、彼女の傘の『中骨』に斬られる。

    ◇

「誰を見捨てたの?」
 その言葉に、魔法使いの少女が一瞬手を止めた。
 彼女の瞳が、過去の誰かを思い出していた。

 それは彼女だけではない。
 誰もが、わずかずつではあっても心当たりがあった。

 最高戦力。
 それは、弱い者たちを切り離してきた歩みそのもの。
 命まで失わせるものはなかったが、置き去りにした経験を持っている。

 そうでなければ、この地位にはいられない。
 それが現実。

 だから、誰もが口を噤んだ。
 噛み締めた歯の間から、軋むように『誰か』の名前が紡がれかけては解けていく。

 口ずさむ恋の歌が、雨音に、かき消されていくように。

 魔法使いの少女は、そっと傘を差し出すように手を伸ばした。
 それは、誰かに届かなかった手の記憶。
 そして、今から届かせようとする意志。

 届く未来は、曇っているけれど。

 残り、9人。
 
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