『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます

第162話 最後の10人② ~凍てつく想い~ 後編

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 ◇魔法使いの少女(断末魔)◇

 ——ああ、また……届かなかった。

 まただ。
 また、わたしは間に合わなかった。
 いつも、そう。
 あと一歩。
 あと一瞬。
 あと一言。
 その『あと』が、永遠に埋まらない。

 でも、今回は違ったはずだった。
 今度こそ、誰かを守れるって、思ったのに。
 そう信じてたのに。

 ……なのに。

 せめて、誰かが逃げられるように。
 せめて、誰かが生き残れるように。
 せめて、わたしの死が、意味を持つように。

 だから、手を伸ばす。 
 砕けた骨が悲鳴を上げても、潰れた肺が空気を求めて潰れても、この手だけは、誰かに届いてほしい。

 ——燃やすだけが、火じゃない。

 わたしの火は、怒りで燃える火じゃない。
 優しさで焼け焦げた火。
 後悔でくすぶり続けた火。

 小さな灯りをともすこと。
 凍えた心をあたためること。
 暗闇の中で、道を照らすこと。

 それが、わたしの火。
 それが、わたしの『魔法』。

 でも、届かなかった。
 また、誰かを見捨てた。
 また、誰かを失った。

 だったら、せめて——わたしの火で、全部焼き尽くしてやる。

 この氷も。
 この空間も。
 この絶望も。
 この世界も。

 わたしが届かなかったすべてを、焼き尽いて、焦がして、痕を残す。

 そうすれば、きっと。
 誰も、わたしを責められない。
 誰も、わたしを忘れられない。
 誰も、わたしを置いていけない。

 だから、最後にもう一度だけ。
 この手が、誰かの夜を照らせますように。
 この火が、誰かの心に焼きつきますように。

 ——お願い。
 お願い、お願い、お願い。
 今度こそ、届いて。

 その言葉が、空気に溶けた瞬間だった。
 天井の氷柱が、わずかに揺れた。
 誰にも気づかれないほどの微かな震え。
 けれど、それは死の予兆だった。

 少女の体に、影が落ちる。

 青黒く、冷たく、重い影。
 それは、天井から伸びた『氷の牙』の輪郭。
 彼女の小さな背を、頭を、手を、静かに覆っていく。

 彼女は気づいていた。
 でも、動けなかった。
 祈りの言葉を放った直後、その手は、まだ誰かに向かって伸びていた。

 そして——

 ズンッ。

 空気が潰れた。
 音が消えた。
 氷柱が、真っ直ぐに、彼女の背へと突き刺さった。

 骨が砕ける音はなかった。
 肉が裂ける音もなかった。
 ただ、重さだけが、すべてを押し潰した。

 氷柱は、彼女の身体を貫いたのではない。

 押し潰した。
 圧した。
 埋めた。

 まるで、祈りごと、願いごと、命ごと、封じ込めるように。

 氷の山が、静かに積もっていく。
 その上に、赤い霧がふわりと広がった。
 それは、彼女の火。
 最後の灯り。

 それは、確かに、誰の目にも焼きついた。

 ◇

 ◇

 蒼い影が、大きく広がった。
 まるで、空そのものが彼女を覆い隠すように。
 氷柱の落下は、静かな処刑だった。
 誰も叫ばなかった。
 彼女自身も、声を出さなかった。

 動くべきだった。
 逃げるべきだった。
 でも、彼女は動かなかった。

 ——いや、動けなかったのではない。
 動かないことを選んだのだ。

 彼女の魔法は、すでに完成していた。
 最後の詠唱は、誰にも聞こえなかった。
 けれど、確かに届いていた。

 剣士の男の胸元に、ほのかな温もりが灯った。
 それは、冷気を遮る『守り火』。
 凍結系魔法への耐性を強化する、小さな魔法。

 効果は、ささやかだった。
 戦況をひっくり返すほどの力はない。
 けれど、命を繋ぐには十分だった。

 彼女は、自分の命と引き換えに、その魔法を選んだ。
 誰かが生き残るために。

 氷塊が彼女を押し潰す直前、その魔法は、剣士の胸元でふわりと灯った。
 まるで、彼女の手が、そこに触れたかのように。

 その行動に気づいた者は、二人。

 一人は、魔法を受け取った剣士の男。
 彼は、胸元の温もりが、彼女の命であることを理解していた。
 だから、拳を握った。
 だから、目を逸らさなかった。

 もう一人は、霜月フラノ。

 ◇氷の心(フラノ視点)◇

 彼女は、氷柱の落下を見届けながら、ほんの少しだけ、首をかしげた。

 それは、冬の静けさに宿る、小さな愛嬌。
 けれど、その動きには、冷たさと、わずかな『敬意』が混ざっていた。

「……ふぅん」

 氷柱が落ちた。
 ひとりだけ、潰れた。
 音もなく、静かに。
 まるで、最初からそこにいなかったかのように。

 任意で落とせるとはいえ、場所までは選べない。
 それなのに、あまりにも正確だった。
 まるで、狙ったように。
 まるで、『選ばれた』かのように。

「……運が悪かった、だけ?」

 フラノは、ぽつりと呟いた。
 けれど、その声には、確信を揺るがす何かが混ざっていた。

 目を細める。
 まぶしいわけじゃない。
 ただ、焼きついた光景が、まぶたの裏にこびりついて離れない。

 少女が最後に伸ばした手。
 それは、誰かを守ろうとしたものだった。
 自分の死を知りながら、それでも差し出された手。

 その手が放った魔法。
 激しい炎ではない。
 爆ぜる火球でもない。
 ただ、じんわりと灯る『守り火』。

「……あんな魔法、よく通したわね」

 フラノは、氷柱の山を見つめた。
 その奥に、もう姿はない。
 けれど、空気の温度が、ほんの少しだけ違っていた。

 冷気の中に、わずかな温もりが残っていた。
 それは、魔法の残滓。
 彼女の『意志』の燃えかす。

「……火のくせに、消えるのが遅いわね」

 その声は、冷たかった。
 けれど、どこか、苦く、遠い記憶をなぞるような響きがあった。

 彼女の魔法が、誰かを守る。
 その可能性を、フラノは見てしまった。
 火が、氷を溶かす瞬間を。

 だから、フラノは目を伏せた。
 まつげに、霜が降りる。
 けれど、心の奥に、ほんのりとした熱が触れた気がした。

 それが、痛かった。
 だから、彼女はもう一度、目を細めた。
 その熱を、見ないようにするために。

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